専門家コラム「ザ・交渉術~交渉がうまくいく術~」(2023年5月)
タイトル「ザ・交渉術~交渉がうまくいく術~」
1.はじめに
交渉事はうまく行っていますか?
みなさまは、会社や家庭、地域のコミュニティや、仲間・友人のコミュニティなど色々な場面で様々な交渉をされていると思います。
私は会社員時代、とある広告代理店に10年間勤めていました。テレビCMの制作や全国イベントのプロモーションなど傍から見れば『華やかな世界』で仕事をしていたのですが、裏側では、芸能プロダクションの敏腕マネージャーや、流行の先端を行く”尖がった”クリエイターさんなどを相手に毎日、毎日、交渉の連続で、それは、それは泥臭い仕事をしていました。その経験で得た交渉ノウハウの一部を今回のコラムでご紹介したいと思います。
2.座り位置
交渉時に座る位置はとても重要です。机を挟んで交渉相手と向かい合って座る時、席に余裕があって、真正面に座らなくて良いのであれば、図のように左斜め前に相手がいるような座り方が理想です。
というのも、真正面同士で座ると、多くの場合、交渉相手は腕を組んで話をしていました。「腕を組む」という行為は、心理学的には警戒心を持って、心を閉ざしている心理状態を表しています。つまり、真正面に座ってしまうと、うまく行く話もうまく行きません。一方、斜め前に座ると圧迫感は幾分か弱まります。さらに、左斜め前に相手が座るということは、実はとても重要なことなのです。人の脳は、左耳から入った情報は右脳で処理され、右耳から入った情報は左脳で処理されるといわれています。
左斜め前に座っている交渉相手は、こちら側の話を左耳で聞くことになります。右脳と左脳の機能は、右脳は感情やクリエイティブを司る機能があり、左脳は理論的思考を司る機能を持っているといわれます。つまり、右脳で処理してもらうほうが、情に訴えて交渉しやすくなるということです。反対に左脳はいじわるなので、論理的な矛盾があると、そこを突っ込んできます。
私の場合、必ず交渉相手の左斜め前に座って交渉を成功させることが多かったです。
3.囚人のジレンマ
「囚人のジレンマ」というゲーム理論のお話をします。
※いろいろな呼称や司法手続き上の問題はありますが、あくまで、分かりやすい例えの話となっています。
ある罪を犯したAとBの二人の容疑者がいました。それぞれが相談できないよう個別の部屋で取り調べを行っていましたが、どちらも黙秘しており、警察は司法取引を持ちかけました。
黙秘を続ける二人に対して提案した条件は、次のようなものでした。
「お互い、自白したら、懲役10年」
「先に自白した者は釈放。黙秘していた者は懲役20年」
「お互い、黙秘したら、懲役5年」
AとBがお互い相談できたら、当然「黙秘する」を選択しますが、相談できない状況であれば、合理的に次のような思考が展開されて「自白する」を選択してしまうのです。
Aの立場で(Bの立場でも同様)考えてみましょう、
相手(Aの場合で考えるとB)が、もし「自白」した場合、
自分が「自白」したら、懲役10年。
自分が「黙秘」したら、懲役20年。
「なら、自白したほうがトクだ」と考えます。
相手(Aの場合で考えるとB)が、もし「黙秘」した場合、
自分が「自白」したら、釈放。
自分が「黙秘」したら、懲役5年。
「なら、自白したほうがトクだよな」と考えます。
結果、Bが自白しようが、黙秘しようが、Aの中では、自白した方がトクだという結論になってしまうのです。
この理論は、経済学や心理学、社会学等でも教科書や講義で出てきます。
外交テクニックとして紹介されることもあり、身近な交渉事にも活用することもできそうですね。
4.攻め役と守り役
もし、人数に余裕がある場合は、二人で交渉にあたればうまく行く場合があります。その時の交渉も重要なポイントがあります。結論から言うと役割分担です。ひとりは、攻め役で、もうひとりは、守り役です。
刑事ドラマの取り調べのシーンなどで、よく見ませんでしょうか。
ひとりが机をバン!と叩いて恫喝し、もう一人が、犯人の心に寄り添って、穏やかに話しかけるといったシーンです。
ちなみに、私の兄は兵庫県警の刑事でしたが、昔は、こういったドラマのようなシーンは実際の取り調べでも行われていたと言っていました。
どちらの刑事も、自白に追い込むという共通の目的をもっているのですが、人間の心の動きをうまく利用しているんですね。
犯人から見ると恫喝している刑事は敵ですが、穏やかに寄り添ってくれる刑事は味方に思えてしまうのです。そして、自白してしまうんですね。
しかし、ビジネスの世界でもこの方法はうまく利用できます。
交渉のシーンで、ひとりは、強引にすべてを飲み込ませようとする役を演じ、もうひとりは、「そうは言っても難しいですよね~」と言って優しく相手の心に寄り添います。
そうやって、相手の心の動きをコントロールできるようになれば、交渉事の多くはうまくいきます。
ぜひ、人数に余裕がある場合は、二人で交渉することをお勧めいたします。
5.最後に
交渉事は、こちら側の希望が100%通ることは難しいと思います。また、こちら側の希望が100%通ったとしても、相手側にすれば、何かを失ったり我慢したりすることになります。
交渉はお互いの妥協点を見つけて、落としどころを作る作業であると考えています。どちらか一方が得しただけでは、お互いの関係は早々に崩壊し、長期的に良好な関係につながっていきません。実は、相手を思いやる交渉がスマートな交渉であると考えています。
みなさまの交渉事がうまく行きますように・・
【参考文献】
「ザ・交渉術」佐藤和哉著
筆者略歴
佐藤 和哉(サトウ カズヤ)
関西大学社会学部社会学科卒
大手通信会社において広告宣伝業務に関わり、自社設立のために独立
現在12期目の小規模事業者
資格:中小企業診断士、健康経営アドバイザー
一般社団法人東京都中小企業診断士協会 中央支部執行委員(広報部 副部長)
専門分野:販路開拓、デジタルマーケティング
執筆活動:「月刊企業診断」(同友館)にて「くいしんぼう診断士の冒険」(シーズン1、シーズン2)を連載