専門家コラム「事業計画は人の行動を促すように『説明』する」(2014年12月)
経営者は、事業の離陸から成長、安定経営、そして次のステップに移行する各ステージにおいて、事業計画を何度も「説明」する場面があります。
得意先・取引先を獲得するために、協力者・支援者に成長のサポートを依頼するために、また一緒に頑張ってくれる社員に「説明」することもあります。経営のターニングポイント(転機)に事業計画を「説明」することもあります。例えば、新事業に挑戦する時は、補助金等を上手く活用して飛躍を図りたいものです。補助金の申請にあたっては、申請書を提出後、審査会で審査委員に事業計画を「説明」(プレゼンテーション)し、その後審査委員との質疑応答を経て認定されるという手順を経るものもあります。
そうはいっても、事業計画を言葉で「説明」するのは苦手であるとお考えの経営者もおられることでしょう。そこで各種補助金審査会での事例をご紹介して、事業計画の伝え方(「説明」する力)について、整理したいと思います。
(1)事業計画を「説明」する目的を認識して準備する
Aさんは、宝飾デザイナーです。ユニークな商品を創り、展示会等に積極的に出展して活躍の幅を広げています。さてそのAさんは、補助金の審査会で開口一番「事業内容は申請書に書いたとおりです。何かご質問はあるでしょうか。」とのこと。わずか1分にも満たないプレゼンテーションでした。
もちろん審査委員は、事前に申請書に目を通し、決算資料から当社の課題も読み取った上で審査会に臨んでいます。それでも多くの審査会が経営者に、審査委員の前で指定された時間内(例えば15分)で事業計画を「説明」し、続けて質疑応答(例えば15分)を求めるのは理由があるからです。
申請書の内容を確認すると共に、書類から読み取れない経営者の想いや意気込み、製造しようとする製品、提供しようとする商品やサービスそのものを確認し、質疑応答を通じて事業性等を評価するためです。デザイナーであれば、ブランド化したい商品のサンプルや展示会等のイメージ図等を持参して、審査委員に見せることで、自社の独自性や世界観を訴えることができます。補助金は事業計画を積極的にアピールし、限られた予算を他の申請者と競って勝ち取るものです。Aさんは審査会の意義をよく理解していなかったことから、やるべき準備ができていなかったものと考えられます。Aさんの事業計画は、審査委員は評価のしようがなく、残念ながら否決となりました。
補助金に限らず、事業計画を「説明」しなければならない場面は多くあります。理解しようと耳を傾けている人には、経営者自らの言葉で語らなければなりません。Aさんのように「読めばわかる」では通じないのです。
(2)相手の気持ちになって魅せ方を一工夫、理解を深める
事業計画を上手に「説明」する人に共通することは、限られた時間内に凝縮したメッセージを的確に発信するための入念な準備をしていることです。事前に練習するのはもちろんのこと、「説明」を補足する資料を別途準備します。スライドを投影できる会場であればパワーポイント(プレゼンテーション支援ソフト)で作成した資料を見せる、制作する過程の動画を見せるなどの工夫をします。機器が使えない会場であれば、スライドを印刷した資料などを配布する、製品や商品のサンプルなどを回覧しながら「説明」するなど一工夫。事前に申請書を熟読していても、要領よく「説明」いただけるとさらに理解が深まり、質疑応答にも熱が入ります。しかしこうした準備も、「説明」する相手を意識せずに行うと、かえってマイナスの結果につながります。
BさんはWebデザイナーです。地域を巻き込んだコミュニティ型の事業計画をスライドで「説明」しました。スライドは空白を活かした素敵なレイアウトなのですが、文字はグレー、サイズは小さく、審査委員席からほとんど読むことはできません。Bさんはスライドを操作しながら「説明」を進めますが、審査委員にはスライドのメッセージが伝わりませんから、Bさんの「説明」と審査委員の理解が噛み合いません。
Bさんは美しく演出したいと考えたのですが、残念ながらスライドは審査委員を説得するためのツールにはなり得なかったのです。審査委員の立場になって考え、「魅せる」工夫をすべきだったということです。
(3)相手の理解の程度を推し量りながら、事業にかける熱意を伝える
事業計画を「説明」する際の口調も、事業計画の理解に影響します。
Cさんは事業承継したばかりの女性経営者です。準備してきた原稿をゆっくりと、まるで女性アナウンサーのように涼やかに読み上げました。「説明」を聞いていて、声の響きに心地よい感覚を覚えるのですが、メリハリがなく、訴求するもの、経営者としての迫力が感じられません。「説明」しているのですが、事業計画にかける会社の意気込みを審査委員と共有しようとする意志が感じなれないのです。
Dさんは流通業界で経験を積んだ後、独立された男性経営者です。押しの強い口調のプレゼンテーション後、質疑応答になると、質問した審査委員に噛みつくような口調で、まるで挑みかかるように一方的にまくしたてます。時間になり退室いただきましたが、審査委員は一様にDさんの事業計画そのものに疑念を抱かざるを得ませんでした。中小企業は経営者そのもの。審査委員と双方向の意思疎通を取ろうとしなかったDさんに、人・社会と関わりながら展開する事業の実現可能性が感じられなかったからです。
事業計画は会社の未来や期待を担っていますが、経営者の重い決断の末に策定されたものもあります。「説明」するということは、事業にかける覚悟を伝えることでもあります。聞いている人の理解度を確認しながら、大事なところは強調し、最後は早口で駆け足になっても何とか自分の考えを伝えたいという意志を持って話を完了させる。この情熱、執念が人の心を揺さぶるのです。自己完結型の「説明」では、聞き手を巻き込むことはできません。
補助金審査会における事例を取り上げましたが、事業計画を「説明」するポイントは「何のために説明するのか」をよく認識し、目的を達成させるための準備を行うことです。
事業計画を策定しても、人を巻き込む、協力を要請することができなければ事業計画は「絵に描いた餅」。人に「説明」して賛同、共感を広げ、行動を促すことは、経営者の役割です。
■兼子 俊江(かねこ としえ)
東京都中小企業診断士協会 中央支部 副支部長