専門家コラム「2023年度の人事関連法改正」(2023年1月)
はじめに
2022年度の注目すべき人事関連法改正として、10月に施行された「産後パパ育休」(出生時育児休業)や「育児休業の分割取得」がありました。働き方改革の一環として、我が国において遅れていた男性の育児休業取得を推進するものです。2023年度にも、働き方改革の更なる推進、さらにデジタル化・キャッシュレス化を背景に人事関連の法改正がいくつか予定されています。本コラムではそのうち3つを紹介します。
1.時間外労働に対する法定割増賃金率の引き上げ
2023年4月から中小企業においても、月60時間を超える時間外労働に対する法定割増賃金率が50%に引き上げられます。引き上げ自体は2010年の労働基準法改正で決まったものですが、中小企業は猶予措置として25%のままとなっていました。しかし2019年4月に施行された「働き方改革関連法」によって中小企業の猶予措置の終了が決定しました。
引き上げにより割増賃金計算は下表の通りに変わります。
今回の法定割増賃金率引き上げの背景として、特に中小企業で深刻な人手不足が魅力ある職場づくりによって解消できるのではないか、という考え方があります。企業としては次のような対策を検討する必要があります。
(1) 労働時間の適正化
労働時間の現状を正しく把握し、労働者ごとの労働時間に大きな差がある場合は仕事量が適正 かを確認します。業務量を是正することによって時間外労働時間が平準化され、月60時間を超える時間外労働が減ることが期待できます。
(2) 業務の効率化
業務のマニュアル化や設備の導入によって業務を効率化することは時間外労働の減少につながります。生産性向上のメリットも期待できます。
(3) 勤怠システムの更改
前述した計算方法の変更はもちろん、働き方改革の観点からより厳密に労働時間を管理できるシステムへの移行も検討すべきです。結果の把握だけではなく月60時間を超えそうな労働者の早期発見やアドバイスが求められます。
2.給与のデジタル払い
2023年4月から給与のデジタル払い制度が導入されます。企業が銀行口座を介さず、スマートフォンの決済アプリ(〇〇Payなど)や電子マネーを利用して振り込むことができる制度です。
制度を推進する厚生労働省は、その趣旨について「キャッシュレス決済の普及や送金サービスの多様化が進む中で、資金移動業者の口座への資金移動を給与受取に活用するニーズも一定程度見られる」と説明しています。ここで「資金移動業者」とは決済アプリ等の運営企業を指し、その口座への資金移動による給与受取というのが給与のデジタル払いを意味します。
本制度はもともと、日本の銀行口座を持たない外国人労働者への給与支払いを念頭に検討が進められてきました。しかし安全性の検討を進める中で「口座残高の上限100万円」の制限が設けられ、それを超えた分は銀行口座へ退避する運用となりました。つまり銀行口座との紐づけが必須となったため、議論の発端であった外国人労働者への給与支払いには使いにくいものとなっています。結局銀行口座へ入るのであれば、最初から銀行振込にすれば良いのではという議論もあり、制度の使い勝手に疑問が生じています。
給与のデジタル払いについて、企業側のメリット・デメリットは下記の通りです
●企業のメリット
(1) 銀行口座を持たない従業員への支給手段
外国人労働者が銀行口座を持つことはハードルが高く、現金手渡ししかなかった支給手段に新しい選択肢が生まれる。ただし上述の通り、現在の運用ではそのメリットはほとんどない。
(2) 口座振込手数料の削減
決済アプリ内での入金は無料または非常に安い手数料で行えることが多い。従来の銀行振込と比較して給与支払いのコストが大幅に軽減できる。
(3) 給与支払い頻度の柔軟化
給与支払いのコストが軽減されることで、給与支払いを月1回に限る理由がなくなる。ニーズに合わせて日払い・週払いとすることも現実的となり、人材確保につながる可能性がある。
(4) イメージ向上
社会の変化に積極的に対応し、多様な給与支給ニーズに応える企業というイメージを内外に与える。その結果、採用面や従業員満足度面でプラスの効果が期待できる。
●企業のデメリット
(1) 業務運用が二重化する
給与の全額をデジタル払いにすることを希望する従業員はほぼいないと考えられ、結果的に支払先口座が増加する。従来の支払いデータに加えてデジタル払い用のデータを出力する必要が生じる。
(2) 口座確認が困難になる
銀行口座は銀行名・支店名や受取人名を目視で確認できるが、決済アプリのキー情報は機械的な文字列コードが多く、正当性担保がほとんど不可能である。
(3) システム開発・運用費用が増える
既存の銀行振込システムを全面的に代替するものではないため、これまでの運用をそのまま残した上に追加のシステム構築が必要とあり、運用費用も二重に発生することになる。
3.育児休業取得の状況を公開義務化
2023年4月から従業員1000人を超える企業で、年1回、育児休業の取得状況について公表することが義務付けられます。現在は「プラチナくるみん」の認証を受けた企業のみが公表していますが、法改正によって対象が拡大されます。
中小企業は義務化の対象外ですが、積極的に公表することで企業イメージを向上し、採用面や退職防止の効果が期待できます。
公表が義務付けられる項目は「育児休業等の取得率」又は「育児休業等及び育児目的休暇の取得率」と定められています。
<参考リンク>
月60時間を超える時間外労働の割増賃金率引き上げ
https://www.mhlw.go.jp/content/000930914.pdf
資金移動業者の口座への賃金支払(賃金のデジタル払い)について
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/shienjigyou/03_00028.html
育児・介護休業法について
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000130583.html
<略歴>
浜崎正和(はまさきまさかず)
東京都中小企業診断士協会中央支部 執行委員・総務部副部長
中小企業診断士、情報処理技術者プロジェクトマネージャ、SAP認定コンサルタント
IT業界で30年以上勤務、専門は組織・人事で10社以上の人事システムに携わった。