<政府による下請取引の適正化、価格転嫁の促進>
 政府は近年、日本が物価も賃金も上がらない構造的なデフレにより、安価良質な財・サービスを消費者が享受できた半面、中小企業が人件費を切詰める等してコスト増を吸収し、顧客に価格転嫁を求めにくい商習慣が根付いたことへの反省として下請取引の適正化(=適正な価格転嫁による経済の好循環)を推進している。個別企業の取引にどこまで政府が踏み込めるかは難しいものの、経産省は2023年2月7日に、価格交渉や転嫁に後ろ向き(低評価)の企業名の公表に踏み切った。

<価格交渉ノウハウ・ハンドブック>
 中小企業庁では「価格交渉サポート事業」を通じて、下請中小企業・小規模事業者が、親事業者(発注企業)の調達部門への見積提出や価格交渉を行う上で必要なノウハウの習得に向けた支援の一つとして「価格交渉ノウハウ・ハンドブック」を作成している。売主たる中小企業が同ハンドブックを読み込むことによって、どのような取引が親事業者の法令違反(=下請法違反)に該当するおそれがあるのか、どのように交渉を進めるのが効果的なのか等につき理解を深め、交渉の具体的な進め方の検討材料の一つとしての活用を促している。

<下請法の概要>
 下請法(正式名称は下請代金支払遅延等防止法)は、65年以上前の1956年に「優越的地位の濫用」の禁止を定める独禁法の補完法として制定された。その規制の仕組みとしては、「発注内容の書面化・交付義務」と「対象取引と資本金要件で優越的地位を置換え、11の禁止行為で濫用行為を置換え」た適用要件の明確化による法律の形式適用に特徴をもつ。(なお、外国所在の事業者を下請事業者とする取引には下請法は適用されない。)

<下請法制定にまつわるエピソード>
 下請法案を国会に出すに際して、当時の自民党政調会商工部会の了承を得るために公正取引委員会担当官が当時の田中角栄に下請法の要点を15分間で説明し、『これは選挙に役立つ面白い法案だ。僕が政調会をパスさせるから、公取はもう帰っても宜しい』と断言。自民党の了承をあっさりと取付けたとの挿話がある。今日の岸田政権下の経済政策での中小企業の取引適正化を巡る重点課題として、「価格決定方法の適正化」「支払条件の改善」「型取引の適正化」「知的財産・ノウハウの保護」「働き方改革に伴うしわ寄せ防止」という現代の課題を解決するために下請法の遵守は今日的な意味を持っている。2022年4月に萩生田経産大臣(当時)が企業間の取引監視強化のため下請Gメンを倍増248名とし、取引適正化に向けた取組み強化を訓示した。
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<下請法の適用要件>
 下請法の適用の要件は、1)資本金と2)取引内容の2つからなり、適用されるかどうかは、取引の相手毎に、更にその相手と複数の取引をしている場合は、その発注毎に、上記の2要件が備わっているかどうかを見極める必要がある。
1.資本金
(1)3億円基準
 3億円基準と5,000万円基準のどちらが適用されるかを決めるのは取引内容の要件となる。
 製造委託には3億円基準が適用される。情報成果物と役務提供委託は5,000万円基準が適用される。但し、情報成果物作成のうちプログラム作成、役務提供委託のうち運送、倉庫保管、情報処理は3億円基準が適用される。製造委託では、自社の資本金が3億円超であれば、3億円以下の事業者に外注する場合に下請法が適用される。自社の資本金が1,000万円超で3億円以下の事業者であれば、1,000万円以下の事業者に外注する場合だけが下請法の対象になる。
(2)5,000万円基準
  5,000万円基準については、上記の3億円を5,000万円と置き換えればよいだけとなる。
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2.取引内容
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<下請法適用の効果>
1.4つの遵守義務
 下請法が適用されると発注者は親事業者と呼ばれ、4つの遵守義務を負う。
 4つの遵守義務は、書面関係と代金支払関係の2つに分かれる。
(1)書面関係
 ①書面の交付義務
 親事業者は、必要な事項を記載した発注書面を直ちに交付する義務を負う(下請法第3条第1項)。この規定の趣旨は、取引上重要な取決めが口頭で行われると、後に紛争が生じたときは、取引の力関係により、下請事業者が不利益を被るおそれがあることから、親事業者に取引上重要な事項を発注書面として交付することにより、無用な紛争を防ぐ点にある。
 ②書類等の作成、保存義務
 親事業者は、必要な事項を記載した書類を作成し、2年間保存する義務を負う(下請法第5条)。この義務が課せられた趣旨は、親事業者に発注時に発注書面を下請事業者に交付させたとしても、その後発注変更や契約の変更を行わざるを得ない場合もあり、その場合に、発注書面だけを交付させることにしても紛争防止の目的は達成されず、その後の変化に対応した書類を親事業者に作成させ保管させることにより、はじめて当初の趣旨を貫くことができるからである。当局である公正取引委員会や中小企業庁が調査を円滑に行えることにもなる。
 なお、上記書面の交付義務、書類の作成保存義務を怠ったときは、親事業者の代表者等に対し、50万円以下の刑事罰が科せられる場合がある(下請法第10条)。
(2)代金の支払
 ①支払期日
 親事業者は、代金の支払期日を、物品を受領した日から60日以内で、かつできる限り短い期間内に定めなければならない義務を負う(下請法第2条の2)。例えば、「月末締め翌月末払」の契約は下請法違反にならないが、「月末締め翌々月10日払」は下請法違反になる可能性がある。なぜなら、例えば3/1に納品があると、4/30で60日となり、それ以降の支払は製品の受領日から60日を超えるためである。
 ②遅延利息の支払
 親事業者の下請代金の支払が物品を受領した日から60日を過ぎてしまったときは、60日を経過した日から支払日まで年14.6%の遅延利息を支払う義務を負う(下請法第4条の2)。2020年改正民法で規定された民事法定利息3%に比べてはるかに高い利率の遅延利息によって期限内の支払を確保しようとしている。これは、当事者間の合意によって下げることができない。

2.11の禁止義務の概略
 親事業者に課せられる11の禁止義務は、以下の通り、取引の流れに沿って、どの場面で、どのような義務を課されるかをきちんと整理して理解することが大切である。
(1)見積・値決め段階→【買いたたきの禁止】
 親事業者は、値決めに際して、市場価格に比べて著しく低い額を不当に定めることは、買いたたきとして禁止される(下請法第4条第1項第5号)。これは民法の一般原則の一つである契約自由の原則の例外法理と考えるべき。
(2)発注後の変更→【不当な給付内容の変更の禁止】
 親事業者は、下請事業者に責任が無いのに、発注の取消又は発注内容の変更を行い、下請事業者の利益を不当に害してはならない義務がある(下請法第4条第2項第4号)。この義務は、主として発注後の発注変更の場面で問題となる。例えば、親事業者が一方的に発注数量を減らした場合は、それだけで不当な給付内容の変更に該当する。更に、下請事業者との合意により発注数量を減らした場合であっても、下請事業者が原材料を調達するなどしており、それらが転用できない場合は、補償するなどして下請事業者の不利益を払拭しなければ、不当な給付内容の変更に該当するおそれがある。
(3)受領時→【受領拒否の禁止】
 親事業者は、下請事業者が納期に製品を納品してきた場合、下請事業者に責任が無いのに、その受領を拒否することが禁止されている(下請法第4条第1項第1号)。勿論、下請事業者が納品した製品に仕様違いや契約不適合が存在する場合などは除外される。
(4)受領後→【返品の禁止と不当なやり直しの禁止】
 親事業者は、下請事業者から製品を受領した後、下請事業者に責任が無いのに、下請事業者にその製品を返品することや無償でやり直しをさせ、下請事業者の利益を不当に害することが禁止されている(下請法第4条第1項第4号、同条第2項第4号)。勿論、下請事業者が納品した製品に仕様違いや契約不適合が存在する場合などは除外される。なお、返品は、受領した製品を返して、再び受取らないことであることに対し、やり直しとは、受領した製品を一旦下請事業者に返して、それを補修させて再納入したり、良品に交換させることをいう。
(5)支払方法→【割引困難な手形の交付の禁止】
 下請法上は、本来、現金決済が望ましいが、親事業者は、下請事業者との合意により、手形による決済を行うことができる。その場合の手形サイトに関して、120日を超える手形を交付することが禁止される(下請法第4条第2項第2号)。
(6)支払時→【支払い遅延の禁止、減額の禁止、有償支給材の早期決済の禁止】
 親事業者は、支払にあたって、まず、支払期日を経過してもなお支払わないこと、一旦決めた下請代金の額を不当に減額すること、原材料を有償支給する場合に、当該下請代金の対象となった製品に使用された分の原材料代金相当額を超えて相殺等により決済することが禁止される(下請法第4条第1項第2号、第1項第3号、第2項第1項)。
(7)下請事業者に対する要請→【購入・利用強制の禁止、不当な経済上の利益提供の禁止】
親事業者は、正当な理由が無いのに、親事業者の指定する製品、原材料などを強制的に購入させたり、サービス等を利用させて対価を支払わせることは禁止される(下請法第4条第1項第6号)。本来、有償支給材の支給も購入強制の禁止に該当する行為であるが、下請事業者の給付を均質にしたり、改善を図るために必要等正当な理由がある場合として、許されることになっている(下請法第4条第1項第6号)。
 親事業者は、下請事業者に対し、自己のために金銭、役務その他経済上の利益の提供をさせることにより、下請事業者の利益を不当に害することが禁止される(下請法第4条第2項第3号)。「自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させる」場合としては、協賛金や重合院の無償派遣が典型例である。
(8)その他→【報復措置の禁止】
 親事業者は、下請事業者が下請法違反を公正取引委員会や中小企業庁に知らせたことを理由として、取引数量を減らしたり、取引を停止したり、その他の不利益を行う等の報復行為を行うことを禁止している(下請法第4条第1項第7号)。

<下請法に関する運用基準の改正:2022.1月>
 下請法の各条内容を詳細解説するものとして「運用基準」があり、その内容は逐次改訂されている。昨今の「価格転嫁の促進ニーズ」の高まりという政策目標を意識した改正として、「買いたたき」に該当するおそれがあるものの例示が以下の様に改正されている。ここに政府当局(公正取引委員会や中小企業庁)の企業の賃上げ原資確保に欠かせない「価格転嫁」による普通の経済への転換に向けた本腰度合いを感じ取ることができる。

(旧)
 ・原材料価格や労務費等のコストが大幅に上昇したため、下請事業者が単価引上げを求めたにもかかわらず、一方的に従来通りに単価を据え置くこと。
(新)
 ・労務費、原材料価格、エネルギーコスト等のコストの上昇分の取引価格への反映の必要性について、価格の交渉の場において明示的に協議することなく、従来通りに取引価格を据え置くこと。
 ・労務費、原材料価格、エネルギーコスト等のコストが上昇したため、下請事業者が取引価格の引上げを求めたにもかかわらず。価格転嫁をしない理由を書面、電子メール等で下請事業者に回答することなく、従来通りに取引価格を据え置くこと。

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(出所:価格交渉・ノウハウハンドブック)

<まとめ>
 本年2023年の春季労使交渉で賃上げ機運が高まる中、中小企業の動向が注目されている。大企業に比べコスト高を製品価格に転嫁しにくいことが賃上げの壁になっているとも言われる。政府は、この古くて新しい法律「下請法」の遵守推進を梃子に「価格転嫁」を浸透させようとしており、発注側(親事業者)、受注側(下請事業者)の双方にとってあるべきベストプラクティスを示している。下請事業者となることが多い中小事業者にとっては、「下請法」の要点を押さえた、発注側から見た価格交渉の視点を意識するとともに、価格交渉の前に準備しておくべきことや、「価格改定願い」の文書を通知したり、「提示価格」や「対案・代案」を提案したりするなどの工夫が求められている。

参考文献:「新下請法マニュアル」(鈴木満著、商事法務)
     「下請法の全体構造」(太樹法律事務所 弁護士 高橋善樹著)

略歴
 横山 茂生
 一橋大学商学部卒業後、大手鉄鋼メーカーで輸入鉄鉱石購買、作業外注契約、資機材購買契約等を担当後、会社分割でエンジニアリング会社の調達部門に勤務し現在に至る。羽田空港再拡張プロジェクト班、橋梁・鋼構造製作施工子会社の調達部長を経験。上記エンジ会社の調達企画部で「国内外仕入先の企業信用管理」「購買取引内部統制・調達基本約款の維持管理」「社内バイヤー教育」等を担当。
中央支部国際部にて国際派診断士養成講座(国際社中)のリーダーを務める。(一社)マネジメント・プログレス推進協会にてベトナム製造業向けKAIZENコーチングにも携わる。
(通産省・経団連のビジネススクール)貿易大学IIST卒業。

資格
 中小企業診断士(2016年登録)
 日本能率協会バイヤー資格CPP B級
 ビジネス英検グレードA
 第一種衛生管理者