専門家コラム「労働市場流動化の波に乗ろう」(2023年5月)
岸田首相が掲げる「新しい資本主義」。これは、2021年の自民党総裁選で提唱した経済政策ですが、当初は「?」という感想をお持ちの方も多かったことでしょう。しかし、ここにきて解像度が上がってきました。「新しい資本主義」を実現する手段が徐々に見え始めているからです。
1.「新しい資本主義」で示す労働市場の方向性
「新しい資本主義」は、①人への投資と分配、②科学技術・イノベーションへの重点的投資、③スタートアップの起業加速及びオープンイノベーションの推進、④GX(グリーン・トランスフォーメーション)及びDX(デジタル・トランスフォーメーション)への投資の4つの柱から成り立っています。今回は①の「人への投資と分配」に注目してみます。
2023年4月12日の新しい資本主義実現会議で厚生労働大臣は、労働市場の目指すべき方向性として、円滑な労働移動を速やかに進めていくこと、賃金上昇を伴う労働移動を支援することを提出資料で示しました。2022年10月4日に厚生労働大臣が提出した資料を具体化したものとなっています。
新しい資本主義実現会議資料(厚生労働大臣提出)2022年10月4日
2.制度が見直しされた「人材開発支援助成金」
従業員の職業訓練開発にかかる費用の一部を国が助成する人材開発支援助成金も、4月から制度が見直され、国の本気度がうかがえます。この制度を利用して従業員のスキルアップを図ろうと考える経営者も少なくないと思います。しかし、この助成金は直接的に会社の生産性を上げることが真の目的でないことに注意が必要です。労働者が自分のスキルをアップさせることで、自分の望む働き方を選択できることや、それを実現する職場で働けることが目的となっています。そのため、通常の事業活動として遂行されるものを目的とする講座は対象とならないとされています。例えば、自社の業務で用いる機器・端末等の操作スキル向上などです。
3.経営者は何をすべきか
人材育成について経営者に意見を伺うと、「お金をかけて教育しても、スキルが上がるとさらに良い仕事を見つけてやめてしまわないか心配だ」と聞くことがあります。
規模がある程度以上の会社であれば、新卒で採用した従業員は定年まで在職することを前提に要員計画を立てることが多いと思います。しかし、大手人材会社のマイナビが2023年4月に入社する新社会人に、入社した企業で何年働きたいか調査したところ、定年までが32.7%、5年未満が34.3%でした。5年未満と回答した理由として、「経験を積みステップアップしたい」という意見が目立ちます。すでに大学生の世代では「就社」ではなく、本当の意味での「就職」に意識が変わってきています。
これから、さらに労働市場が流動化していくことは明白です。「お金をかけて教育しても、…」という考えは、労働市場の流動化を恐れ、「従業員が辞めないように教育しない」ということと同じです。
労働市場流動化の波が避けられないのであれば、その波に乗りましょう。従業員を教育し、その従業員が新たなステージを求めて飛び立っていっても、ポテンシャルの高い従業員を採用できるサイクルを創ることです。もちろん、そのためには労働者が選んでくれるような魅力的な事業と職場を整えることが前提となります。
参考
・第16回新しい資本主義実現会議提出資料(内閣官房ホームぺーj)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/kaigi/dai16/shiryou11.pdf
・人材開発支援助成金(厚生労働省ホームページ)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/d01-1.html
・新社会人「新卒で入社した企業で定年まで働きたい」が33% – 理由は?(マイナビニュース)
https://news.mynavi.jp/article/20221219-2539087/
略歴
山本 光康
中小企業診断士、ファイナンシャルプランナー
東京都中小企業診断士協会中央支部執行委員 渉外部副部長
NPO法人東京都中央区中小企業経営支援センター理事
中小企業診断士稲門会常任幹事