専門家コラム「中小企業もAIを活用してDX推進!」(2020年1月)
2018年9月7日に発表された経済産業省「DXレポート ~ITシステム『2025年の崖』克服とDXの本格的な展開~」から1年以上が経過した、去る2019年11月25日に(株)日経BPより「デジタル化実態調査」の結果が発表された。
この結果によると、DX※を推進している企業は36.5%、全く推進していない企業が61.6%となっており、さらに企業規模によって結果が大きく異なっている。従業員が5000名以上の企業では80.3%がDX推進中であると回答しているが、従業員数が300名未満の企業では21.8%となっている。
そこで、本コラムでは、DXの中心技術であるAI(Artificial Intelligence:人工知能)の観点から、中小企業においてDX推進が進まない理由を考察し、その対策の一助としてAI活用方法の類型および中小企業におけるAI導入事例を紹介したい。
■中小企業におけるAI導入の現状
まずは、各種調査結果から中小企業におけるAI導入の現状を確認する。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング㈱「人手不足対応に向けた生産性向上の取組に関する調査」(2017年12月、中小企業庁委託)の中小企業におけるAIの認知・活用状況によれば、AIを認知している中小企業は95.1%にのぼるが、実際にAIを活用している企業は1.2%にすぎない。また、総務省「平成 29 年通信利用動向調査」従業員規模別に見た、IoT・AI の導入状況によると、中小企業は大企業と比較してIoT・AIの導入に総じて消極的であり、「IoT・AIどちらも導入意向はない」企業の割合が半数を超えている。両調査結果とも、冒頭で述べた「デジタル化の実態調査」の結果と同じく、中小企業においてはAIの導入が進んでいない実情が伺える。
では、中小企業においてAI導入を阻害する要因は何なのだろうか?㈱野村総合研究所「中小企業の成長に向けた事業戦略等に関する調査」(2016年11~12月、中小企業庁委託)によると、AIなど新しいICT(情報通信技術)を活用するうえでの問題点として、「技術・ノウハウを持った人材が不足している」が46.5%で最も多く、以下「自社の事業への活用イメージがわかない」(35.7%)、「新技術について理解していない」(27.9%)、「必要なコストの負担が大きい」(27.9%)、「費用対効果が望めない」(20.9%)と続いている。
ここでは、2番の要因である「自社の事業への活用イメージがわかない」への対策の一助となるべく、以降AI活用の類型および中小企業におけるAI活用事例を紹介する。
■中小企業におけるAI活用の類型
日本公庫総研レポート『中小企業でも始まるAIの活用』では、企業がAIを活用する方法として、以下の三つの大別が紹介されている。
①従業員の支援・代替
これまでの機械化と同様に、従業員の支援または代替にAIを活用する方法である。機械にできることは機械にやらせて省力化を図ったり、従業員の生産性を引き上げたりするもの。
②見える化
業務のプロセスや職場の問題点を、誰にでも簡単にわかるようにする「見える化」である。例えば、機械や装置の故障を予測する、農作物の味や食べ頃を表面の色で判断するもの。
③AIを活用した製品・サービスの開発
AIを利用した製品やサービスを開発し、新しいビジネスにする方法である。一般の中小企業でも、自社の問題を解決する製品やサービスを開発できれば、同様の問題に悩む企業にとって、有益なものとなるはずである。
実際にAIの活用を検討する際には、どのタイプのAIを作ろうとしているのかを明確にすることで、AI構築のROIやKPIが見えてくることがある。例えば、①従業員の支援・代替タイプのAIを構築しようとするのであれば、想定される省力化・生産性向上の金額効果が、AI構築の費用を上回るのか見当するといった具合である。
■中小企業におけるAI活用事例
最後に、2019年度版中小企業白に掲載されている企業の事例を紹介する。同社は上記AI活用の類型の「②見える化」および「③AIを活用した製品・サービスの開発」を達成した企業であると考えられる。
飲食業を行っているI社では、レジもない食券式の大衆食堂であり、「経験と勘」に基づく事業運営が常態化していた。このため、正確な需要予測ができず、仕入や調理品のロス(食品ロス)がかなり発生していたほか、非効率な業務により現場で働く従業員は疲弊していた。
このような状況を改善するため、同社ではAIを用いた「来客予測」システムを構築。その結果、「どの時間帯に、何人のお客様が来店するか」「お客様が注文するメニューは何か」といった項目について、90%以上の精度で事前に予測ができるようになり、事前仕入れや仕込みの効率化・食品ロスの大幅改善につながった。
この効率化により、従業員を増やすことなく店舗の一部スペースで商店や屋台の販売を開始するなど、多様な業務を行うことができるようになった。また、従業員に余裕ができ、接客の質が向上しただけでな
く、従業員から業務改善の提案が出るようになるなど、活気ある職場作りにもつながっている。
これらの取組により、従業員数を増やさずに、同社は従来と比べ売上高を4倍に増加させることができたほか、週休二日制や長期休暇の導入、従業員の給与アップも実現した。
さらに、同社では自社のAIを活用した一連の経営改革の実績を踏まえ、自社で構築したデータ活用の仕組みの外販も開始している。
※DX:デジタルトランスフォーメーション
IT専門調査会社のIDC Japan 株式会社の定義によれば、企業が外部エコシステム(顧客、市場)の破壊的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽引しながら、第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネス・モデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること
【略歴】
笹原 聡(ささはら さとし)
中小企業診断士
一般社団法人 東京都中小企業診断士協会 中央支部 執行委員