1.はじめに
 労働安全衛生法が改正され、平成28年6月1日から危険有害性のある化学物質(640物質)について事業場におけるリスクアセスメントが義務づけられたことをご存知でしょうか?
 業種、事業場規模にかかわらず、対象となる化学物質の製造・取扱いを行うすべての事業場が対象となります。現時点では罰則はありませんが、労働者の安全や健康に係わってきますので経営的にも対応を考えていく必要があります。
 危険有害性のある化学物質なんて使っていない、と思っている方もいるかもしれません。危険有害性のある化学物質は、洗浄や接着・塗装などで利用されていることが多く、機械加工・金属加工、皮革、ゴムなどの製造業だけでなく、塗装、ビルメンテナンス、印刷・製本業、土木工事、ネイルサロンなど、いろいろな業種で危険有害性のある化学物質を含む製品が使われており、労働災害のリスクがあります。
 化学物質(危険物、有害物)に起因する労働災害は、なんと年間500件程度発生しています。2012年には大阪の印刷会社で洗浄液に長時間接していたことが原因で作業員が胆管がんになる、という健康障害につながる例も起こっています。これらの災害の中には作業者が知らない、あるいは不注意により発生しているケースも多くあります。このような事態にならないためにも、今回の労安法の改正をよい機会と考えて、ぜひリスクアセスメントを行い、労働者の安全対策を見直しましょう。

2.リスクアセスメントの流れ
 リスクアセスメントはどのように進めればいいのでしょうか?
 リスクアセスメントの基本的な流れは、化学物質などによる危険性または有害性の特定 → リスクの見積もり → リスク低減措置の内容の検討 → リスク低減措置の実施 → リスクアセスメント結果の労働者への周知、というステップとなります。
 
(1)ステップ1:化学物質などによる危険性または有害性の特定
 職場で化学物質を扱っている業務を特定し、工程・作業で使用する化学品の危険性・有害性の特定を行い、リスクアセスメントの対象となる業務を洗い出します。対象の化学物質は危険有害性のある化学物質(640物質)です。

一定の危険有害性のある化学物質(640物質)
http://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen_pg/GHS_MSD_FND.aspx

 これらの化学物質を取り扱っている場合に、化学物質メーカーから配布されるSDS(安全データシート)や容器に貼られているラベルで危険性・有害性を確認します。

 GHSマーク(絵表示)には以下の9種類の絵があります。
20161228
                        厚生労働省のパンフレットから

(2)ステップ2:リスクの見積もり
 ステップ1で調べた危険性・有害性の情報を用いて、自社に最も適した方法でリスクの見積りを行います。リスクの見積もり方法にはいろいろな方法があり、どの方法を利用するか決められていません。
 リスクの見積りでは実際の作業環境濃度の測定が望ましい方法ですが、費用の面等を考えると困難かもしれません。まずは比較的使いやすく、リスクの低減措置のアイデアが示されているのがコントロールバンディングです。厚生労働省のホームページ内のサイト「職場のあんぜんサイト」で紹介されています。SDS の危険有害性情報や化学物質の使用量、作業内容などの必要な情報を入力すると、リスクレベルと、それに応じた実施すべき対策及び参考となる対策シートが得られます。ただし、作業時間や換気の状態を考慮していないのでリスクの見積りとして厳しい結果が示される傾向があります。

簡易なリスクアセスメント手法「コントロールバンディング」
http://anzeninfo.mhlw.go.jp/ras/user/anzen/kag/Default.aspx

(3)ステップ3:リスク低減措置の内容の検討
 定められたリスク低減措置として何があるかを再度確認し、優先順位を踏まえ、労働者の危険または健康障害を防止するためのリスク低減措置の内容を検討します。自社・事業場で実施する措置を自ら決定します。
 危険性又は有害性のより低い物質への代替、運転条件の変更、取り扱う化学物質等の形状の変更などの抜本的対策や、化学物質などに係る機械設備などの構造見直しや安全装置の二重化、密閉化、局所排気装置の設置などの作業環境管理、作業手順の改善や立入禁止等の管理的対策・化学物質等の有害性に応じた有効な保護具の使用などの作業管理があります。

(4)ステップ4:リスク低減措置の実施
 ステップ3のリスクの見積りで、作業環境濃度が許容濃度より低いなど、リスクが無いか低い場合にはそれ以上の対策をする必要はありません。リスクが高い場合にはリスクの低減措置を検討する必要があります。
 低減措置には、機械設備の改良や設置、蓋のない容器に蓋をつけたり容器を密閉、発散の少ない作業手順に見直しや立入り禁止等を設ける管理的方法、使用化学品の変更や作業条件の変更、保護具の使用等が考えられます。これらの中から、優先順位をつけて低減措置を実施する努力義務が課せられています。

(5)ステップ5:リスクアセスメント結果の労働者への周知
 リスクアセスメントの結果については、従業員に内容を周知することが必要です。周知は労安法上の義務となっています。周知の結果、従業員が、化学品の危険有害性と作業におけるリスクを理解して、決められたルールを順守して、万が一の場合の適切な応急対応ができるようにし、従業員が自分で自分自身を守ることができるようにします。
 周知する内容は、対象の化学物質等の名称、対象業務の内容、リスクアセスメントの結果(危険有害性、リスク見積り結果)、実施するリスク低減措置です。
 周知する方法は、作業場に常時掲示(たとえばポスターなど)、または備え付け、書面を労働者に交付、電子媒体で記録し、作業場に常時確認可能な機器(パソコン端末など)を設置することが考えられます。

3.リスクアセスメントの効果
 リスクアセスメントを実施することで、事前に適確な安全衛生対策を講ずることができるようになります。
 職場の潜在的な危険性又は有害性が明らかになり、危険の芽を事前に摘むことができます。さらに、職場全体の安全衛生のリスクに対する共通の認識を持つことができ、業務経験が浅い作業者も危険性や有害性を感じることができるようになります。
 経営的にも、リスクアセスメントの結果を踏まえ、リスクの大小などの見積り結果などによって、対応の優先順位を決めることができるようになります。

4.最後に
 労働者の安全を配慮するのは事業者の責務(安全配慮義務)です。化学物質による労働者の健康障害を防止するためにも、リスクアセスメントの実施は、企業のリスクマネジメントの一環として経営層が問題意識をもって取組むべき項目です。
 化学物質、というと難しそう、何をどうしたらいいのかわからない、となりがちですが、厚生労働省でも相談窓口が設けられて気軽に相談できる状況になっています。また、中小企業診断士のグループでも訪問相談などの対応をしています。今回の法改正で義務化されたことをいい機会であると考えて労働者が安全に健康に働けるための職場の安全衛生対策を講じていきましょう。

化学物質管理に関する相談窓口のご案内 ラベル・SDS・リスクアセスメント(厚生労働省)
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000046255.html

■高鹿 初子(こうろく はつこ)
中小企業診断士
東京都中小企業診断士協会 中央支部執行委員 研修部部長
技術士(総合技術監理部門・情報工学部門)、情報処理技術者(システムアナリスト)