専門家コラム「社員一人ひとりのやる気を引き出し、組織活性化へ「セルフキャリアドック」」(2020年3月)
人手不足や技術革新、既存事業の伸び悩みから新規事業の模索など、変化の激しい世の中になってきました。
経営学者ジェームス・アベグレンが唱えた日本的経営における「三種の神器」、すなわち企業別組合、終身雇用、年功序列制度も様変わりしていると言えます。
一昔前であれば、若いうちに技術やスキルを身に着ければ、中高年やシニアになっても経験値や人脈を活かして組織の中で存在感を示すことができました。
しかし、今の変化が激しい世の中では、若いころ身に着けた技術やスキルは陳腐化しやすく、組織の中で認められていくには、常に新しい技術や知識を学び続ける必要性が高まっています。
また、個人においても、男女を問わず育児や介護、さらには自身の病気治療と仕事とをどう両立していくか、が課題になってきています。
最近では、従業員からの発信によるボトムアップの取り組みも注目されています。
日々の業務とは別に、従業員が持っている経験やスキル、人脈が新規事業・新商品やサービス開発に活かされることも多くなってきました。
いま、従業員一人ひとりが自律的に自分のキャリアを考え、自らスキルアップに取り組む時代になりつつあります。
こうした動きを促進する「セルフ・キャリアドック」をご紹介します。
◆セルフ・キャリアドックとは
セルフキャリアドックとは、定期的なキャリアコンサルティングとキャリア研修を組み合わせて行う、従業員のキャリア形成を促進・支援することを目的とした総合的な仕組みのことです。
この言葉は、2015年6月に厚生労働省・文部科学省より「未来を支える人材力強化(雇用・教育施策)パッケージ」の一環として打ち出されました。
セルフ・キャリアドックの「ドック」は人間ドックの「ドック」と同じ意味であり、『キャリアの健康診断』という意味が込められています。従業員にとって、キャリア形成の気づきの機会を確保するものとされています。
◆対象者と期待できる効果の例
厚生労働省の紹介サイトでは、多様な対象者に適した効果の例が紹介されています。
新卒採用者 :職場への定着
育児・介護・休業者 :職場復帰率の向上
中堅社員 :能力開発の方向付け
シニア社員 :セカンドキャリアを見据える
◆具体的な進め方
セルフ・キャリアドックでは、3つの手法を組み合わせて行います。
年齢、就業年数、役職などの節目を定め、その企業独自の取り組みを設計していきます。
①キャリア研修
集合形式の研修で、自身のキャリアの棚卸や今後の目標設定、行動計画策定を行います。
効率的に知識を提供するだけではなく、受講者がお互いの経験や仕事に対する考え方を共有することで、気付きや刺激が得られやすくなります。
②キャリアコンサルティング
従業員がキャリアコンサルタントと1対1で面談します。
集合研修では言えない、深く考えられなかったことを、キャリアコンサルタントの支援を受けながらじっくり考え、次の行動につなげていくことができます。
的確にキャリアコンサルティングを行える国家資格キャリアコンサルタントや技能検定キャリアコンサルティング1,2級の取得者も増えてきています。
③フォローアップ
問題や課題を見出し、組織全体で、従業員個人、および組織の課題を解決していきます。
アンケートなどで継続的な振り返りを行い、改善の度合いや新たな問題・課題の早期発見をしていきます。
◆成功へのカギ
多くの制度と同様に、この取り組みを推進していくには経営層の理解と決意表明が欠かせません。
「自分の将来を自分で考えること」は、一見従業員を自由にさせることのように思えてしまいますが、実は従業員にとってとても難しいことです。
経営者や上司が今までの本人の仕事ぶりを適切にフィードバックし、今後の期待を伝え、より良いキャリア形成のための支援する姿勢を打ち出し、継続していくことが最も大切です。
◆厚労省の支援
2019年から、企業の「セルフ・キャリアドック」の導入を無料で支援する拠点が、札幌、東京、名古屋、大阪、福岡の全国5カ所に設置されています。これらの拠点には、企業内の人材育成・キャリア形成に精通した専門の導入キャリアコンサルタントを配置され、セルフ・キャリアドックの導入を検討する企業の状況や要望に応じてアドバイスを行うなどの支援を行います。
また、企業内でキャリアコンサルティングの機会を得ることが難しいからの相談依頼にも、専門のキャリアコンサルタントが応じています。
人材育成の取組にもセルフ・キャリアドックが取り入れられています。
企業が人材開発支援助成金(旧:キャリア形成促進助成金)を活用する際には、セルフ・キャリアドックを実施することを要件にしています。
いかがでしょうか。従業員一人一人が「今、ここで働くこと」への意義を見出せると組織としての力も確実に高まります。
厚生労働省 「セルフ・キャリアドック普及拡大加速化支援サイト」
https://selfcareerdock.mhlw.go.jp/
厚生労働省・文部科学省「未来を支える人材力強化~いつでもキャリアアップが可能な社会へ~」
(第7回産業競争力会議課題別会合 資料2)
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/kadaibetu/dai7/siryou2.pdf
■ 略歴
田口愛味子
合同会社みんプロ コンサルタント
中小企業診断士
技能検定キャリアコンサルティング2級、国家資格キャリアコンサルタント、
米国CCE認定 GCDFキャリアカウンセラー
IT企業の人事で人材育成、タレントマネジメントに従事。
合同会社みんプロ参画後、企業の経営戦略、人事戦略の支援に関わる。