私事で恐縮ですが、ここ最近東京しごと財団に携わる機会が増え、今まで苦手で避けていた「ヒト」関連のお仕事の比率が増えつつあります。私自身、そろそろ中小企業の永遠のテーマである「ヒト」の課題に関して何らかの答えを出すべくマジメに取り組まねば…と考えはじめていたので、これを機に勉強と経験を積むチャンスととらえてチャレンジしていきたいと考えています。
 そのなかでも、今回は、最近注目されつつある、「ソーシャルファーム」について解説と私見を述べていきたいと思いますのでしばしおつきあいください。

「ソーシャルファーム」とは?
 もっぱら社会的企業と訳され、イメージとしては一般企業と福祉施設の中間に位置する存在です。近年ヨーロッパを中心に着々と増えてきているとのことです。そもそものソーシャルファームの原型は1970年代にイタリアで発祥しました。もともとは精神科に入院していた患者さんが退院後に自立した生活ができるよう、地域住民と一緒に働ける場をつくったことが発端とのことです。 その後、ドイツ、イギリス、オランダなどに急速に拡がり、ヨーロッパ全体で1万社を超える企業や団体が障害者やひきこもり経験者など一般企業で就職することが難しい方々の雇用を引き受けています。また、ヨーロッパ以外では韓国の取組みが進んでおり、現在2,000社を超えるソーシャルファームがあるそうです。
 ドイツ国内には700社以上のソーシャルファームがあります。それらは設立する際に国からから補助金が支給され、当該企業の製品購入やサービスの利用にあたっては日本の消費税にあたるVAT(付加価値税)の低減など、利用を促進するしくみも設けられています。また、事業が軌道に乗りやすいよう3年間は人件費についても積極的な支援が行われています。
 日本でも「ソーシャルファーム」はヨーロッパ同様、就労困難者が他の従業員と一緒に働く場を提供する企業や団体のことを指します。運営主体は一般企業やNPO法人など多種多様です。ソーシャルファームでは通常のビジネスを行って利益を上げることを目指しつつ、働く人は雇用契約に基づき最低賃金以上の収入が保障されます。
 全国に先駆け、東京都では2019年12月18日に「都民の就労の支援に係る施策の推進とソーシャルファームの創設の推進に関する条例」を都議会で成立させました。また、それに併せて認定制度や補助金制度も整備され、ソーシャルファーム事業を後押しする体制が整いました。

東京都による「TOKYO SOCIAL FIRM」認証
 東京都では「都民の就労の支援に係る施策の推進とソーシャルファームの創設の推進に関する条例」に基づき、基準に適合している事業所を認証・支援しています。2023年8月現在、「認証」事業者は32、「予備認証事業者」は12あります。
 今年度の募集は既に終了していますが、次年度に向けてソーシャルファームを目指すための検討・準備を始めるには今の時期がちょうどよいタイミングと言えるでしょう。
 次に認証に必要な大まかな条件を見ていきましょう。

【主な認証基準】
 主な認証基準は下記6項目になり、キモとなるポイントは②③④といえます。
 ① 事業からの事業からの事業からの収入を主たる財源として運営(自律的経営)
 ② 就労困難者と認められる者を全従業員の20%以上かつ3人以上雇用
 ③ 就労困難者と認められる者が他の従業員と共に働く
 ④ 就労困難者と認められる者の実情に応じたサポート等を適切に行うことができる人材等を有していること
 ⑤ 運営する経営主体が法人格を有していること
 ⑥ 障害福祉サービスの指定を受けている事業所ではないこと
  ※他の基準に関しては募集要項にて必ずご確認ください

【認証までの流れ】
 認証までの流れと支援は下記。
 ① 創設の検討
 ② 事業計画の作成
 ③ 予備認証(申請・審査・取得、原則6か月)
 ④ 事業準備・開始
 ⑤ 就労困難者の新規雇用
 ⑥ 認証(基準をクリア・審査・取得)
 ⑦ 事業や雇用の更なる拡大など

実際に取り組んだ事業者の感想
 東京しごと財団のソーシャルファーム認証支援は、予備認証を受けた事業者さんの認証に向けた相談・助言を行っています。私が訪問した予備認証事業者様(就労困難者を数名雇用済)から、下記のようなお話を伺っています。

【ソーシャルファーム認証を受けようとしたきっかけ】
 当社はもともと多種多様な国籍や経歴を持つ方々が多かったため、ダイバーシティを意識した経営を心掛けていました。ここ数年、社内の人事制度を整備する過程でソーシャルファーム認証制度を知り、ダイバーシティを売りにしている自社の企業姿勢を内外に明確にアピールするチャンスとして取り組みを決めました。

【準備期間の社内】
「直接の業績向上につながらない」「受け入れる体制が整ってない」「今やることなのか?」「どんな人が来るかわからない」など、取組表明直後の社内には否定的な感情が渦巻いていました。
 しかし、それでも代表自身は自社の社会的な存在意義を示す機会ととらえ、社員への会社からのメッセージとしても取り組むことを決めたそうです。

【実際の受け入れ】
 就労困難者ということで面接に至るまでのコミュニケーションがなかなかうまくいかないケースもありました。しかし、実際に話をすると多くの方は「周りに気を遣いすぎて疲弊」「仕事が上手くいかないのは自分のせい」「自分がいなければ職場がよくなる」など、非常に個人的な些細な理由であることがわかってきました。
 そこで、積極的に「自由闊達な」「そんな細かいことを気にしなくてよい」社風を説明して入社してもらいました。
 結果、入社して「仲間」となってしまえば周りもきちんと気遣いつつ戦力化に協力し、就労困難者と言われていた方々も戦力と認められれば意欲をもって仕事をしはじめ、そのマジメな態度は既存社員の先輩としての自覚を刺激するといった好循環を生み出しています。今まであまりにも自由で「放し飼い状態」だった従業員に「協調・協力」の概念が芽生えつつあり、今までにない全社一体感が醸成されています。
 今では就労困難者って誰だったっけ?というくらいにすっかり社内業務に溶け込み、かけがえのない貴重な戦力になりつつあります。

【まとめ】
 就労困難者にとって働きやすい社内環境を整備することは、既存従業員に対してさらに働きやすい環境を提供することになりました。それにより、従業員の定着率上昇や計画達成への責任感も醸成され、将来の見通しが人的リソースの不確実性や計画達成意欲の薄さから揺らぐことが減るメリットを実感しています。
 また、採用に関しても働きやすい環境であることをアピールでき、一般の採用に関してもよい方向に動き出しています。

 8月上旬には重要課題であったDX化推進とリスキリングに詳しい優秀な情シス部長候補の採用が実現できたとのことです。

 いかがでしたか?
 無理に認証を取らずとも、まずは「ソーシャルファーム的経営」を意識するだけでも「ヒト」に係る課題に関しての回答に確実に一歩近づいていけそうです。
 これからの中小企業にとって、有意義な取組の一つに加えてもよさそうです。

【略歴】
 大根田 陽介(おおねだ ようすけ)
 2013年 中小企業診断士登録
 一社)東京都中小企業診断士協会 経理部長 中央支部 副支部長兼経理部長
 新卒後、大手印刷会社・中堅出版社と20年余りを紙媒体業界にどっぷりと浸かる。(主に法人営業とマーケティング、広告宣伝)
 診断士登録後、弱小IT企業を経て、2021年緊急事態宣言の最中に無謀にも独立。
 販路開拓、営業支援、マーケティング、管理会計導入、創業支援が中心。
 趣味はクルマ(整備~洗車、ドライブ、模型製作、ミニカー投資)、PC(自作、改造)、機械式腕時計のメンテナンス&修理などメカいじり全般。他にスポーツ観戦(NPB、F1)。