田島 悟

 最近は中小企業(主として製造業)がアジア等の新興国に進出する例が多く、外務省、JICA(国際協力機構)、中小企業診断協会などが、日本の中小企業の海外進出支援策を行っている。
 こういったトレンドに合わせて、このコラムでは、筆者が経験した事例を元にして、発展途上国での工場経営の留意点について述べてみたい。
【事例1】 経営者が率先垂範して5S活動を行う
 某アパレル系日本企業のベトナム工場(従業員数は約100名で日本人は社長のみ)でコンサルティングを行った時に日本人社長から聞いた事例である。この企業では、ほとんどの作業者は若いベトナム人女性である。5Sを工場全体に導入しようとしていた社長は、作業者に5S活動の一環として毎朝工場の床を掃除するように言った。しかし作業者は、掃除要員として採用されたのではないという理由で難色を示していた。海外の工場では一般的に仕事区分が明確に規定されており、入社する際に説明を受けた仕事と違う仕事をさせようとすると抵抗する場合が多い。
 日本人社長は、作業者が掃除をすることの抵抗を除くために、自ら率先垂範して毎朝工場の床の掃除を始めた。それを見ていた作業者は毎朝掃除をする社長の姿に感銘を受け、数日後には社長と一緒に工場の掃除を始めた。また、ベトナム人の管理監督者も社長や作業者の行動に影響されて自ら5S活動を行うようになった。約半年後に5S活動は完全に定着して効果を上げることができ、業績も向上した。
 この事例からわかるように、海外においては工場内の掃除はその職種で入社した人だけが行うという意識を持っている人が多いために、製造の作業者でさえも抵抗がある。その意識をなくすために最初の段階では日本人経営者や管理監督者が掃除道具を持って自ら5S活動を行うことは有効な手段となる。特に製造業の場合は、会社のトップが末端の作業者と一緒になって体を動かすことによって、社員全員が一体感を持つという特性が経営上有効にはたらくことが多い。
 なお、以上の内容は、ベトナムでの日系中小企業の場合の事例である。会社の規模やその国の情勢によっては、経営者が掃除をすることが有効に作用しない可能性も考えられるので、その国の慣習や歴史をよく知ってから行うことが重要である。特に宗教が関係する場合は日本人が知らない慣習が存在する可能性があるので、清掃作業に対して慎重に対応することが望ましい。
【事例2】 従業員による盗難への対策
 ある日本企業の中国工場(中小企業)で、5Sに関する研修と簡易コンサルティングを行った。その際に「整頓」の具体的な例として、誰でも見えるような壁のようなものに工具の形を線で書き、その上に工具を配置すると探す時間がほぼゼロになり効率的であるという話をした。これは日本や他の国で5S活動がさかんな工場では非常によく行われている整頓の定番の手法である。
 しかし、この会社の日本人社長は、この提案に対して日本の工場では通常発想しないようなことを言ったのである。それは、誰でも見える場所に工具を配置すると、工具を従業員に盗まれる可能性が高いので、鍵がかかる机の引き出しの中で同じことを行いたいという修正案であった。この社長の意見は「目で見る管理」の考え方からすると正反対の発想であった。
 日本では、遠くからでも良く見えるように、キャビネットの扉をわざとはずして、工具や測定器具を決められた場所に配置する場合も珍しくない。しかし中国や東南アジアの工場では、会議室、キャビネット、机の引き出し等いたるところに鍵がかけてある場合が多い。工場で使う工具や部品を誰でもすぐに使えるような場所に置いておく日本の工場とは正反対である。
 その後、この社長から話を聞いてみると、工具・検査器具・部品・製品などさまざまなものが盗難にあい、状況から推測すると従業員が盗んだとしか考えられないということであった。この話を聞いて、過去に東南アジアの各工場の日本人経営者から聞いた以下のようなさまざまなエピソードを思い出した。

現地人の管理者やエンジニアに大規模な研修を行い、詳細なテキストを配布したが、1週間後くらいに社長が古本屋をのぞいたら、その研修のテキストが売られていた。

夜中に、現地人従業員が工場の窓から製品を工場の外に出し、外で待っていた仲間が受け取って盗み出した。
 また、筆者が見学した日本の大企業の東南アジアにある工場では、従業員が仕事を終わって帰宅する際に、飛行場のボディーチェックのようなゲートを通るルールになっており、金属製品を持っているかどうかがわかるようになっていた。また、カバンの中身をチェック担当者がすべてチェックするルールになっていた。このようなルールにすると、チェック担当者の人件費やボディーチェック設備の費用など、経費がアップするにもかかわらず、これらのルールを定めているのは、それだけ従業員による物の盗難が多いという国情によるのであろう。
 アジアの新興国の経営者になった場合は、従業員を信頼して仕事をまかせることはもちろん重要なことである。しかし、物品の盗難を発生させないような仕組みやルールを前もって設定しておくことは重要なことである。盗難が発生するかもしれないすべての事態を前もって想定して、容易に物が盗み出せないようなしくみ(ある種のポカヨケ機能)を組み込んでおくことがポイントである。
 
 
 
■田島 悟(たじま さとる)
ブレークスルー株式会社 代表取締役社長
中小企業診断士
(社)中小企業診断協会 東京支部中央支会理事 国際部副部長
東洋大学大学院 経営学研究科 中小企業診断士養成コース講師
日本生産性本部コンサルタント
JICA(国際協力機構)専門家
主な著書:
「生産管理の基本としくみ」(出版社:アニモ出版)
「生産管理の基礎知識が面白いほどわかる本」(出版社:中経出版)
「”JIT生産”を卒業するための本」(出版社:日刊工業新聞社) 他多数
電子メール: satoru.tajima@nifty.com