田島 悟

 日本企業(製造業)の東南アジア工場(2社)の診断・指導をした際に、2社の社長は作業者への接し方や福利厚生への対応などが全く対照的であり、そのことが最終的な企業経営の結果(売上げや利益等)に影響を与えていた。
●経営者が作業者の福利厚生に関心を持つA社の状況
 A社は、社長が昼食の際に現地人作業者と同じ食堂で同じ食事(業者が毎日配達する)を食べ、作業者と片言の英語や現地語を混ぜながら、毎日親密なコミュニケーションをとっていた。この社長は作業者が食べる食事の献立の内容や質や量をすべて把握しているため、食事の内容も作業者が満足する内容になっていた。しかも、毎日のコミュニBーションによって社長と作業者の間には心理的な壁がなく、何でも話しあえる雰囲気を作っていた。したがって、作業者は社長に協力したいという意識を持っており、作業者の退職率も、その国の中では比較的低いレベルで推移していた。
●経営者が作業者の福利厚生に関心を持たないB社の状況
 一方のB社は、社長と一部の日本人幹部は社長室に業者から毎日日本食の出前を配達してもらい、幹部だけで食べ、作業者用の食堂にはほとんど足を運ばなかった。現地人用の食堂は管理・監督者用の食堂と作業者用の食堂に分かれていた。社長や日本人幹部は、作業者用の食堂で作業者がどのようなものを食べているかに全く関心を払わなかった。そのため、作業者用の食堂の食事は食材の質や味などが低下していった。ある日、作業者用の食堂での料理の中に魚の骨と頭だけが入っていたという事件が発生し、作業者は不満を募らせた。とうとう作業者の代表が、日本人幹部に直訴し、「体を酷使する仕事では、食事の質や量が作業の質に大きく影響するので、食事の質を上げて欲しいと」と主張し、食事内容の改善を要求した。その要求を受け入れ食事配達業者に連絡したため、一時的に質は向上したが、日本人幹部が作業者の食事に関心を払わない状況の中で、やがて食事の質は再度低下し、作業者の食事が根本的に改善することはなかった。このB社では、作業者と日本人幹部の間のコミュニケーションは希薄で、作業者の退職率も高かった。過去には重度の労働災害も発生していた。私はB社の幹部に対して、週に1度でも良いから、作業者用の食堂で作業者と同じものを食べ、たとえ片言の言葉を組み合わせてでも、コミュニケーションを取るように提言した。
●上記の2社から得た教訓
 この2社の例からわかるように、アジアの新興国の工場で経営者になった場合は、作業者の福利厚生に関心を持つことが、円滑な企業経営のための重要な要因になる。経営者が作業者用食堂の混雑の度合い、食事の内容、寮の設備内容、通勤専用バスの混雑の度合いなどに関心を持ち、作業者が大きな不満を持つ前に事前に不満要因を改善することが、退職率の低減やストライキの防止、生産性の向上などにつながる。そして、最終的には従業員の満足度の向上が企業の売上や利益の増加に大きく貢献するのである。
 
 
 
■田島 悟(たじま さとる)
ブレークスルー株式会社 代表取締役社長
東洋大学大学院 経営学研究科 中小企業診断士登録養成コース講師
中小企業診断士
独立行政法人 国際協力機構(JICA)専門家
公益財団法人 日本生産性本部コンサルタント
国際機関APO(アジア生産性機構)専門家
主な著書
「生産管理の基本としくみ」(出版社:アニモ出版)
「生産管理の基礎知識が面白いほどわかる本」(出版社:中経出版) 他多数
電子メール: satoru.tajima@nifty.com