専門家コラム「「人生100年時代」の社会とは」(2021年4月)
1.はじめに
2016年に『人生100年時代の人生戦略』(東洋経済新報社)※1が発行され、またたく間にベストセラーとなりました。それ以降「人生100年時代」という言葉がマスコミ等で取り上げられるようになり広く耳にするようになりました。
内容を要約すれば、「世界で長寿化が急速に進み、先進国では2007年生まれの2人に1人が100歳を超えて生きる「人生100年時代」が到来すると予測し、これまでとは異なる人生設計が必要である」と記されています。
そんなに急速に長寿化が進むのかと衝撃を受けましたが、各種データをみても避けることができない事実であると推測されます。
日本が高齢化社会を迎えたといわれているのは、1970年のことです。高齢者の割合が7%を超えると高齢化社会とされています。総務省の「統計からみた我が国の高齢者 」(2020年9月現在の人口推計値)表1によると、50年経った2020年時点で日本の総人口に対する高齢者の割合は28.7%です。これは2位のイタリアの23.3%を5%以上上回っています。また75歳以上の高齢者の割合は14,9%、80歳以上の高齢者の割合は9,2%を占めています。
1994年には高齢化率は14%を超え高齢社会に突入しました。わずか24年後です。その13年後の2007年には21%を超え超高齢社会になりました。
わが国は高齢化率で世界の先頭をすすんでおりそのスピードも世界最速です。長寿化世界ナンバーワン、厄介なことに少子化も並行して進み、 2019年の合計特殊出生率(一人の女性が出産する子供の平均数)は1.36でこちらは世界最低水準です。
人口減少化を伴う高齢化の進展です。これが我が国の現状です。
そもそも長寿化はお目出度いことであり、わが国では60歳の還暦をはじめ古希・喜寿・・・100歳の百壽と長寿のお祝いが続きます。ちなみに100歳になると銀杯が国からプレゼントされるのですが、100歳を迎える方が多くなり過ぎたため数年前から銀メッキになったそうです。1990年に「金さん銀さん」の双子の姉妹がそろって100歳過ぎても元気なことが話題となり日本中から祝ってもらいました。
が、現在は長寿化は年金2,000万円問題をはじめ老後資金の不安・健康の不安・老後の過ごし方の不安等が色濃くどうも明るい話題が少ないように思えます。
そこで、「人生100年時代」がどんな社会で何が課題でどんな対応が必要か検討してみたいと思います。
2.「人生100年時代」はどんな社会か
『人生100年時代の人生戦略』によれば、いま先進国で生まれる子供は50%以上の確率で105歳以上まで生きるといわれています。過去200年間平均寿命は10年に2年のぺースで伸びてきており、いま20歳の人は100歳以上、40歳の人は95歳以上、60歳の人は90歳以上生きる確率が半数以上あるそうです。
以下、「人生100年時代」がどんな社会か、この本からか要約し報告することにします。
これまでの人生設計は「20年学び、40年働き、20年引退生活を過ごす」という3ステージに分けられ「教育・仕事・老後」が一般的でしたが、100歳まで生きることが普通になる社会では、年齢による区別がなくなり、学び直しや転職、長期休暇の取得等人生の選択肢が多様化する社会になるといっています。寿命が延びても引退時期が変わらなければその後の長い老後生活を送るために老後資金が確保できないと警鐘を鳴らしています。また、長寿化は人生のあり方も大きく変えるので、個人も企業も国もつまり社会全体が長寿化に適応していく必要があるといっています。
具体的には以下のような社会が出現すると記されています。
・70代・80代まで働く・・・・そのため個人が今持っている知識に磨きをかけるだけでは不足するので時間を割いて学び直しとスキルの再習得が必要である。
・お金の問題だけでなく家族・友人関係・精神の健康・幸福等についての問題もきわめて重要であり取組む必要がある。
・3ステージの人生からマルチステージに変化していく…「教育・仕事・老後」の一方通行型の人生ではなく、例えば収入面を重視して働き方・家庭とのバランスを優先させる働き方・社会貢献に軸足をおいた働き方等が考えられ、寿命の延びとともに人生のステージ自体も多様化する。結果、同世代が教育⇒仕事⇒引退という同一行動をとる時代は終わり年齢と人生のステージが合致しなくなる。
・レクレーションから、リ・クリエーションへ・・・寿命が延びて増えた余暇時間を引退生活として過ごすのではなく自分の再創造のための投資に使う。
・健康で若々しく過ごせる時間が長くなる・・・世代間を超えた交友・混ざりあいが増える
・女性の社会進出がますます増え夫婦の固定的なの関係が崩れる・・・例えば夫が次のステージに向けた充電中に妻が働き生活を支える。
3.「人生100年時代」を見据えた課題と対応
こうした長寿化に伴う社会の変化に個人も企業も国もまだ準備ができていないようです。定年の廃止・延長、女性・高齢者の雇用、出産育児休業・介護休業問題、残業時間の削減・副業解禁に向けた取組み等の課題はすでに社会から突き付けられています。
以下、来るべき時代に対する課題と対応策を検討していきます。
(1) 個人の課題と対応策
① 70代・80代まで働くため、現在保有している知識を最新にブラッシュアップする必要があります。時間を割き新たな時代に対応でき得るよう学び直しとスキルの再習得を行うことが必要です。。
② 家族・友人等との過ごす時間が多くなります、そのためこれまで以上に良好な関係を維持する努力が重要になります。あわせて長寿化により増加した時間を充実させるため、心身の健康対策・生き甲斐の追求・社会との交わり等にも取組んでいくことが求められます。
③ 女性の社会進出が増加し共稼ぎがさらに増える時代になるため、夫婦間で経済面で協力し合う必要性がこれまで以上に出てきます。例えば夫が次のステージに向けた充電中には妻が働き生活を支え合う必要があります。
(2)企業の課題と対応策
① 雇用の確保を図ることが重要となります。少子化の影響もあり労働力不足がこれまで以上に厳しくなります。年齢を問わずやる気と能力と健康が備わった社員は70歳代以上でも働ける仕組みを構築する必要があります。
・年齢に関係なく社員の専門性を重視する職能型の人事制度への転換、社員の出入りを認める雇用制度の確立、体力を考慮した短時間勤務、在宅勤務・テレワークのさらなる取組みは人生のマルチステージ化が当たり前になる時代への対応として求められます。
・社員の学び直しを推進するための休職・支援制度の確立は急速な技術革新へ対応するために社員の能力を高める方策になるでしょう。
・育児・介護等制度の完備は安心して働ける環境整備となり社員の離職を防ぐ方策になります。
② 健康維持・促進のための環境づくりは年齢を問わず社員が健康で生き生きと働いてもらうために必要です。
全てを一度に実施することは困難が伴いますが、優先順位を決めできるところから実施していくことが肝要です。当然コストが発生しますが、コストととらえるのではなく企業の成長・発展のための競争力強化・ライバル企業との差別化のための投資ととらえるべきではないでしょうか。
(3)国の課題と対応策
個人や企業が変化に対応せざるを得ないように国も働き方改革を力強くかつスピーディに推進しなければなりません。法制度や税制、社会保障制度、雇用制度、教育制度等を再検討してできるところからすぐ始めることこそ重要です。
個人・企業に自助努力を求めるだけでは限界があります。国が力強く支援していくことが重要です。長く働ける仕組みができれば人手不足対策、医療費・介護費用の削減、年金問題の解決に直結します。
① 70代・80代まで働くことを前提とした多様な働き方を推進するため法律・政策の立案・施行、財政面での支援が重要です。
② 育児・介護に苦慮する社員のために働き続けることを支援することは必須です。個人と企業の取組みを支援する財政的な支援も必要となりましょう。
4.おわりに
今まで経験してきた時代と違う景色がすぐそこにあります。わが国も世界中もこれまで経験してこなかった時代が待っています。私たちの先輩や私たちは戦後を乗り越え、バブル崩壊に苦戦しつつもなんとか乗り越え、幾多の震災にも負けず過ごして参りました。「人生100年時代」が幸せな社会になるようこの時代を生きる日本人として英知を結集して進んで参りましょう。
参考文献
・ 「LIFE SHIFT(ライフ シフト)100年時代の人生戦略」(東洋経済新報社)とは
ロンドンビジネススクール教授のリンダ・グラットンとアンドリュー・スコットが提唱した言葉である。世界で長寿化が急速に進み、先進国では2007年生まれの2人に1人が100歳を超えて生きる「人生100年時代」が到来すると予測し、これまでとは異なる人生設計の必要性を説いている。
・ 総務省ホームページ:統計からみた我が国の高齢者
・ 厚生労働省ホームページ:働き方改革の実現に向けて
【プロフィール】
宇都宮 徳久(うつのみや とくひさ)
経済産業大臣登録 中小企業診断士
一般社団法人東京都中小企業診断士協会 中央支部 研修部副部長&執行委員
一般社団法人東京都中小企業診断士協会 中央支部 能力開発研究会幹事