専門家コラム「床屋に明日はあるか」(2016年10月)
あなたは床屋に通っていますか?“はい”の男性の方、ではなぜいまの床屋を利用していますか?マスターと気が合う。なんとなく落ち着く。自宅に近いから・・・理由は様々でしょう。10分1,000円という業態の床屋もあります。早くて安いが一番という方もいらっしゃるでしょう。
小さい頃は母が鋏で髪を切ってくれていましたが、いつのころから床屋に通い始めていました。小学生の頃は椅子にじっと座っているのが嫌でたまりませんでした。でもおやじになった今では、シャンプーやマッサージ・髭を剃ってもらう時間は私の至福のひと時です。
そんな床屋がいま苦境に立たされています。ここで床屋を取り巻くデータをみてみましょう。
・理容市場規模:縮小している
理容市場 H26年 6,473億円 前年比 98,1%
(参考:美容市場) H26年 1兆5,285億円 前年比 98,7%
(資料:㈱矢野経済研究所)
・日本の人口予測:顧客の減少
日本 H22年 128,057千人 ⇒ H42年 116,618千人 91,1%
(資料:国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(H24年1月推計)」
・現役理容師数、軒数:ともに減少
理容師数 H10年 251,859人 ⇒ H25年 234,044人 92,9%
軒数 H10年 142,786軒 ⇒ H25年 128,127軒 89,7%
(資料:厚生労働省「衛生行政報告例」)
・理容学校入学者数:床屋担い手の減少
H12年 2,330人 ⇒ H26年 847人 36,4%
(参考:美容学校)H12年 21,538人 ⇒ H26年 18,292人 84,8%
(資料:文部科学省「学校基本調査」)
・床屋経営者の平均年齢:高齢化の急速な進展
H20年 61,3歳 ⇒ H25年 64,6歳
(資料:理容統計年鑑)
・個人経営比率: 94,3% H22年(資料:理容統計年鑑)
厳しいデータばかりですが、これが現実です。
特に顕著なのが担い手の極端な減少です。理容学校の入学者は平成26年には847人しかいません。これは全国の数字です。仮に全員が後継ぎ候補としても100軒に1軒も後継者がいないのが現状です。また、理容師は増やそうにも即席栽培は無理なのです。理容学校に2年通学し、就職してから2~3年アシスタントを経てやっと一人前です。理容師資格(国家資格)を取得していなければお客様にさわることはできません。
さらに経営者の高齢化も急速に進んでいます。平均年齢が年金支給開始年齢に迫ってしましました。60~70歳代の経営者が鋏を置いた時、後継ぎがいない床屋はどうなるのでしょうか。
床屋の担い手減少の根本的な要因として以下のことが考えられます。
・構造的に生産性が低い。
2人以下の店舗が7割近くを占め、4人以下の店舗で9割を超えています。個人経営は9割を超えています。理容師1人当たりの平均年収は300万円に満たないといわれています。中小企業白書でもサービス業の生産性の低さが謳われていますが、床屋はまさにその典型のような存在です。1対1の対個人サービス業であり、構造的に生産性を高めにくい体質となっています。
・歴史的に就労環境が厳しい。
労働時間が長い上、一日中立ち仕事です。就職当初は最低賃金ぎりぎりの給料です。徒弟制度の体質が残っており、就業後に技術の習得のための練習です。3K職場(きつい、勤務時間が長い、給料が安い)といっても過言ではありません。
こんな状況では親も後を継いで欲しいとはいえないでしょう。
床屋の厳しさは上述の通りです。一方で、消えてなくなってしまうことはないでしょう。生活に直結した必要な産業であることは間違いありません。今後、人口減少下で理容室軒数もスタッフ数も漸減し適正規模に向かうと考えるが常識的でしょう。
では、生活必需産業として細々と生きながらえるだけでいいのでしょうか。否、もっと魅力的な職業にするために頑張って欲しい。やる気のある床屋が切磋琢磨しお客様を惹きつけて欲しと思います。
近所の私が通っている床屋には、家族や趣味のこと・額が広くなってしまったこと等、なんでも話せ聞いてもらえるマスターがいます。ヘアスタイルについても似合うかどうかをはっきりと指摘してくれます。それが気に入り、かつては一家4人で通っていました。息子2人は家を離れましたが、いまも10数年来家内と私は通っています。40代半ばのマスター、そのお母さん、20代のスタッフの3名で営業しています。マスターは数年前に全国理容生活衛生同業組合連合会主催の「レディスカット部門の日本チャンピオン」になりました。誠実な技術者肌の方で、当時近くの女子大生をカットモデルに夜遅くまで練習していたのを覚えています。老若男女問わずお客様がいらっしゃり繁盛しています。
また最近経営相談にうかがった東京郊外の床屋ですが、マスターは30歳代前半で、夫婦2人で切り盛りしています。ここは対象顧客にこだわっています。「かっこいい男をつくる・男がくつろげる床屋を目指す」として、店構えもメニューも男のための床屋として取組んでいます。調髪料金も4,000円を超え決して安くはありません。お客様の3割強は都心部の商圏外から通っています。
この両床屋に共通しているのは強みを持っていることです。自店の強み・特徴は何かを知りそれを磨いています。こんな取組みがお客様にとって魅力的に感じるのではないでしょうか。そして、お客様に似合うかっこいいヘアスタイルを創り、髪の洗い方や自宅でのスタイルの仕方等さりげなくアドバイスする。そんな床屋はいつの時代でも繁盛するはずです。少し料金は高いが、それ以上に「かっこいいヘアスタイルと至福の時」という価値を提供する。そんな「床屋」に明日はくる!!理美容業界に身を置いてきた者としてそう信じています。
略歴:宇都宮 徳久(うつのみや 徳久)
東京都中小企業診断協会中央支部 執行委員 研修部副部長