専門家コラム「展示会の減少とメールマガジンの活用と注意点~ある企業の事例を紹介~」(2022年3月)
生産財や素材を扱うB2B系の中小企業にとって、新規の優良顧客をつかむための一つの方法として、展示会出展が有効な手段であることに異論はないだろう。展示会で興味を持ってくれた来訪者の名刺をもとに、電話やダイレクトメールでアプローチするのは一つのセオリーであるが、この手法がいかに効率的かは、ここ数年で定着した感のあるウエブマーケティングにおけるマーケティングオートメーション(MA)の手順を考えれば一目瞭然である。MAで最も苦労するリード(見込み客)ジェネレーション、リードナーチャリングを飛び越して、リードクオリフィケーションから商談のステータスに進める確率が高いのだから利用しない手はない。なにしろ、広大なインターネットのマスを対象に網をかけなくても、展示会にはその分野に興味がある人たちのみが集まるのだから、展示会場それ自体が有望なリードの集合体なのである。
図1:マーケティングオートメーションの流れ
MOLTS社https://moltsinc.co.jp/inside-sales/6300/ より
ところが、コロナ禍が展示会の様相をがらりと変えてしまった。人と人の接触が忌避される環境下で2020年春から展示会は次々に中止または延期に追い込まれた。展示会のデータを取りまとめている日本展示会協会も年度ごとの開催展示会の実績調査の発表を、2019年度を最後に行わなくなった。
(一般社団法人日本展示会協会 https://www.nittenkyo.ne.jp/document/)
仮に展示会が開催できたとしても、行政から都道府県またぎの移動を自粛するように要請されているなかでの開催では来場者数を見込めず、マスク越しの顔の見えにくいセールストーク、感染対策の観点から飲食関連の展示では試食が禁止されたり、素材メーカーが素材のテクスチャーを手で触ってもらうことも憚られたりして、そもそも何をアピールするかが難しい。
■A社の対応、メールマガジンの活用
素材系の中堅企業であるA社も展示会による新規顧客開拓のチャンスが失われたことに危機感を感じていた。そこで、今まで展示会や日頃の営業活動で入手した名刺情報を「資産」と考え、潜在的な可能性がある相手にメールマガジンを発行し、A社の新しい取り組みや新製品情報をダイレクトに送ることにした。見込み客の量ではなく質を上げようとする試みである。営業部門の若手チームが中心となり、それまで展示会後に発送していたダイレクトメールを編集してもらっていた業者であるX社を使って、月2回程度メールを発送することにした。メールのコンテンツ案はチームが作り、メールマガジン制作会社にHTML形式に仕上げてもらい、見込み先リストを使って発送してもらうことにした。
初めての試みでもあり、最初は少数の見込み先リストから始めたのだが、努力の甲斐あってメールマガジン本文中にセットされた問合せフォームからの問合せやサンプルの依頼も徐々に増えていった。そしてリストに載せる新規の送付先を少しずつ「資産」から増加していった。そんなことをしながら約1年が経過したときに担当者はふと思った。
「新規に加えた送付先には過去のメールマガジンを読んでもらうことはできない。せっかく苦労して作ったコンテンツなので、新規送付先の方にもメールマガジンのバックナンバーを閲覧してもらえるように、X社にウエブ上の閲覧ページを作ってもらうことができないだろうか。もし可能であれば、問合せのあったお客さんや通常の営業先に配布するサンプルラベルや紙媒体のパンフレットにそのウェブページのURLを表したQRコードを印刷することで、配布先の方がスマートフォンを使ってバックナンバーを読んでもらうことがえるかも知れない。」
■思わぬ苦労。レスポンシブって何?
そこで彼はまずX社に相談し、バックナンバーを載せるサイトのようなものを作ってくれるよう頼んだ。しかし、あっさりと断られてしまう。X社によると、ダイレクトメールやメールマガジンはコンビニエンスストアで売られている週刊誌のようなもので、発売日(発信日)とその翌日に購入(メール開封)が集中し、4日もたてば殆ど新規の購入(開封)はなくなる。そのため、ダイレクトメールやメールマガジンを専門に扱っている制作会社であるX社は自社の貴重なクラウド空間は高い頻度で更新するのが社の基本方針であり、バックナンバー用に空けるスペースは持ってないし、管理もできない。ということだった。
仕方なく、次に彼は自社の公式ホームページを管理しているY社に相談した。するとY社によれば、ホームページを掲載しているクラウド空間にはまだ余裕があるので、そこにバックナンバーページを作成することはできる、との返事をもらった。バックナンバーのコンテンツは過去にX社の制作したものを一部モディファイしてもらって流用することでX社と話をつけ、自社ホームページのあるクラウド上に専用のランディングページと過去のメールマガジンコンテンツを置いて、QRコードからアクセスしてもらえる環境を作った。
しかし、テスト段階から「読みにくい」という意見が多発してしまっていた。確かに設置した過去のメールマガジン記事をスマートフォンで見ると、文字が小さく、更には苦労して考えた改行位置がずれて読みにくい。特に50代以上の社員からは文字が小さくて読めないという想定外の意見が多かったのである。
Y社にその理由を相談すると、「頂いた過去のHTMLファイルはレスポンシブデザインに対応してないからです。」と説明された。
レスポンシブデザインとは、マルチデバイスに対応したデザインのことで、PCやタブレット、スマートフォンなど画面サイズの違うデバイスによってデザインを変え、読みやすいように設計されたものを言う。IT業界ではいまや常識の言葉で、昨今のホームページはほぼこのレスポンシブデザインが使われているが、X社にお願いしていたダイレクトメールやメールマガジンは名刺に記載されている仕事用のメールアドレスに送付するため、PCで読んでもらうことを前提に制作されていたためレスポンシブに対応していなかったのだ。一方、QRコードをスキャニングして読んでもらうのは当然ながらスマートフォンが中心となる。基本設計の違うものを読んでもらうのだから読みづらいのは当然である。
図2:マルチデバイス(レスポンシブ)対応イメージ
翔泳社 CodeZine https://codezine.jp/article/detail/10928 より
■PC専用のページをレスポンシブにするのはコストがかかる
彼はもう一度X社に20ファイル以上ある過去のコンテンツをレスポンシブデザインに変えてもらえないか聞いたのだが、最初の設計から対応するならともかく、マルチデバイスに対応していないそれだけの数のコンテンツをレスポンシブに変更するにはかなり工数がかかってしまうため対応できないと言われてしまった。X社はダイレクトメールとメールマガジンを中心に事業を行っているのだが、メールという媒体自体がSNSに押され気味で、収益は悪化しており、人員削減などで制作にかける人員はギリギリで回しているらしく、レスポンシブデザインに必須のスタイルシートに明るいプログラマーが少なくなったことも原因のようだ。Y社にもレスポンシブ対応ができないか聞いたところ、対応はできるが費用がかなりかかることが分かってしまった。そのため、結局バックナンバーはレスポンシブ対応せず、新規のメールマガジンからレスポンシブ対応にしてもらうようX社と再契約し、それをバックナンバーに追加するという形になってしまったのである。
1年半前にX社とメールマガジンの打ち合わせをした時の記録を改めて読み返すと、X社から「PCとスマホの両方で読みやすいようにデザインを変えたものにもできますがどうしますか?」と提案があったことが書かれてあった。その時はメールマガジンを始める時期でもあり、なるべく費用を抑えたかったので深く考えずその提案を断っていたのだった。
■最後に
このようにIT業界では常識とされることであっても、事業会社の業務に携わっている担当者が全く知らないことは多々あるものである。
A社の例で言えば、メールマガジンの配信開始の時点でその後に起きることが想像できていなかった。もし、ITに詳しい人に事前に相談していたら、「そのメールマガジンはアーカイブにしないの?」「スマホでも読みやすいようにしなくて良いの?」とアドバイスが貰えていたかも知れない。
実際、筆者の知人を見渡しても会社用のメールアドレスに届いたメールをスマホに転送して読んでいる人も少なくない。Benchmark Japan社の調査によると、仕事用のメールマガジンを読むのはPCが多いけれども、スマホのみ、両方使うがスマホが多いと回答した人が全体の3分の1を越している。
Benchmark Japan社 メールマガジン購読状況調査 2021年度版
https://www.benchmarkemail.com/jp/blog/newslettersurvey2021/ より
また『世代別の傾向としては、「スマホのみ」の約7割が30代以下であるのに対し、「PC」のみの約7割が40代以上であり、若い世代ほどスマホでの閲覧比率が高い傾向が見られました。』とあり、今後ますますスマホで読む人が増えてくることが予測される。また、同リサーチの「メルマガを最低1通以上受信している人の比率」では年齢が高くなるほど利用者率が高くなる傾向があるものの、20代でも60%を超えているとのデータもあった。
SNSに押され気味とはいえ、まだまだメールマガジンも販促ツールとしては捨てたものではない。今後、コロナ禍が一段落し、またかつてのように展示会が開催される日が来るだろう。その時は新たな名刺資産も増え、ダイレクトメールやメールマガジンをより活用できるようになると思われる。その時のためにこういった「読まれる環境」を良く理解し、基本設計を間違えないように準備しておくことが必要だろう。
参考文献( 引用元含む ):
・一般社団法人日本展示会協会ホームページ 関連資料
https://www.nittenkyo.ne.jp/document/
・MOLTS社 マーケティングオートメーション(MA)とは?機能や導入の
ポイントを解説 https://moltsinc.co.jp/inside-sales/6300/
・翔泳社 Webページをマルチデバイスに対応させるには? レスポンシブコ
ーディングの仕組みを解説 https://codezine.jp/article/detail/10928
・株式会社アントのブログ 「運用中のサイトをレスポンシブにしたい!」で
きる?できない? https://unt-ad.jp/blog/post.php?a=16
・Benchmark Japan社 メールマガジン購読状況調査 2021年度版
https://www.benchmarkemail.com/jp/blog/newslettersurvey2021/
【プロフィール】
佐藤 圭昭(さとう よしあき)
経済産業大臣登録 中小企業診断士
一般社団法人 東京都中小企業診断士協会 中央支部 国際部副部長