経営診断事例「あるべき姿プロジェクトにより営業赤字を脱した企業事例」(2018年1月)
<事例>
A社は、東京都内で複数の店舗を持つ紳士服小売業(オーダースーツ)を営んでいる。一部店舗では婦人服も取り扱っている。業態は2業態あり、従業員は約20名。
社長は2代目であり、創業者である社長の父親は現会長である。
当社の状況を客観的な目線から把握したいと、中小企業診断士にアドバイスを求めることにした。
<診断>
3人の中小企業診断士でチームを組み、財務諸表や販売データ、各種研修資料・マニュアルなどをもとに、外部環境分析、従業員ヒアリング、財務分析を通して、当社の置かれている経営環境と強み・弱みを総合的に診断した。
①外部環境
内閣府「消費者動向調査」によると消費者態度指数が好転しており、その傾向は特に「耐久消費財の買い時判断」に顕著に見られ、「中くらいの買い物」の動機は上向き傾向にあった。これは当社にとって機会である。
一方、紳士服市場の縮小傾向と低価格化や、縫製工場の減少と競争激化による納期の長期化や交渉力低下は脅威と言える。
②従業員ヒアリング
従業員の意識では、当社に対する評価は総じて高かったが、特に能力開発や人事考課の点において当社を非常に高く評価している。さらに強化したい点としては、勤労意欲や労働環境の改善があげられた。また、従業員の利益に対する意識が低いことがわかった。顧客満足度に対する意識は非常に高かったが、接客・販売方法は個人に委ねられており、組織としての基準がなかった。
③財務分析
営業赤字が続いている状態である。売上高は直近で増加しているものの、営業利益の黒字化にはつながっていないことがわかった。店舗による売上高にはばらつきがあり、売上に寄与しているが、利益に貢献できていない店舗も存在した。
売上高が8%アップすれば、営業利益の黒字化が達成できる見込みである。
以上の分析結果より、3つの経営課題「事業戦略に基づく計画の策定」「利益意識の向上」「組織的な営業力の強化」を抽出。
<支援>
3つの経営課題を抽出したが、「どう変わるべきかわからない」という社長の悩みから、全員が参画意識を持つプロジェクトを発足させた。全員が共有する“目指す姿”を明確にする「あるべき姿プロジェクト(あるP)」である。あるべき姿へのステップを3フェーズに分け、Phase1、Phase2を支援。
①Phase1
理想のお店像=ありたい姿を作ることを目的とし、既成概念にとらわれないで発想発言する場を作り、共通のビジョン・目標を設定してベクトル合わせを行った。各メンバーが持ち寄ったありたい姿を集約して、業態別のありたい姿を策定し、全員で合意。
これにより、業態の方向性が明確になり、ターゲット・商品・サービスなどの根幹となる軸ができた。
②Phase2
現状把握、ギャップの解消、行動計画を策定することを目的とした。
Phase1で決定された業態別のありたい姿によって、理想とすべき接客・商品・店舗・販促などのイメージに基づき、現状と乖離している部分を洗い出した。そのギャップを埋めるための方法論を議論し、実現の難易度等を設定。実行の優先順位、担当者、実行スケジュールを決定した。
<実務>
期間は総合経営診断も含めて1年間。3ヶ月で分析、ヒアリングを実施し、報告書にまとめた。その後、「あるP」が発足し、Phase1で1日8時間×3回で社長も含めたメンバーによる議論を行い、ありたい姿をまとめた。Phase2は1日8時間×4回実施し、実行プランまでをまとめあげた。
<その後>
「あるP」の効果として、「さまざまな会議等で迷った時は自分たちのありたい姿がどうであったか、ということに立ち返る」という従業員の意見を伺うことができた。
また、社長からは、「オーダースーツ業界が上向きにあることから、「あるP」の効果だけではないが、売上が順調に増加しており、当初目標としていた売上高8%アップを大きく上回る結果が出た」という結果をいただいた。また、「あるP」で意志判断の基準が明確にされたとのお言葉をいただいた。「あるP」後は、会社方針の明文化を行い、会社としてのあるべき姿も明確にされたと言う。Phase3の実行計画も順調に進んでおり、9月オープンの新店舗でも目標を達成し、12月の売上も好調とのことである。
管理職の育成等、主に人材面における新たな課題も見つかっているが、「あるP」で培ったノウハウを活かし、新たな課題の解決にも取り組まれることを期待している。
(略歴)
■村尾 奈津(むらお なつ)
中小企業診断士
創業セミナー等のセミナー講師、Webマーケティング、業務改善等コンサルティングに従事。公的機関の専門家にも携わる。
E-mail:natsu_work@yahoo.co.jp