1.後継者支援の現場から
 事業承継は2021年時点でも7割が同族承継・従業員承継で1)、昨今は「見えない」会社の資産、社風や組織の結びつき・リーダーシップをどのように引き継ぐのか、その重要性が認識されております。そのため
・ 中長期経営計画を後継者主体でつくり経営に対する後継者のコミットを促し、現経営者が懸念する、後継者の経営意識の向上を担保する
・ 後継者塾やコミュニティ参加により経営知識を体系的に理解し、同世代の経営者ネットワークで、より早くなる経営環境の変化への対応力を担保する
といった事を行いますが、後継者様に聞くと経営者の観点から2つの悩みがでます。
1) 先代のリーダーシップ手法を引き継ごうと思ったが同じ方法では成果が上がらない事の悩み
2) 従業員に対し先代と同じようにコミュニケーションを取ろうとしても円滑に進まず、自分の事を聞いてくれない悩み

2.悩みの本質
 こうした悩みの本質は後継者本人だけに着目するのではなく組織を構成する従業員さんに対する支援であり従業員さんも重要なのです。そこで引き継ぎ時の経営支援では次の方法を取ります。

コミュニケーションの悩みの解決プロセス
1) 後継者が自分の物事の考え方、性格、モチベーションについて深く理解する。
2) 先代経営者と物事の考え方や性格、モチベーションが違う事を理解する。
3) 経営に対する考え方を自分の言葉で「企業理念」「経営計画」等しっかり記載する。
4) 従業員に後継者の価値観を受け入れる機会を定期的に数多く持つ。
5) 従業員ご自身の物事の考え方、性格、モチベーションの違いを理解する。
という順番で行います。後継者と従業員それぞれが「自己理解」「他者理解」「コミュニケーション改善」を行います。
 上記の1)、2)、5)は、コミュニケーション力の向上・価値観を変える事になりますが通常長い時間がかかります。そこでエニアグラムという応用心理学を使う事としました。では、エニアグラムとはどのような応用心理学でどうビジネスで活用されているでしょうか。

3.エニアグラムとは2)
 人格特性は生まれながらに9つのタイプに分けられるという医学的、心理学的な研究成果があり、更にタイプは人間の気質、個性、行動、価値観、生き方に大きな関係があることがEric S. Schulze, MD, Ph.D., Tina Thomas, RN, DCSW らによって科学的に解明されています。
現在のエニアグラムは、上記をベースとして米国スタンフォード大学の医学者、心理学者らによって研究、整理され、理論化、体系化されたものです。スタンフォード大学MBAコースに採用されたのを始め、CIA、モトローラ、ディズニー、ヒューレットパッカードや国内ではソニーがリーダー研修として、財務省、法務省、人事院でもプログラムが採用されています。
 エニアグラムは、自分がどのような気質(人格特性・自我)を持って生れたか、人格的成長の進むべき方向と健全度の高い、あるべき成長の姿の理解を助けます。各タイプが持つ根源的怖れを解放し、全ての人間に与えられる豊かな本質が持つ力を引き出します。エニアグラムが自分と他者の価値観の本質の理解や人格的成長の助けとなるため、数々の組織が育成プログラムに活用しています。

4.エニアグラムを活用した実例
 関東近県の専門工事業のA社。社員10名と一人親方5名以上の体制で年商3億円程度の企業です。先代から3年前に引継いだ後継者Bさんに対し中期経営計画の策定支援でコンサルティングに入りました。
 このBさんは先代の方向性を自分から示し、先導するようなリーダーシップの方法で事業展開しようと思ったのですが、物事の考え方や性格の違いから違和感に悩んでいました。また一部従業員とのコミュニケーションもうまくいかず従業員の意図がわからず、自分のことを聞いてくれないといった悩みがありました。
 こうしたヒアリングから経営計画を作る前に、社長自身が自分を再認識し経営観を理解した上で従業員に伝える事で、2の解決プロセスに従って、社長との対話から支援がスタートしました。

1)後継者が自分の物事の考え方、性格、モチベーションについて深く理解する。
 社長はエニアグラムではどしっと構えた「包容力」のあるタイプ。おっとりとして穏やかで、「なんとなく」「その件は後々」など波風を立てない特徴がありますが、周りを根気強く説得する力に優れている、といったご自身について理解いただきました。

2) 先代経営者と物事の考え方や性格、モチベーションが違う事を理解する。
 先代はエニアグラムでは「決断力」リーダーシップのタイプで度胸があり大胆に行動できます。挑戦という言葉が好きで、勝ち負け、イチかバチか、白黒はっきりする事も好みます。そのため幹部従業員はその決断力や大胆な行動力を信用してきました。先代のこれまで見てきた先代の行動・従業員とのやり取りについても理解し、自分と先代の違いについても学習していきました。

3) 経営に対する考え方を自分の言葉で「企業理念」「経営計画」等しっかり記載する。
 続いて社長が自分のタイプを理解したうえで会社をどうしていきたいのか。そのためにどのような言葉を用いて従業員へ伝えていく必要があるのか自分の気質・モチベーションを知っている事で、より意識した言葉・意識した経営計画や自社理念が出来ました。

4)従業員の方に後継者の価値観を受け入れる機会を、定期的に数多く持つ
 年1回全従業員と仕入先や外注企業、金融機関等に参加いただく経営計画発表会
 月1回、施工管理/営業、施工現場、事務スタッフの代表と社長が参加する向上会議
 を仕組化し、当初は社長から各月の業績やそれを受けた社長の発言により従業員の方へ社長が伝えたい価値観を伝えてもらう事としました。
 しかしながら、従業様がこの会議に主体的に参加してもらえるためには次の5)が必要になります。

5)従業員ご自身の物事の考え方、性格、モチベーションの違いを理解する
 従業員の方にもエニアグラムによりそれぞれのタイプや考え方、性格、モチベーションを理解してもらい、社長のタイプについても理解いただき、違う考えを受け入れる事や部下・関係者との良好な関係の方法を学んでいただきました。
 その効果を検証すると下記のような成果が見えてきます。
○社長が、従業員の考えや行動の理解度が高まり、その結果新規事業に対する体制構築の支援や必要な人材像が明確になった
○従業員の向上会議での発言内容が自分が設定した目標や会社の目標を受けた達成をもとにしたものへと変化した。また目標の設定数が1.8倍となり具体性も増した。
○その結果、売上が導入前より10%向上した。

5.エニアグラムの応用領域
 中小企業は事業承継や事業再構築という企業方針を大きく変えるタイミングでは、組織価値観そのものを再構築する必要があります。こうした際に社内外のコミュニケーションが必要で、企業が変革を遂げる場がすべて、関係者の自己や他者の再認識が必要であり、つまりエニアグラムの活用の場といえます。世代が変わり組織の求心力を上げたい、自分や後継者のリーダーシップ力を上げたいという現経営者・後継者の皆様がいらっしゃいましたら、お問い合わせ頂きたく、本コラムを占めたいと存じます。

(出典)
1) 帝国データバンク『全国企業「後継者不在率」動向調査(2021年)』https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/pdf/p221105.pdf
2) ビジネス能力開発株式会社webページ「エニアグラムとは」 より筆者作成
https://www.biz-noukai.com/wp/about_enneagram/

(略歴)
加賀城 剛史
建設業製造業を中心に「エニアグラムを活用した組織改革により経営陣と従業員皆さんを幸せにする」を理念にして経営支援を行う。趣味は旅行とお笑いとオーディション番組鑑賞。合同会社フェニックス経営研究所 代表社員。一般社団法人 人材開発協会 副理事長。

ウェブサイト
https://phoenix-bl.com/
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