伊藤 孝一

 
 
 70歳まで働く、(働かざるを得ない?)時代が到来しています。
1.人口・労働力減少下での高齢者雇用の問題
 我が国では、2012年から団塊の世代が65歳を迎え始め、現在2013年では65歳以上の割合が約25%、2025年には約30%、2050年には約40%と急激に上昇していくと見込まれています。
 一方で、社会を支える生産年齢人口は毎年70~80万人減少しており、団塊の世代の先頭が65歳になる2012年からは1年に110万人ずつ減少すると言われています。
 このような状況下では、若者、女性、高齢者、障害者など、あらゆる人が意欲と能力に応じて働き、「全員参加型」の社会を構築する必要があり、特に高齢者の活躍の場の拡大が重要となってきます。
 60歳以上の人でいつまで働きたいかという内閣府の意識調査(2008年度)によると、4割弱が働けるうちはいつまでもという結果がでており、日本人高齢者の就業意欲は強いものがあります。
 その一方で、年金の支給開始年齢の引上げで、65歳までは年金が全く支給されない社会(いわゆる2025年問題)が到来し、それまでは高齢者が働いて生計を維持していかなければならないという社会制度面の変化が生じています。
2.改正高年齢者雇用安定法の施行
 この厚生年金の受給開始年齢が経過措置を経て、65歳に引き上げられることに伴い、この4月1日に高年齢者雇用安定法が改正され、企業に希望者全員を原則65歳まで継続雇用を義務付ける制度が施行されます。
3.施行間際の各企業の対応状況
 法改正を控え、各企業(特に大企業)の対応について、さまざまなメディアで報道がなされています。人材豊富な大企業では基本的には終身雇用であり、その代り定年で退職することが今までは一般的であって、制度としての継続雇用や再雇用は近年の取組みでもあります。
 一方、人材確保が容易でない中小企業では、制度より実態が先行する例がみられます。ある調査では、70歳を超えて雇用する理由を「やめてもらう必要がないから」としており、自然体での雇用が実現されているケースも散見されます。
4.若年者雇用との関係
 幾分改善されてきているといわれているものの、昨今の厳しい雇用情勢下では、高年齢者雇用を進めることで若年者の雇用の場を奪うことにならないかと懸念する意見も根強いものがあります。
 少し古いデータではありますが、厚生労働省「平成17年企業における若年者雇用実態調査」では、企業が「若年正社員の採用を減らす」または「採用しない」理由として、「人件費等を抑えるため」(40.7%)、「経営状況の悪化等で経済的余力がない」(25.2%)の2つが大きな理由となっており、「高齢者の継続雇用を優先するため」(17.8%)は、「即戦力となる人材がほしいから」(16.0%)等と同水準となっています。高齢者と若年者の雇用が競合しないとは言いきれませんが、限定的と考えられています。また、1970~80年代のヨーロッパにおいても若年者の失業問題に対処するために高齢者の早期引退促進策が推進されましたが、若年者失業の解消には効果がないばかりか、年金などの社会保障負担の増大という問題が生じました。長期的に労働力人口が減少することを勘案すると、若年者であれ、高齢者であれ、公正・均等な条件の下で挑戦することができる環境の整備が求められます。
5.高年齢者雇用での課題
(1)賃金体系等の整備
 60歳以降の人事管理について、多くが模索中であり、制度を確立している企業は少ないと思われます。賃金制度、雇用形態、役職、人事評価、配置等の方針の検討が急務です。特に賃金制度はこれまで60歳以降大幅な給与の低下が一般的であり、最も満足度の低い項目となっています。高齢者の持っている能力を活かすためにも高齢期における賃金のあり方は重要です。
(2)労働時間、勤務形態の多様化
 家庭や健康問題など、個々のライフスタイルに対応するために、フルタイム就労以外にも、短日・短時間勤務、在宅勤務など多様な勤務形態を設定することも重要です。
(3)職場環境の改善
 加齢とともに体力や作業能率が低下することを前提に、高齢者でも就業し続けることが可能となるきめ細かな改善努力が必要です。
(4)技能、経験等への若年者への伝承
 卓越した技能や経験をもちながらもその技能等を教える訓練を受けていない場合もあります。貴重な技術、技能、ノウハウが的確に次の世代に継承されるようにマニュアルの開発や研修等に取り組むことも重要となります。
(5)その他(能力開発や健康管理対策等)
 技術革新やシステム変更等に対応するために、高齢者にも教育訓練の機会は必要ですし、疲労が蓄積しないような作業強度の設定や十分な休憩時間の確保、健康状態に配慮した柔軟な勤務時間制度等を行うことも重要です。
6.高齢期にいきいきと働ける企業の条件
 日本人の平均寿命を鑑み、少なくとも65歳までは確実に働き続けることができ、65歳を超えて70歳以上まで、高齢者がいきいきと働ける企業となるためには、
 ①企業理念として高齢者を活用する方針を明確にすること
 ②高齢者が職場から必要とされ、役割があると認識できるようにすること
 ③高齢者とのコミュニケーションを保ち、意向や要望を把握すること
などをあげることができます。
7.まとめ
 ドイツとデンマークは67歳、イギリスは68歳への年金支給開始年齢引き上げに向けた法制化は完了しており、ノルウエーも62歳~75歳の幅で選べる制度が導入されました。アメリカでは一部の例外を除き、「雇用における年齢差別禁止法」により、定年制は認められておらず、年金支給開始年齢も2027年までに67歳へ段階的に引き上げられることになっています。欧米諸国の制度に見習い、日本でも年金支給開始年齢を引き上げるべきという議論もなされています。我が国においても、近い将来70歳まで働く制度面での環境整備をまさに検討すべき時期に突入したといえるでしょう。この法改正を機に、助成金などの活用も検討しながら、今一度社内の高齢者雇用の制度面の見直しを検討しましょう。
 
 
 
■伊藤 孝一
中小企業診断士
1級販売士
ITコーディネータ
特定社会保険労務士
著書:
顧客情報活用の知恵(共著:同友館2000年4月)
中小企業診断士1次試験重要事項総整理(共著:法学書院2005年1月)
雇用形態別人事労務の手続と書式・文例(共著:新日本法規出版2013年1月)