専門家コラム「自己承認欲求を汲む自動的な価値創造モデルの可能性」(2016年4月)
【1】今「あなたのための○○」が必要な理由
ここ10年で途上国へ生産現場がシフトし、先進国の雇用は減ってきました。もともと「モノ余り」でつくればつくるほどコストが下がり投資回収ができないという「供給力過剰」だったところに、「さらに安価でつくることができる生産者」が現れ、グローバルで見ればとりあえず経済回ってるからいいじゃん!という状況だったのでしょう。
しかし安価な製品・食品の問題がいろいろと表面化し、「正当な価格で取引することの必要性」や、実は安価な供給力の不足ではなく「需要が希少であることが問題」だということに、なんとなくみんな気づいちゃった?!というのが今日だと思うわけです。
そこで「どのように需要を創造すれば良いのか」が次の課題になってきました。
需要を創造しようとするには、既存のモノに何かしら付加価値が必要です。「希少性」や「高品質」といった商品そのものの価値づくりから、「ブランドイメージ」といった伝え方による価値づくりもあります。その中で「特定の顧客を対象とした価値提供」が牽引すると見られています。
ここにはネットという個人と個人がほぼ無料で情報を交換できる時代のインフラが大きく影響しているのでしょう。近年PCからスマホへと更に手軽なツールへ移行し企業のHPよりもSNSが情報源になってきて、グーグルやアマゾンは個人の趣向に合わせて「こんなのもどうですか?」と追いかけてきます。個人の趣向、購買傾向がデジタルの世界で細かく見える化されるようになってきたのです。
特定の顧客に向けた「あなたのための○○」をどのように創出するかがこれからの課題であり、そのための「需要をキャッチする方法の筋の良さ」がビジネスの成功を左右すると考えられそうです。
【2】承認欲求によって発信される情報を元にする
今、自己承認欲が一つの動機となって盛り上がるソーシャルサイトがネユーザー数を増やしています。例えば「Room clip」は、主婦や学生を中心に「自宅の写真」を投稿しコメントし合うSNSです。「自宅をおしゃれにしたいが、何から手をつけていいか分からない」と悩んで参考にするユーザーと、「せっかく手をかけてDIYした部屋を見てほしい」と思うユーザーがコミュニケーションを図っています。
これだけ一気に人気に火がついた理由は、「いいね」が沢山ついてくれることです。Facebookなどでは知り合いが増えなければ「いいね」もつきませんし、遠い知り合いの「○○食べました!」などのちょっとどうでもいい報告もいっぱい入ってきます。しかしここでは自分の興味関心があるテーマでコミュニケーションを図ることができ、そして同じ趣味趣向を持つ仲間から多数の「いいね」を得られます。ちなみにマネタイズ化は、商品販売連携による成果報酬、企業の公式アカウント、投稿コンテストでのユーザー課金などによってできているようです。
クックパッドは有名になるまでに約7年もの時間が掛かりましたが、この「Room clip」は立上げから2年で25万ユーザーを獲得しています。もちろんスマホの普及によって手軽に写真を投稿しやすくなったというインフラの影響があると思われるのですが、実は誰しもが持っている「承認欲求」をうまく活用したビジネスモデルといえるでしょう。
また各種のレビューサイトも増えています。SEOの効果に限界を感じ始めた企業が乗り出すこのレビュー強化は、企業にとって販促目的が主かもしれませんが、モノに対して興味のあるユーザーが書くレビューには商品の改善や次の商品企画のアイデアにつながるようなメーカー企画者顔負けのコメントもかなり見られます。トップレビューに選ばれたとしても、レビュアーが得られる賞金は1万円だったりして、執筆時間に換算すると全く元の取れないビジネスです。つまり多くのレビュアーはビジネスとしてではなく承認欲求や貢献欲といったものがモチベーションとなって投稿するのでしょう。個々のユーザーの承認欲求を満たすことが、個々のユーザーニーズを発信させるための効果につながるのだと思います。
【3】価値創造までを自動化する
個々のユーザーニーズを発信させたとしても、それをキャッチして価値創造に結び付けなければ需要創造はできないわけですが、ここではまた社員やビジネスパートナーの自己承認欲求を満たすことが一役買うのではないかと考えられます。
とある寂れた団地の復活劇を支えた取組みですが、元々定食屋だった店舗で住民が代わる代わる定食メニューをつくり近隣住民の拠りどころとなった事例があります。ここで定食メニューを考えてつくるのは近所のボランティア、主に高齢の女性たちです。彼女達はどうしてそれを担っているかというと、自分の得意技を生かしてつくった料理をおいしいと言いながら食べてくれる人たちがいるからです。
昨年、三井不動産がビルの清掃員の制服を一新し話題となりました。道を聞かれたり失くし物を届けられたり、実は顧客と接する機会の多い清掃員のビジュアルイメージを上げることで、ビルや清掃会社のブランドイメージを上げることにつながります。しかしもっと大きな効果は、立派な接客業として認められることによる清掃スタッフのモチベーションと使命感の向上です。清掃スタッフに接客業としての承認欲求があったわけではないと思いますが、会社からそのように認められたことでお客様との接し方が変わり、お客様にとって何が良いかを考えて働きかけるようになるのです。潜在的な承認欲求を満たすことで最前線の人材が特定顧客の需要をキャッチする無数のアンテナとなり、自動的に付加価値まで生み出す「しくみ」の例と言えるでしょう。
【4】これからの勝ちパターンの一つとして
イケアハッカーズというサイトをご存知でしょうか?
イケアで買ったリーズナブルな家具をDIYの材料として全く新しいモノに作り変えてしまった実例をユーザーが投稿しているサイトです。中には元が何だったかよく分からない商品まであり、使い勝手に「?」がつく例もありますが、「俺のオリジナル家具を見ろ!」という承認欲求から来ているのでしょう。
残念ながら2014年にイケアからの排除措置命令でこのサイトは閉じられましたが、もしかするとイケアのファン同士のコミュニケーションサイトとなり得たかもしれません。さらにファンが勝手に新たな価値を提案しはじめ、それをイケアが拾うというようなサイクルになったら面白かったかもしれません。
(もちろんイケアが排除したのはポリシーに反する何かがあったからだと思うのですが)
個々人のニーズに応えることが求められつつある一方で、個々人もまた潜在ニーズ溢れる情報を発信するようになっている現状があります。この両方をうまく繋ぎ合わせることで半ば自動的に需要に応えるしくみ、アイデア自動生成化の舞台をつくることが勝ちパターンの一つになってくるのではないかと考えます。そのとき、誰かの「自己承認欲求を充たす」ということに着目すると良いかもしれません。
■芥川 梨枝子
・中小企業診断士
東京都中小企業診断士協会 中央支部執行委員 企業内診断士活性化プロジェクトに従事
・メーカーにてマーケティングに従事