専門家コラム「原価高騰にどう向き合うべきか?」(2023年1月)
新型コロナウイルス感染症の影響によるサプライチェーン毀損と金融緩和、ウクライナ侵攻を機とした原油や穀物の供給停滞による物価高騰は、今やありとあらゆるものへと波及し国内外で大きな影響を与えるものとなっています。もはやこれらの影響を受けていないものはないのではないかという状況に、世界中が混乱しています。
価格高騰が続く局面でまず考えるべきはコスト高を吸収するために自社でも価格改定を行うことですが、 顧客への影響を抑えるために最低限の価格改定で済ませると、改定後も原価高が悪化し焼け石に水となってしまったり、逆に思い切った価格改訂を行うと顧客の許容度を超えるものになってしまったりと、リスク の見極めが難しいアクションでもあります。 そのため、急速な原価高騰下での競争力維持のために、価格改定はもちろんのこと、それ以外の方法でも利益を生み出す工夫はできないかと考える事業者も多いのではないでしょうか。
そこで、私が収益の改善について助言した際の相談事例を紹介します。
【収益改善に悩む事業者Aさんの事業概要】
今回ご紹介するのは、オリジナルの工芸品を販売している事業者Aさんの事例です。
Aさんは日本の優れた伝統工芸品をより消費者に親しみやすい形で届けようと、 伝統的な和の工芸品に現代のセンスを取り入れたデザインの工芸品を販売している事業者です。 工芸品は伝統工芸師から仕入れていますが、 昨今の情勢により材料費が高騰し、利幅が縮小しています。 このままでは事業が立ち行かなくなる恐れがあるという不安から相談を受けることとなりました。
【最初の助言…全体的な価格改定】
まず、 私が最初に提案したのは既存製品についての一律価格改定です。取り扱っている工芸品は自社オリジナルであり、既製品と異なり価格競争に巻き込まれづらくなっています。消費者が「いつも購入しているAメーカーのB製品を購入したい」という購買行動を取る場合、より安い店舗で買おうとするのはもちろんのこと、消費者の中に出来上がった相場観と比較され、それよりも高いと購買自体を控えられる可能性もあります。しかし、購買頻度が低いオリジナルの製品であればそのような思考に陥りづらいため、価格改定により競合他社に顧客を奪われるリスクが低いと言えます。取扱う製品にこのような特徴がある場合は、 「全商品を一律値上げ」のような対応が取りやすいと言えるでしょう。 ↓
【続いての助言…新たに高価格・高品質なプレミアムラインの創設】
次に提案したのは、既存商品よりもワンランク高い商品を提供するプレミアムラインの創設です。 工芸品のような嗜好性の高いものは、価格よりも技術や材質、希少性による価値がより重視されます。既存製品よりも高品質・高額なラインを設定することにより、 「高くてもいいからいいものを」というニーズをとらえ、新たな顧客層の獲得や既存顧客による再購入を促すことができます。
この場合に留意するべき点は、丁寧なブランディングを行い消費者に対して何がプレミアムなのかを分かりやすく伝えることです。製品の質を上げるだけではなく、拘りや工夫、製品開発のきっかけなどのブランドストーリーを伝えるカードを添える、パッケージの材質やデザインを変える、双方向性のあるサービスを付加するなどの方法が考えられます。 製品が奏でるストーリーや各種対応までを一つのパッケージとして提供するつもりで製品設計を行うといいでしょう。
【最後の助言…海外販路開拓で売上拡大】
最後の提案内容は、販路の拡大です。日本国内の販売でなかなか思い切った値上げに踏み切れない事業者は、販売数を増やすことを重視した戦略を行うことも一つの方法です。事業者Aさんの場合、日本国内の工芸品は海外から高い需要があること、円安が急速に進んでいることから、越境ECへ進出し輸出販売を行うことを提案しました。越境ECには壊れづらい梱包や配送方法、 輸出先の国のルールなど、留意しなければならない点が多々あるものの、小規模事業者であっても取り組みやすく効果を得やすい販路拡大方法です。
このように、原価高騰の危機を乗り切るための価格改定・利益拡大施策には様々な方法があります。販売しているものやサービスの内容や取引先との関係性など、事業者によって取るべき具体的な方法は異なることでしょう。現状や関係者のニーズ、市場を整理し見極め、事業の最適化を図ることが大切です。
■略歴
経済産業省登録 中小企業診断士
古川里奈
同志社大学生命医科学部卒業後、同年エヌ・ティ・ティ・コムウェア株式会社へ入社。大型 IT システムの開発や運用、 事業企画に参画するほか、東日本電信電話株式会社で中小企業向けのネットワーク・情報機器営業に携わる。
資金調達支援(補助金、各種融資)、経営相談、ビジネスセミナー登壇について多くの実績がある。特に補助金申請支援(事業再構築補助金、ものづくり補助金など)および創業支援を得意とし、業種・業界を問わず30社以上の支援実績あり。直近1年間の採択率9割以上。
東京都中小企業診断士協会 中央支部 青年部部長。
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