山崎 隆由

1.生産性向上が進まない日本農業の現状
日本の農業の現状について長年言われ続けていることですが、①生産者の高齢化、②耕作放棄地の急速な拡大、③多品種少量生産から脱皮できない、④肥料や飼料、燃料費、人件費などの高騰による生産コスト増加、⑤国内産農産物の販売価格低下などが、農業を営む上での緊喫の経営課題となっています。しかし、国の施策で農業用地の集約を図ったり、農作業の共同化を進めたり、農業の事業承継を円滑に進めるための相続税の優遇措置を強化したり、新規就農者の育成制度を設けたりしています。こうした支援施策によって一部の地域では生産効率が一部向上し、耕作放棄地が一部減少し、新規就農者が増えていますが、残念ながら、これらの助成制度を活用するだけでは「農業の生産性向上」が進まないことももう一方の現実です。今後、日本の農業の生産性を向上させるために、国の農業政策に頼るだけではなく、「農業者自体が自家農業の生産性を高める」に取組むことの重要性が高まっています。そこで、本稿では農業の生産性が向上しない原因を分析し、その原因を解消するためのビジネスモデルの改善策について、実際の事例を踏まえて皆様と一緒に考えてみたいと思います。

2.生産規模拡大による収益性向上の難しさ
私が支援している農業者の事例を紹介させて頂きます。この農業者は神奈川西部の農業法人で、作付面積は47反とかなりの規模の農業者です。米・大豆を中心に玉ねぎ、ホウレンソウ、山芋、里芋などの野菜を栽培しています。従業員は社長を入れて5名体制で農作業を行っていますがなかなか売上が伸びず、この3年ほどは赤字決算が続き、何としても収益性を高めたいということで相談に来られた農業法人です。

概ね、米の作付面積は45反で反収が7俵であり、出荷価格が200円/kgで換算すると18,900kg×200円=3,780,000円の販売収入があり、その他の野菜の販売収入の300万円を合わせて700万円弱の収入がありますが、その一方で4人の人件費(社長は無給)だけでも800万円を超えているので、諸経費を含めると当然のことながら赤字の状態です。これに個別所得補償などが加わり赤字幅は若干圧縮されますが、結果的には毎年の赤字経営から脱却出来ないという状況が続いています。

社長は当該地域に耕作放棄地が増え続ける現状を見かねて、毎年5~7反程ずつ耕作放棄地を借り増しし、規模拡大を図ることで農地の保全を図り、環境を守ると共に離農した地域の農業者をパートで雇用しながら、地域経済の活性化を図ることを目標に頑張っています。作付面積を増やして販売収入を伸ばせれば、赤字経営から脱却できると考えていたようです。しかし、全国平均反収が8~9俵程であるのに対し、この農業法人の反収は7俵弱に留まっているので、面積を増やしても販売収入がそれほど伸びず、かえって経費ばかり掛かって赤字体質を脱却できない状況でした。

yamazaki-1.png 最大の要因は、農作業者の栽培スキルが未熟なため反収が上がらないことですが、借り受けた耕作放棄地が分散している上に、田圃一枚当たりの面積が小さいために作業効率が改善しないことがもう一つの原因でした。また、規模拡大にあわせて機械化を図る必要があると大型トラクタなども導入していますが、トラクタの性能ほどには生産性が伸びておらず、設備の減価償却分だけ経費が拡大しています。作付けの規模拡大や農作業の機械化だけでは生産性を高めることが難しいという典型的な事例だといえます。

この状況を簡単に図式化したものが左図で、単純な農地拡大や設備投資によって、売上はある程度の規模で拡大はするものの、経費拡大分をカバーできず、常に経費が先行するために「何年経過しても売上が経費を上回ることがない」状況を招いている経営状況を示しています。

※ 赤色の先行投資分が赤字を示している

3.投資と収益のアンバランスを解消する
この負のサイクルから脱却するためには、面積拡大や設備投資からスタートするのではなく、栽培技術の向上、作業効率の改善から収益性向上を図ることがたいへん重要です。

この農業法人は、米の反収を全国平均である8.5俵程度まで高めることができれば、現在の作付面積でも22,950kg×200円=4、590,000円の販売収入の確保が可能となり、野菜の販売収入と個別所得補償などを合わせれば、何とか収支トントンまで持っていけるはずです。yamazaki-2.pngこうした取組みだけで当該事業の黒字化は難しいと言わざるを得ませんが、少なくとも生産設備の拡大と栽培技術や作業効率の向上などを「クルマの両輪の如く機能させること」がいかに重要であるかはお判り頂けると思います。適切な生産設備の充実は重要ですが、もう一方で、栽培技術や作業効率の改善を図ることで設備投資資金の回収時期を早め、内部留保を確保しながら農業法人としての経営基盤を強化することが重要です。

『設備投資の拡大 < 栽培技術・作業効率の最大化』といった取り組みを進めることで、左図の緑色部分が大きくなればなるほど収益性が向上します。更に、グラフの売上拡大の傾斜角度を高めることで、効率的に売上拡大を図ることも重要です。傾斜角度を高めるためには何と言っても高付加価値型の農産物の栽培・販売を積極的に進めることが重要となります。具体的な方策としては以下の通りです。

4.オンリーワンの農業を目指す
高度成長期以降の農業では、大都市の肥大化する食糧需要を満たすために効率的な農業生産体制が求められ、大都市の生活者に対して大量の農産物を常に安定的に供給することが重視されました。このために大都市周辺の農産物生産地では、地域毎に農産物の集約化を図り「少品種多量生産の供給体制」の確立が求められ、大量生産大量販売の農産物供給体制を構築してきた訳です。しかし、その一方で、地域の独自性を生かした農産物作りは崩壊し、昔ながらの地域に根付いた地域特産品と言われるような農産物は、徐々に姿を消しつつありました。しかし、最近ではこうした「昔ながらの地域特産品」と言われる農産物が改めて注目されています。(地域特産品として「地域野菜」が注目です)

地元でしか手に入らない「京野菜」や「加賀野菜」などが高付加価値型農産物として注目されつつあります。特定の地域でしか栽培されないために、一昔前には大量生産大量販売には向かない農産物と考えられていましたが、今日は「多品種少量生産型の農産物」として独自性が高まっています。

関東でも最近は「東京江戸野菜」や「鎌倉野菜」等が注目されていますが、それぞれの地域の伝統的な食文化を支えてきた農産物が改めて注目されていることは、小・中規模の農業者にとって朗報であるばかりではなく、消費者にとっても様々な味を楽しむ機会が増えるということです。

前述した神奈川県の農業法人でも、最近では「少子高齢化」の流れを踏まえつつ、いかに独自性を発揮するかに重点をおいています。栽培技術や作業効率の向上を図ると共に、地域の独自性を生かした農産物作りを進めることで収益性の向上を図っています。これからは農業においても、自社の強みや独自性を生かした「オンリーワン」を目指すことが重要になっています。

■山﨑 隆由(やまざき たかよし)
1953年静岡生まれ、62歳、青山学院大学経営学科卒。
永年の広告会社勤務を通じて培ったマーケティング手法を活かして「調査・商品化戦略・価格戦略・販売チャネル戦略・プロモーション等」の戦略構築を行い、総合的なブランド管理を進めながら数多くの企業をサポートしています。最近では、作業効率化のための一元管理手法を農業分野でも生かしながら、売れる加工品作りや効率的な作業管理、収益性の向上等の農業経営サポートを積極的に展開すると共に、(公財)神奈川産業振興センター・神奈川県よろず支援拠点コーディネーターとして、もの作り中小・小規模企業を中心に「新規創業・第二創業・新事業開発・創業補助金・もの作り補助金・経営改善・事業再生」などの取組みの支援を行っています。