神宮司 絢佳

 消費者のスタイルや嗜好性の多様化が著しい現代、これまでのように皆に同じものを同じように販売するマス・マーケティングだけでは対応できなくなっています。代わりに着目されているのが、顧客一人一人の嗜好性に合わせて商品やサービスを提供する「ワントゥワン(One to One)マーケティング」という手法です。

●ワントゥワン(One to One)マーケティングとは
 顧客ひとりひとりの趣味や趣向、消費スタイルに合わせたマーケティングを行う方法のことです。例えば、インターネット通販などでこれまでの購買履歴を参照し、そのユーザーに対しておすすめ商品を自動的に表示する手法などがこれにあたります。
 また数年前、大手飲食店がモバイル会員に対して「顧客に合わせた」クーポンを提供する手法を使ったことでも話題になりました。そこでは、「来店頻度は高いものの新商品を購入していない顧客には、新商品の大幅割引クーポンを提示」「一定期間来店していない顧客には、過去の購買(クーポン使用)履歴でよく購入された商品のクーポンを提示」など、顧客のデータに基づいたクーポンを提示し、効果的なマーケティングを行っています。

 このように、それぞれの顧客の特徴をもとに、「あなただけに向けた」おすすめ商品や割引等のアプローチを行うのがワントゥワンマーケティングです。全ての顧客に一斉に同じ手法でアプローチするマス・マーケティングとは反対の手法です。

●ワントゥワン(One to One)マーケティングのメリット
 続いて、ワントゥワンマーケティングのメリットを見てみましょう。主に3点が考えられます。

1)一人あたりの売上が上昇する。
 顧客の嗜好を把握した上で商品のおすすめ等が出来るため、アップセル(購買価格の上昇)やクロスセル(ついで買い)の効果が見込めます。
 例えば、あるPCの購入を検討している顧客に、その顧客がよく動画編集など性能の高さが求められる作業をすると聞き、当初顧客が想定していたよりもスペックの高い(価格も高い)モデルを薦めたりするのがアップセルです。さらに、PCと同時購入すると安くなる最新の動画編集ソフトを追加でお勧めするのが、クロスセルです。
 このように、顧客の好みに合った形で商品をおすすめすることで売上の上昇が期待できます。

2)顧客のお店に対するブランドロイヤリティが上がり、顧客の流出を防げる
 自分のことを分かってもらえるお店として、顧客から愛着を感じてもらえます。また、自分の好みの商品に出会えることで、またそのお店に行ってみたいと思うようになります。そのため、他に自分の欲しい商品が手に入るお店があったとしても心理的なハードルを感じて行かなくなるなど、顧客流出を防ぐ効果もあります。

3)既存の顧客から口コミが広がり、新規の顧客を獲得できる。
 お気に入りのお店として人に伝えたくなり、「そこでおすすめされたものを買ってみたら、自分にとっても合っていた」など、既存の顧客がSNS等でその店の宣伝をしてくれます。

 結果的に、一人あたりの売上が伸び、流出する顧客も減り、さらに新しい顧客も獲得できることで、企業の売上が向上する仕組みです。

●導入する上での課題
 次に、導入するにあたっての課題を見て行きましょう。

1)個人情報への配慮
 このような施策を行う上では顧客の性別、年齢などの情報に加えて、購買履歴やそのタイミングも含めた詳細の情報が必要です。そのため、プライバシーに対する配慮も重要となります。実際の現場では、該当データの取得について予め顧客に了承を得るなど、個人情報保護に向けた運用が必要となってきます。

2)データの分析・活用のノウハウ蓄積
 データを取るだけではなく、どのように上手く活用していけるかがキーポイントとなるでしょう。顧客や購買履歴のデータが揃っていたとしても、それをどのように分析し、顧客に対してどんな具体策を行うべきなのか?その部分を予め考えておかなければ、せっかくのデータも宝の持ち腐れとなってしまいます。

 このようにいくつか課題はあるものの、技術の向上や導入の工夫を繰り返しながら、様々な企業で取り入れられています。

●根底にあるものは商店街の魚屋さんと同じ
 実は、このような手法は今に始まったものではありません。むしろ、これまで個店での一対一の接客の中で行われてきたものとかなり近しいものです。
 例えば商店街の魚屋の店主などが、よく来るお客さんやその家族の好みを覚えていて「おたくのお子さん、鮭の塩焼き好きだったよね?今日は新鮮で美味しい鮭が入ったよ!」と話しかけるのと同じです。
 もしくは、顔馴染みの美容室で「◯◯さんの髪質は柔らかいから、こんな髪型が似合いますよ。この間買って頂いたトリートメントでもケアが出来ますよ。」と提案してもらうのも一緒ですね。
 仮に相手が初めて利用する顧客だったとしても、同じです。そのときの様子を見ながら相手が真に望むもの(ニーズ)を引き出し、自社の商品やサービスをそれに合わせて提供する。これらのやりとりは、最近注目されている「おもてなしの心」とも通じるものがあるでしょう。

●終わりに
 マーケティングの世界では、ITなどの技術が下地にあり、技術の発展とともに大手企業や先進企業が新しい手法を導入することでトレンドが生まれるケースが良く見受けられます。ですが、それぞれの顧客に対して真摯に向き合い、適切な販売や営業を行うことは、ITがなくては出来ないものではありません。

 ワントゥワンマーケティングの根底にあるお客様に寄り添った接客は、大掛かりなITシステムの導入が出来ない中小企業でも、十分に行うことが可能です。技術やツールありきではなく生身の人間らしさを活かしていくことが、顧客の心を掴み、売上を上げる秘訣ではないでしょうか。

■神宮司  絢佳(じんぐうじ  あやか)
中小企業診断士
(一社)東京都中小企業診断士協会 事業開発部部員、
同中央支部 執行委員、ビジネス創造部副部長、青年部部員。MC「売れプロ」幹事長。
広告制作会社でマーケティング企画や生産管理を経験。同時に年間15社以上の有償ビジネスアドバイザー、業界専門誌への執筆、商工会・商工会議所のセミナー登壇等を行う。