1.ティール組織とは
 ここでのティールとは色を表す言葉で、青緑色を意味しています。ティール組織は、フレデリック・ラルーが提唱した新しい次世代の組織モデルです。ラルーは組織の進化過程を5段階に色分けし、最も進化した組織モデルとしてティール組織を位置づけました。
 これらの段階は、それぞれが分離した優劣の関係にあるのではなく、次の段階は前の段階を内包している関係にあります。ティール組織に至る進化の過程とは以下の5つです。
(1)レッド(Red)組織
 組織生活の最初の形態で、組織内の対人関係が恐怖や力の行使による服従で形成されるため、支配的で強力なトップダウンの上下関係と仕事の分業が特徴です。現代ではギャングやマフィアに見られる組織で、オオカミの群れにたとえられます。
 計画や戦略を立てるよりも今ある機会や脅威に対し、トップの利己的な命令によって衝動的に組織が運営されることから衝動型組織といわれます。危機的な環境への対応には適していますが、力関係で成り立っているため組織は安定せず拡大できません。
(2)アンバー(Amber)組織
 アンバーとは琥珀のことで、組織内の関係は正しいとされる規則や方法と正式な役職で形成されるため、安定的で再現可能なプロセスと指揮命令系統が明確な階層型組織が特徴です。これにより中長期的な計画の立案と組織の拡大が可能になりました。
 しかし、状況の変化により安定していたプロセスが機能しなくなったとしても、変化を受け入れたがらないといったことがあります。軍隊や宗教団体にたとえられ、組織内のルールへの順応が重視されるため順応型組織といわれます。
(3)オレンジ(Orange)組織
 現在、もっとも多くの企業で見られる組織形態であり、世界中のビジネスで支配的なマネジメントの思想となっています。組織内の関係は、誰もが富や成功を手に入れられる実力主義によって形成され、人材の有用性を引き出して競争相手に勝つために、目標による管理と結果に対する説明責任、変化を予測してイノベーションを促進する仕組みが特徴です。
 目標達成を中心として利益を追求することから達成型組織といわれます。機械にたとえられ、人材を経営資源として人間関係や感情よりも目標達成や業務の遂行を優先します。そのため、成功の価値観が金銭や地位に限定され、人生や仕事の意味に疑問を抱く人も出てきます。
(4)グリーン(Green)組織
 組織内の関係は、様々な価値観を重視する文化や組織の存在目的を共有することによって形成され、これを前提に現場へ意思決定の権限を委譲し、株主の利益だけでなく従業員、仕入先、顧客、地域社会といった多数のステークホルダーの幸せも大切にして責任を持つとするのが特徴です。
 人々がお互いに多様な感情や考え方、価値観を尊重しようとするため多元型組織といわれ、家族にたとえられます。その一方で、階層型の組織構造は残っていることから、メンバー間の合意形成ができない、または時間がかかった場合は、役職が意思決定に影響を及ぼすという矛盾をはらんでいます。
(5)ティール(Teal)組織
 新しく、まだ出現したばかりの組織形態です。組織内の関係は、信頼や協力、心理的に安全であることによって形成され、階層型の権力的な指揮命令系統はなく権限を委譲し、メンバー全員が組織内の関係性の中で自主的に業務を行います。
 意思決定の基準となるのは外的な影響よりも、組織の目的に共感し、自分が正しいか世界に貢献できているかといった内的なものになり、誰もが組織や世界との一体感を感じながら自分らしく自己実現できる慣行や風土があります。
 ティール組織は株主や経営者のものではなく、一つの生命体にたとえられ、中央からの命令や統制なしに自ら目的を持ち、高い意識に向けて知恵を働かせながら常に進化する存在として進化型組織といわれます。ラルーは組織の事例研究から、従来の組織を超えてティール組織を実現するための突破口として、以下の3つを示しています。
①自主経営(セルフマネジメント)
 ティール組織の組織構造には権力的で支配的な階層や役職はなく、権限の委譲により業務や人事などを自分たちで決めることができる自主経営チームで構成され、現場の業務が組織の中心になります。自主経営チームのメンバーは互いの信頼関係のなかで働き、ルールや仕組みを工夫して組織を運営します。それと同時に必要に応じてチームを支援する仕組みもあります。
 自主経営チームでは実績はチームのパフォーマンスによって評価され、メンバー全員がチームの結果に対して責任を持ち、チームへの貢献や協力が求められます。そのため、全員が意思決定の権限を持ちますが、そのプロセスは関係する人たちの助言を真摯に受け止めてから、最も良い解決策を選択することになります。また、意思決定や業務に必要な財務や報酬などのあらゆる情報は、透明化され誰でも入手できるようになっています。
②全体性(ホールネス)
 ティール組織では誰もが仕事以外での自分を隠さず、恐れや不安を抱かずに、自分自身全体を正直に出すことが可能で、安心安全な環境の中で組織や社会との一体感を感じることができます。全員が自分らしさを出すことにより、自らの可能性や創造性を引き出して、仕事に人間性を持たせ、組織に活力と活気を与えます。
 ティール組織には、誰もが安心して自分を出せるような様々な慣行と人事プロセスがあります。例えば、組織が尊重すべき価値観の共有と受け入れられる、または受け入れられない具体的な行動や態度などの基本的なルールがあり、これを継続的に学ぶための研修を受けるとともに、討論して見直す慣行があります。人事プロセスにおいても、採用では組織の価値観との調和が重視され、実績評価では相手への思いやりのあるフィードバックと自己の使命の探求が求められます。
③進化する存在するための目的(エボリューショナリーパーパス)
 ティール組織は独立した生命体として、生きていく中で自らが存在するための目的を持ち、こうなりたいという姿に向かって、常にどの方向に進むのかを追求し、それに合わせて目的を進化させるとみなされます。
 ティール組織のメンバーは、常に自分と組織が何のために存在しているのか、どうなりたいか、どうなろうとしているのかを感じ取り共感しながら、内外の環境変化に反応して新たな目的を創造し行動します。ティール組織ではメンバーが組織の目的を感じ取るとともに、個人の目的との交差点を探るミーティングの仕組みや教育・評価などの制度が存在し、変革は外から強制されるものではなく、常に自ら自然に起こるものと考えられています。

 したがって、ティール組織とは自主経営、全体性、進化する存在目的の全部またはいずれかによって、従業員満足度を向上させ、内発的動機により行動してパフォーマンスを高め、自律的に進化や変革を起こし、存在目的を実現して、顧客満足度を向上させ、結果的に業績を高めるものともいえるでしょう。

2.人を大切にする経営とは
 人を大切にする経営とは、人を大切にする経営学会によれば「人、とりわけ社員等の満足度や幸せこそ最大目標であり最大成果と考える」経営とされています。自社に関わる人々の幸せを追求・実現することが、自社への愛情を深め、結果として業績向上や成長・拡大等がもたらされるという考え方です。
 それではなぜ、自社に関わる人々の幸せが業績につながるのでしょうか。マーケティングの大家であるフィリップ・コトラーはマーケティング3.0において人間中心のマーケティングを提唱し、マーケティング4.0ではデジタル化が進む中でブランドが人間的側面を持って顧客とつながりを築くことを提唱しています。
 それには、従業員が同じ人間として顧客と交流して関係性を構築する必要があります。顧客が幸せを感じるような感動的な体験を提供し続けることが、変化の激しい環境で業績を安定させ、企業を継続させることになります。
 そのためにはまず、従業員を幸せにしてモチベーションを高め、新たな市場を創造できる人材を確保することが不可欠です。ここで自社に関わる人々とは以下の5人を指します。
(1)従業員とその家族
 従業員とその家族は最初に大切にしなければならない人々です。従業員は顧客が幸せになるとともに感動する商品・サービスを創造します。そして、家族はその従業員を支える存在です。
(2)仕入先・外注先とその家族
 仕入先・外注先とその家族は社外で自社に協力し、仕事をしてくれている人々とそれを支える人々です。そのため、社外社員ということもできます。自社の仕事をしているため従業員の次に大切にすべき人々です。
(3)顧客
 ここでの顧客は現在の顧客と未来の顧客で、自社の存続を決定します。顧客が従業員の創造する商品・サービスで幸せを感じ、自社の存在価値を認めるからこそ市場が形成され、業績につながり、企業は事業を継続することが可能になります。また、幸せを感じた顧客は自社を推奨し、新たな顧客を創造してくれます。したがって、顧客は従業員が大切にしなければならない人々です。
(4)地域社会・住民
 すべての企業は社会的なインフラ無くして活動することはできません。そのため地域社会や住民への貢献は義務であるともいえます。企業の社会的な貢献が有益であると評価されれば、地域住民から応援される存在になります。
(5)株主
 株主は自社に出資し、支援してくれる人々です。株主にとって最も関心があるのは配当金や社会的に評価の高い株式を保有することです。これまでの4人が自社に対して幸せを感じ、貢献してくれていれば株主の満足する結果となります。

3.ティール組織を実現するには
以上から、ティール組織の実現は人を大切にする経営の実践につながるものとも考えられるでしょう。ティール組織には自主経営、全体性、進化する存在目的、それぞれについて様々な仕組みやルール、工夫が見られます。
しかし、ティール組織は新しく出現したばかりの組織であり、現在多くを占めるオレンジ組織やグリーン組織から単にやり方やルールを変えるだけではなく、考え方やあり方まで変えなければ実現は難しいといえるでしょう。それではティール組織を実現するには、どのような考え方やあり方に変えればよいのでしょうか。
ここではアドラー心理学の立場から考えてみます。アドラー心理学はオーストリア出身のアルフレッド・アドラーによって生み出され、後継者達によって発展した理論です。その目的の一つは人として、どうすれば幸せになれるかにあります。アドラー心理学の基本的な考え方には以下のようなものがあります。
(1)自己決定性
 人は自分自身で行動することを決められるという考え方です。人は状況に応じて受動的ではなく、能動的に行動を決めています。例えば、困難の中にあっても、諦めるか、克服しようとするかは誰でもない自分で決めることができます。自分を作ったのも変えるのも自分自身です。つまり、人生の主人公は自分自身だけです。
(2)目的論
 人の意思によるすべての行動や感情には目的があるということです。原因があって行動するのではなく、人は自分で目標を設定し、未来に向かうために目的を持って行動します。目的があるとき現状とのギャップが生じます。そのギャップを埋めるため能動的に努力するのが人間であると考えます。適切な行動だけでなく不適切な行動にも目的があり、それぞれの人が持つ目的を探ることにより、解決方法も見えてきます。
(3)全体論
 人は心と体や理性と感情などに分けることはできず、一体となって目標に向かうという考え方です。つまり、人の中で矛盾や対立はなく、行動に注目し、部分でなく全体として個人を理解することです。また、人は必ず社会集団の一員です。集団の中での個人を考えたとき、一人の影響で集団が変わることがあります。
(4)認知論
 人はそれぞれが異なる自分だけのものの見方をして、物事に自分なりの意味づけをしているという考え方です。したがって、人は本当の現実を知ることはできず、現実だと信じているにすぎません。
(5)対人関係論
 人の意思によるすべての行動は特定の誰かに向けられたものであるということです。相手との関係性によって目的や行動は変わりますし、自分の行動によって相手の行動が変わることもあります。人は対人関係の中で相互に影響し合っています。どんな人にどんな態度を取っているかによって、その人を理解できます。
(6)共同体感覚
 人を大切にする経営において、誰を大切にするかといえば従業員をはじめとする自社に関わる5人の人々ですが、人の何を大切にするのかといえば、アドラー心理学では共同体感覚になるでしょう。
 共同体感覚とは人間共同体への協力、所属感、信頼感、貢献感といった感覚のことをいいます。アドラー心理学において、共同体感覚を持つことが精神的に健康で、幸せになるためのゴールとされています。
 人は一人では生きられず、人は人と結びついた共同体の中でのみ生存できます。共同体では人がお互いに影響を与えあう関係性にあり、行動も共同体の中でのみ意味を持ちます。他者に関心を持ち、協力して課題を克服し、他者の幸福に貢献すれば、共同体に所属するみんなの幸せの一つとして自分の幸せを実感できます。個人が共同体に積極的に参加し、成長することが共同体の成長にもなります。
 共同体にとって建設的で有益な行動が自尊心を育み、人生に意味を与えます。人は所有より行動することによって幸せになれます。仕事が共同体の役に立ち、働きがいや仕事の満足感が貢献感につながる人が最も幸せであると考えます。
(7)勇気づけ
 それでは良い人間関係を築き、他者と協力して共同体に貢献できるよう共同体感覚を育てるためにはどのようにすればよいのでしょうか。それにはまず、勇気づけが必要です。ここで勇気づけとは困難を克服する活力を与えることをいいます。
 アドラー心理学では人は誰でも劣等感を持っているとされ、その劣等感を補うように人生の目標を設定し、優越感を得るため目標に向かって成長しようとすると考えます。しかし、勇気をくじかれていた場合、目標に向かう途中で克服しなければならない困難な状況を、自分が意味づけした様々な理由からどうにもできないものと評価し、自分に能力があることを信じられず目の前にある課題や責任を回避したり、共同体に無益な行動をしたりして優越感を得ようとします。
 勇気づけは弱みや不可能と感じ、マイナスであると信じている状況を、強みや可能であると感じられるプラスの状況に変えることができるようにします。勇気のある人は、何かに依存することなく、自ら仕事や友人や家族などとの間で生じる人生の課題と向き合い、社会的に有益な行動によって解決して共同体感覚を自律的に育みます。
そして、他者を勇気づけるようになり、次第に勇気づけが連鎖し、共同体感覚を持つ人が増えていきます。勇気づけには以下のような方法があります。ラルーが研究したティール組織の自主経営、全体性、進化する存在目的の事例にもアドラー心理学と同様の考え方が見られます。
①誰にも強みがあることを認める
 人は不完全な存在です。しかし、誰もが必ず共同体にとって有益になる強みを持っています。自分も他者も不完全であったとしても、活かせる能力や強みがあると信じることにより、自分を受け容れ他者も受け容れられるようになります。
 ティール組織における自主経営チームでは誰もが決定権を持ちますが、多くが助言プロセスと呼ばれる仕組みにより、意思決定には関係する人々や専門家の助言を求め、受け止めなければいけません。助言を求める人は謙虚に相手の強みを受け入れる必要があり、助言を求められた人は自分が必要とされていると感じ自分の強みを発揮します。互いの強みを信じ合い集めて活かすことによって、最適な判断に近づけていきます。
②人として信頼する
 信頼は相手の行動に善意を見つけ、無条件で信じてそのまま受け入れることをいいます。信頼し合う関係や友情で育まれた協力的な姿勢は仕事でも生かすことができます。
 ティール組織における自主経営チームには同僚への信頼が前提としてあり、相互信頼の関係による統制が働きます。フランスの金属メーカーFAVIでは、タイムカードによる出退勤管理と機械1時間当たりの生産目標で工場を統制していましたが、新しいCEOは社員への信頼を基に、事前予告なくこれらを撤廃しました。工場作業員は責任と仕事への誇りを持ち、自分たちに最適なペースで働くことにより生産性が向上したといいます。信頼が責任感を高め、各自の自主的な行動につながりました。
③人として尊敬する
 人には責任や能力、役割、功績、年齢などに違いがあったとしても、人間としての価値や尊厳に違いはありません。他者を見上げたり見下したりせず、同じ人として存在していることについて尊敬し、礼節を持って相手と接することです。
 ティール組織の多くが相互尊敬の関係により、全体性を引き出しています。精神疾患や各種依存症の人々を支援するサービスを提供しているアメリカの非営利組織RHDでは、人は皆、平等に尊い存在であるということを基本前提として定義しています。尊敬を共有する価値観の一つとして、「従業員と消費者の権利と責任憲章」を作成し、その中で他者の考え方を尊重することができるように求め、他者の自尊心を傷つける言動は受け入れられないと説明しています。この前提や価値観により、週末の終業間際に役所から、父親を亡くしパニックに陥った発達障害の男性の対応を依頼されても、自分にできる貢献をして当日中に困窮した人への丁寧なサービス提供が可能になったといいます。
④できていることに注目する
 結果だけでなく、目標に至るプロセスに注目し、達成できた成果や成長を認めることです。会社の業績にとってどんなに小さな結果であっても、従業員本人にとっては課題に向かって努力した進歩です。結果が出るまでには時間がかかることもあります。その過程で自分の進歩が価値のないものと感じられれば努力を継続することは難しく、努力が継続しなければ成長も成功もありません。
 ティール組織の多くの自主経営チームでは、個人の実績管理として、メンバーが相互に可能性や貢献度をフィードバックできるようにしています。油圧部品メーカー、サン・ハイドロ―リックスでは、年に一度の評価面談の際には、その従業員について賞賛すべき特徴を述べ、どのような貢献をしたか、どのような貢献をしたいかについて触れることにして、改善点は一年を通してその場で指摘することにしています。実績評価の場を、成し遂げたことを祝福する場にして全体性を引き出しています。
⑤失敗を受け入れる
 失敗は学習の機会であり、課題を克服しようと挑んだ証拠です。失敗することよりも失敗を恐れて何もしないことの方が失敗といえます。失敗を個人と同一視せず、行為と行為者を分けて考える必要があります。
 ティール組織には、努力の継続には常に失敗の可能性があるとして、失敗をオープンに語りそこから学ぶ組織文化があると考えられています。
⑥貢献したことに感謝する
 感謝を伝えれば感謝が帰ってきます。感謝を伝えられた人が感じるのは、自分の有益な行動によって相手の役に立ち貢献したという共同体感覚です。
 ティール組織では存在目的を果たすための、協力を生み出す組織の雰囲気づくりとして、ミーティングなどで感謝を伝え合うことがあります。感謝の気持ちが、個人の全体性と他者と結びつきたいという感情を引き出すことによって協力を生み出し、目的の達成につながっていきます。
⑦相手に共感する
 ここでいう共感とは、相手の目で見て、相手の耳で聴いて、相手の心で感じ取るように、相手の関心に関心を持つことです。人は誰でも自分に一番関心がありますが、自分だけのものの見方で相手に接して、良い人間関係は築けるでしょうか。仲間に関心を持つことによってのみ、人間の能力は発達すると考えます。
 ティール組織は一つの生命体として心を持ち、生きる中で存在するための目的を進化させるとされています。そのためには組織の存在目的に耳を傾け、どこに向かいたいのかを感じ取ることが重要になります。オランダの地域密着型在宅ケアサービスを提供する非営利組織、ビュートゾルフでは自主経営チームが組織の存在目的と現場で起きていることからニーズを感じ取り、新しいサービスを開発しています。新しいサービスは他の自主経営チームが、存在目的に合致していると感じ、関心を持つことによって拡大していきます。他者への共感的態度が変革を起こしています。

 他者を勇気づける時は、まず自分自身が勇気づけられていることが必要です。勇気づけは相互信頼と相互尊敬の関係があって初めて勇気づけとなります。勇気づけるための特別な言葉があるわけではなく、ただ言葉だけを連ねても相手が勇気づけられることはありません。
 相手を自分にとって都合のいいように操作するのではなく、同じ目標を持ち社会に貢献する人として、自律的に行動できるよう勇気づけるのです。勇気づけには勇気づける時の態度が何よりも大切になります。
 アドラー心理学では人間を肯定的に捉え、未来志向で人間の可能性を信じています。従業員の共同体感覚を顧客の共同体感覚につなげることで、顧客への感動的な体験の提供が可能となり、良い関係性を構築できます。ティール組織を実現するための考え方やあり方として、アドラー心理学を使うことは有効といえるでしょう。

4.ティール組織に必要な条件
 ラルーはティール組織の運営に必要な条件として、経営トップがティール組織の世界観を理解し、精神的な発達を遂げていることと、取締役会などの組織のオーナーがティール組織の世界観を理解し受け入れることの二つを挙げています。
 したがって、経営トップにはティール組織の三つの突破口である自主経営、全体性、進化する存在目的について、自ら行動の模範となり、手本を示すことが求められます。そのため、ティール組織を実現するには、まず三つの突破口に関して以上のようなことを自らが実践できているか確認してください。
 誰もが自分と自分の大切な人の幸せを望んでいます。業績を作るのは自社にかかわって幸せになった人です。人を大切にする企業は、人から大切にされる企業になります。ティール組織はその実践につながるものです。
 アドラーの言葉に「誰かが始めなければならない。他の人が協力的でないとしても、それはあなたには関係がない。私の助言はこうだ。あなたが始めるべきだ。他の人が協力的であるかどうかなど考えることなく」というのがあります。ティール組織により、人を大切にする経営を実践するため、まずアドラー心理学の考え方をきっかけに、はじめてみてください。

参考文献
フレデリック・ラルー「ティール組織」(鈴木立哉訳、嘉村賢州解説) 2018年 英治出版
フレデリック・ラルー、エティエンヌ・アペール「[イラスト解説]ティール組織――新しい働き方のスタイル」(中埜博、遠藤政樹訳、羽生田栄一監修) 2018年 技術評論社
吉原史郎「実務でつかむ! ティール組織」 2018年 大和出版
アストリッド・フェルメール、ベン・ウェンティング「自主経営組織のはじめ方」(嘉村賢州、吉原史郎訳) 2020年 英治出版
坂本光司 「人を大切にする経営学講義」 2017年 PHP研究所
アルフレッド・アドラー 「人生の意味の心理学 上・下」(岸見一郎訳) 2010年 アルテ
W・B・ウルフ 「どうすれば幸せになれるか 上」(前田啓子訳、岩井俊憲監訳) 1994年 一光社
W・B・ウルフ 「どうすれば幸せになれるか 下」(仁保真佐子訳、岩井俊憲監訳) 1994年 一光社
岩井俊憲 「経営者を育てるアドラーの教え」 2020年 致知出版社

略歴
磯山隆志
東京都中小企業診断士協会 中央支部執行委員 総務部副部長 ビジネス創造部員
中小企業診断士 認定経営革新等支援機関 ITコーディネータ ITストラテジスト システム監査技術者 情報処理安全確保支援士 健康経営エキスパートアドバイザー