専門家コラム「A/Bテストのすゝめ」(2015年5月)
2つの案で違いを見れば・・・
御社のホームページに「購入する」ボタンがあるなら、それはページのどの部分にあるだろうか。右上? 右下? それとも中央下あたり? ボタンの場所はそれぞれだろうが、その位置によって商品購入の確率が変わってくる可能性が考えられる。
ボタンの位置の上下左右だとピンと来ないとしても、ボタンが商品写真の近くにあれば「欲しい」という感情が強くなり、ボタンが購入金額の近くにあれば「やっぱりやめておこう」という感情が強くなるという説明なら、多少はご理解いただけるだろう。ホームページの些細なデザインの違いが人の心理に影響を与え、結果的に人の行動を変化させることは多くの事例で確認されている。
ある課題について2つ以上の案を用意し、それによる人間の行動の違いを比較するのが、ここで紹介するA/Bテストだ。例えば、「購入する」ボタンの位置についてA案とB案の2つのページをつくり、実際にどちらの商品購入率が高いかを比べてみる。そして、商品購入率が高かったレイアウトをホームページに採用する。こういう意思決定の方法がインターネットのページ作成等では徐々に浸透してきている。
さて、インターネットのページ作成等を中心に使われているA/Bテストだが、実はリアルなビジネスの現場でも活用できる。A/Bテストは、突き詰めて考えればA案とB案を比べるだけなので、その応用範囲は広いのだ。では、実際にA/Bテストをどうやって行なえばいいのか。ここでは、具体例をまじえながらそのポインを説明する。
チラシ配布なら、配布場所、配布時間帯、チラシの内容をテスト!
例えば、飲食店が新しいランチメニューを紹介するチラシを配るとき、どのようなA/Bテストができるだろうか。
(1)配布場所
最寄り駅の前で配るのか、お店の近くの交差点で配るのか、それとも店頭で配るのか。もちろん、チラシの目的に合わせて配布場所を変える方法もあるが、どこで配るのが正解かはなかなかわかり難い。それならば、3箇所で配ってみて、成果を比べた方が明快だ。
(2)配布時間帯
チラシをいつ配るかについても、A/Bテストを行なうことができる。朝の通勤・通学の時間に配るか、お昼の少し前に配るか、ランチの時間帯になってから配るか。どの時間帯についてもそのタイミングで配ると効果的な理由は説明できるが、どれが一番いいかはわからない。A/Bテストで試すことで、効果の大きい時間帯が見えてくるだろう。
(3)チラシの内容
例えば、新メニューの写真を入れるか、メニュー名を大きく表示するか、価格を強調するか。3パターンつくって配布することで、どれの反応がいいかを比べることができる。
このように、何について比較するかを決めて、それぞれに複数の案をつくれば、A/Bテストを実施することが可能となる。
A/Bテストのポイント
複数の案を用意することでA/Bテストは実施できるが、有効なテスト結果を得るためにはいくつかのポイントがある。
(1)比較するデータを決める
A案とB案の効果を感覚的に比べたのではA/Bテストにならない。新メニュー注文数、来店客数、売上高など、比較に使うデータを事前に決めておく必要がある。
また、比較を可能にするための仕掛けも必要だ。チラシを見たお客かどうか見わけるためチラシにサービス券を付けるとか、どこで配ったものかわかるようにチラシの隅に小さなマークを入れるとか、何のデータを比較するかに合わせて、十分な準備をする必要がある。
(2)比較部分以外を同じにする
例えば、チラシの配布場所を比較するとして、チラシを地点Aでは朝に配り、地点Bではお昼の少し前に配り、地点Cではランチの時間帯に配ったとしたら、地点間の正しい比較にはならない。得られたデータの差異に、場所以外の要素の影響が出てしまうからだ。 ある地点のデータが良かったとしても、それはチラシを配った時間帯が良かっただけかもしれないのだ。
このように、A/Bテストでは比較する部分以外をできる限り同じにしないと、比較が成立しなくなってしまう。現実的な限界もあるが、少しでも条件を揃えて比較することが大切になる。
(3)データを信じる
そして、何より大切なのはA/Bテストの結果として得られたデータを信用することだ。A案がB案より良い結果を出したとき、それが自分の予想と違ったとしても受け入れる覚悟が必要になる。(1)や(2)を完全にすることはできないため、できあがったデータを疑うことは簡単だが、そこを疑問視するとA/Bテストが成立しなくなってしまう。(1)と(2)について十分な準備をした上で、結果は真摯に受け止める必要がある。
(1)と(2)はインターネット上だと比較的簡単に実現できる。対象者の行動をデータ化しやすいし、比較部分以外をできる限り同じにすることもA案とB案をランダムで出現させることで実現できる。このため、A/Bテストはインターネットを中心に広がっているが、リアルのビジネスで使わないのはもったいない。データを活用して、ビジネスの成功確率を少しでも上げたいなら、トライする価値はあると考えられる。
まず、やってみよう!
会議などで、ある課題についていくつもの解決案が出ることがある。参加者のこれまでの知識や経験によってどれを実施するかを議論することになるが、どの仮説が優れているかは極めて曖昧だ。「もっともらしさ」を競うことはできるものの、上司や声の大きい人の意見が通ることが多くなるのが実状となる。
もちろん、それが成功を導くことも多いだろうが、このやり方ではかなり「勘」に頼った決定となってしまう。少しでも成功確率を高めようと思うなら、「勘」より「データ」。意思決定の精度を向上させるためにも、A/Bテストを試してみることをおすすめしたい。
■佐々木 孝(ささき たかし)
市場調査会社を経て、テレビ局でマーケティング業務に従事。現在は、独立中小企業診断士としてマーケティング、リサーチ、データ活用を専門に活動している。