高橋 朋秀

1.国土交通政策研究所「安全に関する企業風土測定ツール」
 国土交通省 国土交通政策研究所より、『安全に関する企業風土測定ツール』が発表された(2011年6月29日プレスリリース)。企業の安全に対する考え方や取り組みが現場の従業員に至るまでどの程度浸透しているかを運輸事業者自らが測り、その結果を活用して改善に結びつけるためのツールである。
 筆者も開発に関わってきたこの安全に関するアンケート調査の特徴は、「組織に共通の思考を形成する」ためにカギとなる、「経営者や組織・人材などの人的側面」に焦点をあてていることにある。このアンケート調査票の意義や活用法について、解説する。
2.既存の制度や仕組みの効果を高めるためのツール
 平成18年10月より運用が開始された運輸安全マネジメント制度は、保安監査と車の両輪として実施することで、運輸のより一層の安全の確保を図るものである。制度が開始してまもなく5年になるが、課題として、小規模事業者への適用や、一層の制度の浸透がある。また、この制度の狙いである運輸事業者の安全風土の構築、安全意識の浸透自体を評価する手法は確立されていなかった。その意味で、今回発表された安全に関する企業風土測定ツールは、これらを補完する位置づけともいえ、同時に発表された『安全アンケート実施・分析マニュアル』によれば、導入した運輸安全マネジメント制度の効果を高めるために活用することができる。
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出典:国土交通省HP 運輸安全マネジメント制度とは に加筆修正
http://www.mlit.go.jp/unyuanzen/outline.html
3. 組織として安全に取り組むためのポイント
 『安全に関する企業風土測定ツール』における調査票は、以下の考え方を基本として、5つの領域と14の区分からなる58の設問で構成されている。
 責任や権限、手順書やマニュアルを取り決めて、それを周知・教育するだけでは組織は動かないのは周知のとおりである。この調査票では、組織に共通の思考・行動パターンを形成されてくること(統一的性格)が必要であり、そのためには、① 経営目的が確立・浸透しているか、② 中核となる管理者が育成されているか、③ 現場における意志疎通の「場」は活性化されているかが重要であり、これらを通じて、社員の共通の思考・行動を醸成する必要がある、とされている。
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4.「安全」を「経営の問題として見える化」する設問
 経営者の多くは、自社の抱える課題は大まかに把握している。しかし、管理者や現場に「目に見えるように」伝えていくことが難しい。このツールは「安全」を経営における課題として「見える化」できることに特徴がある。
 漠然とした課題が、目に見えるように示されることのインパクトは想像以上であり、安全風土という曖昧なものが明示されることで、自社内への問題提起がしやすくなると思われる。以下では、特徴的な領域および設問を解説しよう。
「トップの価値観と行動の充実と浸透」領域
『経営姿勢への共感』
―私の会社は、従業員への満足度向上や社会貢献に、積極的に取り組んでいる 。
企業は社会の公器であるという、経営の姿勢そのものが安全の大前提としている設問である。従業員を評価することがあっても、従業員から自らが評価される機会は少ない経営者にとっては、「結果がこわい」設問といえる。
『問題解決の意思決定』
―私の会社では、現場だけで解決が難しい問題があれば、経営者層がすぐに対応している。
「安全第一」を掲げているが、実は経営の効率が優先であったり、現場からの要望が「放置」されたりし、迅速な対応に欠けているような企業はないだろうか。そのような企業では、トップが掲げる「安全」は、現場の信頼を得られず、この設問の得点は低くなるだろう。また、階層間のギャップや部門間のギャップから問題点を浮き彫りにする設問といえる。
「現場管理の充実」領域
「現場管理の充実」領域では、現場管理を通じて成果をあげるための「コツ」が設問になっている。単に制度の有無を問うのではなく、管理者と現場の「コミュニケーションの質」の善し悪しや、取り組みの「効果」への現場の評価を測定できる。既存の取り組みにおける課題抽出がしやすくなっているといえる。
『生活管理・健康管理』
―私の職場では、個人個人の日常生活や健康管理のあり方について、日ごろから親身な指導が行われている」
管理者層と現業層のギャップがどのように測定されるのか興味深い設問である。それ以上に、経営者層自身が現場を把握している程度も明らかになる設問といえる。
「職場における積極心」領域
 基本行動、職務、人間関係への意識を問う領域であり、日本創造経営グループ『KD-Ⅰ調査』の項目・考え方が採用されている(60の設問のうち、14設問を採用)。簡単に説明しよう。
(注)KD―Ⅰ調査:企業に働く人たちの心意(深層心理)を生活の場である9つの領域60項目について調査し、信頼関係やそれに基づくコミュニケーションの度合いを測定する調査(詳細は、日本創造経営協会編「人づくりの経営」または「人づくりの教室」参照(中央経済社)。
 A氏、B氏に対し調査を実施した結果、左の「キーワード」に対し、それぞれが以下のように回答を選択した。
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 A氏、B氏の人間像や仕事への取り組み姿勢はどのようなものだと想像できるだろうか。やはり、A氏のような回答をする人材が社内に多ければ多いほど、安全が実現し、活性化された組織になると感じないか?
 (株)創造経営センターが行った優秀ドライバーと事故惹起ドライバーの特性についての調査において、KD-Ⅰ調査結果と事故率(走行10万kmあたりの事故件数)の間には、相関関係があることが結論付けられている。
 実際の調査では、個人名を出すことはなく、組織全体の集計結果から「集団としての積極心」を測定し、組織全体の活性度を測定するのである。
5.職場メンバーの質的構成からマネジメントの目標を考える
 さて、今回発表されたツールでは、全体の20%すなわち、5人に1人の積極心を持った人材があつまることで組織は活性化し、経営意思の伝わりやすい組織となるとしている。企業においては、このツールを活用することで、組織メンバーの質的構成からマネジメントの目標を考えることが可能になるといえるだろう。
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出典:国土交通政策研究所 「安全アンケート実施・分析マニュアル」
 読者の組織の質的構成はどのようになっているだろうか?読者自身は5人に1人を構成する一人となっているだろうか?「安全に関する企業風土測定ツール」ではこれを簡便的に測定できる。ぜひ試していただきたい。
6.安全について、多面的な視点で課題を抽出する
 事故がなかなか減らない、管理者が不足しているという悩みはどの会社も共通である。しかし、各社の事情はまったく異なる。解決の方法はまったく違う。その意味で、このツールは、「安全」の問題に対し、「安全教育」といった、『点』の解決ではなく、トップ層の問題、マネジメントシステムの問題、教育の問題、現場管理の問題、そして個人個人の積極心の問題、というように、『多面的』な観点で課題を抽出することができる。
 ぜひ、自社で取り組み、経営全体の視点から安全の問題を俯瞰してみてほしい。何が問題なのか、何が足りないのか、順位をつけるとどうなるのか、「安全を実現する」という複雑に絡まった糸を少しずつときほぐし、向かうべき方向を見つけ、そこに焦点をあて、会社全体で解決するという、きっかけにしていけるものといえる。
7.原因分析の「死角」
 事故は人身事故、車両事故等に区分でき、これらの直接的な原因は、うっかりミスなどの人的要因、車両の欠陥といったモノや設備の要因、道路や気象条件といった環境要因がある。さらに、その根本原因(真因)を探ると、ドライバーの職務能力と人間性という、ドライバー自身の質の問題に突き当たる。
 知識習得や技能教習、健康管理などの対策は打ちやすいが、目に見えにくいドライバー自身の人間性、つまり日々の行動や相手の立場に立って物事を考えることなどには対策がとりづらい。しかし、事故の原因の一つにこのドライバー自身の問題があるとすれば、このような「死角」に手をうっていかなくてはならない。そのためには、ドライバーを管理する質や組織の質を高める「マネジメント」の改善を再発防止策として、実施する必要がある。
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出典:最新トラック物流 日本創造経営協会 より加筆修正
8.事故の真因を測定する
 多くの企業で「なぜなぜ分析」を取り入れている。しかし、発生原因が多岐にわたり、複雑に絡み合っていたりするトラック運送業における事故においては、軽い気持ちで「なぜ」を考えるだけで、真の要因を洗い出せない。この手法の習得は非常に重要であるが、適切に用いるには熟練も必要な手法である。さらに、運送業の安全確保に特徴的なことは、車両・機材設備等だけでなく、運転者個人の意識や技量に負う面が大きいことである。
 突き詰めると、事故の真因は管理の質や組織の質など「マネジメントの質」にある。管理の質とは運行管理、車両管理、荷主管理などであり、方針・目標管理、採用・教育訓練、人事給与などを含む。組織の質とは管理を実行する上での社内の意思疎通や社員の貢献意欲などである。これらを根本原因として改善を進めなければ事故削減は難しい。筆者の経験から言うと、起こってしまった事故の原因分析により、この真因に至ることは難しい。7.の図を見てもわかるとおり、何重にも「なぜ」を繰り返さないと、組織の質の問題には至らないからである。多くはドライバー個人の意識の問題に落ち着いてしまう。
 寄り道が長くなってしまったが、ここに「安全に関する企業風土測定ツール」を活用する意義がある。事故の真因となりうる組織の質、管理の質を測定し、個別の事故分析と組み合わせて使うことで、自社の事故削減を効果的にすすめることができるのである。また、「安全」を「経営」という視点からとらえていることもあり、「事故防止」というテーマから、厳しい環境を生き抜いていくための方向性も見出すことも可能になる。
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9.M社の事例
(1)「安全に関する企業風土測定」受診までの経緯
 M社は自車年商6億円、大型車を中心に約40車両を保有しており、ドライバーは40名である。事故率の推移をみてみよう。
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事故率:件/10万km、事故件数:件
事故件数の定義:路上および構内走行中に発生した、対人、対物、自損事故(軽微な接触事故も含む。但し過失割合0の被害事故、荷物破損のみの事故は除く)
 18年度、19年度に事故が多発し、その事故の内容を分析してみると、年齢が低いドライバーが半分、それに加え、10年に以上勤続しているベテランドライバーが事故を起こしていた。3年前より、教育制度、意思疎通のあり方自体を見直す方針として以下を打ち出し、改善活動を行ってきた。
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 方針を打ち出した当初は、事故率の減少や管理者の班会議の現場巡回、ベテランドライバーの行動改善、点呼時のコミュニケーションや個人指導が行われた。上記の取り組みから3年経過し、上記のとおり事故率は改善してきた。
 平成23年度には、事故率0.1件/10万kmという、新たな高い目標を設定し、取り組んでいる。6月に国土交通政策研究所より「安全に関する企業風土測定ツール」が公開されたことを受け、無料で診断実施支援を受け、現在社内で新たな課題設定を行っている。その目的は、実際に組織のメンバーの意識がどのような状態なのか、3年間の取り組みの効果測定と、今後の課題抽出である。以下、測定結果の概要を紹介しよう。
(2)全体の傾向
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※『他社平均』とは、安全に関して積極的な取り組みを行っている企業(バス、ハイタク、トラック事業者)8社(16事業所:3,204名)の平均値。また、参考データとして、8社のデータにおける平均値、標準偏差から、偏差値の考え方を用いることで、上位値、下位値を算定。平均値、上位値、下位値は参考値であり、今後は更にデータを蓄積し、より精度の高い、同業種、異業種比較ができることを目指している。
出典:国土交通政策研究所「安全アンケート実施・分析マニュアル」
① 得点の高い領域
 「Ⅴ.職場メンバーの積極心」「Ⅲ.教育訓練の充実」領域が非常に高くなっている。このれは、M社のトップ自らが健康管理、挨拶などの基本行動を率先して取り組んでおり、ドライバーにまで浸透し、当たり前のこととしてできるようになっていること、T社の「朝礼」は他社の模範となるようなものであり、外部から見学を申込まれる水準であること、など挨拶等、基本行動の指導が徹底されており、朝礼や点呼等でも形やその意味など常に教えられているという取り組みの表れであろう。
 また、教育訓練については、トップ自身が採用に熱心であることや、新人教育制度を3年前に見直し、充実させており、会社の考え方を理解してもらう形を重視している。知識やスキル面だけでなく、他のドライバーとの交流や自分自身の生活の在り方を振り返る外部研修をとりいれるなど、「立派な家庭を築き、社会に貢献する」というM社の理念を具体化する内容となっていることがあげられるであろう。
② 得点の低い領域
 経営者自身も気づかされたことは、3年間教育制度充実に力を入れてきたが、現場と管理者の関係には大きな課題があることである。
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 得点の低かった「Ⅳ.現場管理の充実」領域の回答の分布を詳しく分析してみると、高い評価と低い評価がきれいに二つに分かれていた。従来より力を入れてきて基本行動や朝礼については高い評価だが、その他の日々の管理に関する項目は大きくバラついていた。
 このことを現場にヒアリングをしてみると、できる管理者とそうでない管理者、できる班長とそうでない班長がはっきりしていることがわかってきた。班長やドライバーへの指導の質が個人それぞれに依存しており、あるべき姿の統一から行うことが必要と考えた。
(3)質的構成の分析(組織の意思疎通度)
 このツールでは、全体の20%すなわち、5人に1人の積極心を持った人材があつまることで組織は活性化し、経営意思の伝わりやすい組織となるとしている。
 部門別にこの構成比をみてみると、どの部門においてもA層(組織の意識を高め、活性化を図れる層)が20%を超えており、意思疎通が改善されてきたことがみてとれる。これはM社が当たり前のことを当たり前に実施できる組織づくりを徹底してきたこと、班会議を任せ切りにせず巡回し丁寧にコミュニケーションを図ってきたことの表れといえる。3年前の教育制度、意思疎通のあり方の充実が事故の削減に結び付いてきたことも、この土壌があったからこそと考えられる。
 しかし、現業部門ではC層、D層が半分近く居るため、この底上げを継続して行わない限り、末端までの意思疎通は充分でないと言える。
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(4)対策の検討
 意思疎通の基本となる「職場メンバーの積極心」は高く、一定の土壌はある。しかし、ばらつきがあるため、会社としての統一的な安全基準を徹底するべく、人材育成(職務能力、人間性両面の向上)を行う責任者として「指導員」制度を正式に立ち上げた。幸いにもベテランの班長の中には、高いスキルとともに人望も厚い人材が数名育っていた。これらの人材を「指導員」として、全ドライバーおよび新人教育、班長・副長の育成の基準となってもらうこととした。
 安全方針や施策のほか、具体的な運転スキルチェックリストや作業標準の設定などルールに基づき、これらの展開、浸透していくため、長年運営されている班別会議の内容を改め、指導員が班長とが一体となり、班員の指導にあたり、班活動を充実させ、統一的基準の浸透に努めていくことにした。
10.まとめ
 この測定ツールは経営者自身が新たな視点で自社の経営の質、安全マネジメント体制を「見える化」できることに意義がある。トラック運送事業者にとって、安全の問題は事業そのもの問題と密接に関連している。安全を通じて管理・組織そして経営そのものの質を高めていくため、無料で公開されているこのツールなどを活用し、自社のより一層の改善に活用していただきたい。
【参考】
国土交通省 国土交通政策研究所:安全に関する企業風土測定ツール
http://www.mlit.go.jp/pri/shiryou/press/press20110629.html
日本創造経営グループ(㈱創造経営センター):事故と企業風土との関連 ~自動車運送業におけるKD-1調査の活用~
http://www.sokei.co.jp/consul/jidoushaunnsougyouniokerukd1.htm
 
 
 
■高橋 朋秀(たかはしともひで)
中小企業診断士
中小企業診断協会東京支部中央支会理事
株式会社創造経営センター勤務を経て、任期付任用により国土交通省国土交通政策研究所主任研究官として1年間勤務
現在株式会社創造経営センターコンサルティング事業部マネージャー
<主な著書>
「トラック経営革新」「トラック環境経営」「最新トラック物流 たくましい経営」
(日本創造経営協会編 共著)