専門家コラム「高層ビルと新規事業」(2014年12月)
【武蔵小杉】
JR横須賀線を利用しているが、武蔵小杉駅周辺の変化には驚いている。武蔵小杉は神奈川県川崎市の中部に位置する。中原街道が通り、東急東横線、JR南武線の交差する交通の要衝として、大規模な工場、グランドなどが立地し庶民的な雰囲気の繁華街も形成され戦後発展してきた。2000年に東急目黒線経由で都営三田線、営団南北線との直通運転、2010年にそれまで通過していたJR横須賀線に駅が新設、2013年東急東横線と東京メトロ副都心線、西武池袋線、東武東上線との直通運転が開始と、2000年以降鉄道網の整備が進んだ。それに合わせて、大量の超高層マンションや大規模商業施設の建設が進み、人口も急増している。この武蔵小杉の超高層マンション群を眺めながら、大企業と中小企業の新規事業への取り組みを考えた。
【大企業と高層ビル】
今日、大手企業は都心の高層ビルを本社に定め機能集約を図ることが多い。会社の意思決定を円滑に行うため管理部門と事業部門を集約する、大人数の従業員数が勤務できるスペースを確保する、都心は通勤に便利である、などいろいろな理由を総合的に判断した結果ということであろう。
高層ビルは企業にとって望ましい所在なのだろうか。高層ビルの重層構造は、同じ階内での水平移動は容易であるが、縦方向の移動はエレベータが必要となる。企業は、さまざまな業務の集合体である。経営戦略部門、人事・総務・経理など管理部門、マーケティング部門、開発・設計部門、生産部門、販売・サービス部門、・・・。高層ビルのフロアごとに配置された部門間には空間的な障壁ができている。情報はネットワークで共有化されているとしても、高層ビルの階数という人間の分断要素を作ることは、一体感を損ないやすい。
大多数の日本企業に求められている新規事業は、既存事業の枠を超えて企業が新たに学習しなければならない未知の事柄が含まれる事業である。企業内に蓄積された過去の経験や知識から導き出された経営ノウハウがあまり役に立たない。社内でも社外でも既存の枠を超えた学習のための交流が必要とされる。社内外の交流を行い難い構造の高層ビルに閉じこもった大手企業が新規事業を生み出せないことは、当然の帰結ではないだろうか。米国アップル社が建設中の新本社は、大きなドーナツ型をしている。物理的に分断せず、部門間の縦の移動を避け、横のつながりを重視した構造をとっている。大企業となった今も企業全体として新しい価値を創造し続けていくという遺伝子を感じられる構造である。
【中小企業と横丁】
中小企業の強みは、企業に閉じこもらないことである。リソースが限られているため何でもこなせる知識を持ったゼネラリストが多く、組織は小規模で柔軟、過去のしがらみも少ない。それが、変化への対応力、スピードにつながる。中小企業は高層ビルではなく外部に開かれた街中、横丁に在ることが多い。新たな事業分野では、中小企業も大企業も同じスタートラインに立つことができる。大手企業が高層ビルの殻に閉じこもっている隙に、横丁の中小企業は、外部の動きを呼び込むこともできる。顧客をはじめ外部との交流を通じて新しい価値を創造し、先んじて展開する。そのスピードを最大限活かすことで、大企業と渡り合うだけ力を付けることもできる。先んじて市場での地位を確立できれば、いかに大手といえども、それを突き崩すのは容易ではない。新しい事業分野では高層ビルの大企業より横丁の中小企業が有利である。
【コスギとムサコ】
元々武蔵小杉は、武蔵を省略して「コスギ」と呼ばれてきたが、川崎市が再開発地域の愛称として「MUSACO(ムサコ)」と過去に決めたこともあり最近では「ムサコ」とも呼ばれ始めている。超高層マンションに住む高感度の奥様方を形容する「ムサコ妻」という表現も生まれてきている。横丁の「コスギ」族の巻き起こす新たな風にも期待したいものである。
■加藤 茂 (かとうしげる)
一般社団法人東京都中小企業診断士協会 中央支部執行委員