Global Wind (グローバル・ウインド)
『ASEANのロジスティクスにおける現状と課題に関する考察』

土田 浩之

1. はじめに
 筆者は外資系コンサルティングファームのコンサルタントとして、2015年よりインドネシアに駐在しており、主に日系企業の海外進出支援や現地での戦略策定・オペレーション最適化などを中心に様々な案件に携わらせて頂いている。今回は中でも近年その重要性を増しつつあるASEAN地域におけるロジスティクスについて、筆者の経験をもとに考察を述べさせて頂きたいと思う。
2. ASEAN地域におけるロジスティクスの重要性
 グローバル化の進展に伴い、ASEAN地域は日系企業にとって重要な生産拠点や市場となっており、この地域でのロジスティクスの高度化が日系企業の競争力を左右する非常に重要なファクターとなっている。ところが、筆者が日々クライアントと接することで感じることは、ASEAN地域における戦略を検討する際には、新規事業戦略や営業戦略を優先して立てるものの、物流戦略までに落とし込んだ戦略が御座なりとなり未整備であるケースが多いという事だ。国際物流業務に関する調査結果(UPS社調査)によると、9割近くの企業が国際物流業務の重要性を認識しつつも、8割の企業が依然として物流業務の効率化・最適化には至っていないという回答結果もあり、ASEANに進出している日系企業における物流の現状を物語っている。
3. 日系企業が今やるべき3つのこと
 そのような状況の中、2015年末を目途に、ASEANにおいてアセアン経済共同体(AEC)が発足される予定であり、グローバル企業の関心が高まっている。特に物流領域においてAEC設立に向けて大きな環境変化が起き始めており、先進的な企業はすでにAEC設立後を見込んだ戦略立案に取り組んでいる事例も散見している。こうした先進企業は、外部環境の変化を捉え、自社のロジスティックアセスメントなどを通して自社の物流状況の可視化し、環境変化に応じた戦略の立案を行っている。貴社またはクライアント企業では、自社のロジスティックは的確に把握出来ているだろうか。AEC設立を受けた外部環境変化の把握は進んでいるだろうか。アジアでビジネスを展開する日系企業にとって「AEC設立を受けた外部環境変化の把握」、「自社ロジスティックの可視化」、「環境変化に応じた物流戦略の立案」は今まさに取り組むべき直近の重要課題となっている。
4. ASEANに進出している日系企業における物流の現状と課題
 ASEANでビジネスを展開する日系企業は上記課題に対して積極的に取り組めているのだろうか。前述のUPS社調査によると、ASEAN地域で事業を展開しているグローバル日系企業は、「コスト面」・「リードタイム面」で物流課題を抱えている企業が多いことが分かる。ただし、こうした課題を認識しつつも、前述のように物流戦略を御座なりとしてきた結果、依然として物流業務の効率化・最適化には至っていないというのが、ASEANに進出している日系企業の現状である。
5. 課題の要因に関する考察
 では、このような課題が上位となっている理由は何であろうか?それらの要因を分析することで、今後の進むべき道筋が見えてくるのではないかと考える。筆者の考察では、要因は大きく外部環境に起因する「外部要因」と企業内部のオペレーション成熟度に起因する「内部要因」の2つに大別されると考える。以下、各要因について説明したい。
 A) 外部要因
外部要因の構成要素としては、「ハード」・「ソフト」・「ヒト」の3つに細分化できる。
 a) 「ハード」面においては、陸路および海路において、未整備の物流インフラの影響で、スムーズなモノの流れが実現できていないことがASEANの現状である。例えば、インドネシアの首都ジャカルタは世界一の渋滞国であり、陸路では数キロの距離であっても1時間以上程度かかることはざらにある。海路においても港で大渋滞が発生して入港までに4時間待機するといった話もよく耳にする。このような状況下で、追加コストや配送遅延が頻発することで、企業が想定している以上に物流コストやリードタイムが発生してしまっているのである。
 b) 「ソフト」面においては、通関において、手続きが非常に煩雑であり処理の完了までに時間を要するというのがASEANの現状である。通関手続きだけで1ヶ月程度かかるといったケースも存在する。このような状況下で、ハード面と同様に、企業が想定している以上に物流コストやリードタイムが発生してしまっているのである。
 c) 「ヒト」面においては、急速な経済成長に牽引され、人件費が年々急上昇しているのがASEANの現状である。特に経済成長がめざましいタイやインドネシアにおいては、近年人件費が年率30-40%以上も高騰しており、もはやASEANは人件費が安いと単純に考えるべきではない状況である。企業においては、年々上昇する人件費も考慮した上での中長期予算を検討すべきである。
 B) 内部要因
内部要因の構成要素としては、「ロジスティクスネットワーク」・「輸送/倉庫能力」・「オーダーフルフィルメント」の3つに細分化して述べたい。
 a) 「ロジスティクスネットワーク」面においては、配送に関しては全てディストリビューターに任せており、自社の配送ネットワークを把握・管理できていない企業が多いというのがASEANの現状である。例えば、ASEANに進出後、事業の拡大に伴いディストリビューターを増やしていった結果、一国だけで50社程度の)ディストリビューターを利用することになり、これらディストリビューターの管理に手が及んでいない状況となっている事例も存在する。このような状況下で、自社のロジスティクスネットワークがブラックボックスとなり、リードタイムの効率化・最適化を実現できていないのである。
 b) 「輸送/倉庫能力」面においては、輸送能力や倉庫キャパシティの定期的な見直しを行っておらず、実需とかけ離れた過不足のある状態で運用している企業が多いというのがASEANの現状である。また、3PL業者を活用しているものの、長年の付き合いによる曖昧な契約形態により、契約・更新の基準が社内で明確になっておらず、最適なコストを実現できていないといった状況も見受けられる。このような状況下で、契約金額の過払いや配送遅延の頻発、倉庫での荷降ろしに必要以上に時間を要するといった事態が発生しており、企業が想定している以上に物流コストやリードタイムが発生してしまっているのである。
 c) 「オーダーフルフィルメント」面においては、システム化されていない業務が多く、マニュアル作業が多いため、担当者のオペレーションミスが頻発したり、顧客の要望に応えきれないといった事態が発生するのがASEANの現状である。例えば、受注後のアロケーション処理や配送計画作成などを全てマニュアル作業で行っており、内部処理に非常に時間がかかり、顧客から発注を受けた後に、納期の回答を行うことができないまま発送を行っているという事例も存在する。このような状況下で、オーダーフルフィルメントプロセスが非効率となり、リードタイムの効率化・最適化を実現できていないのである。
このようにASEANにおいては、整備途上のインフラなどの外部要因や企業内部の未成熟のオペレーションなどの内部要因により、日本と同等水準の物流サービスを提供することは非常に困難であり、企業が当初想定していた以上に物流コスト上昇やリードタイム長期化といった状況が発生してしまっているというのが現状である。
6. 課題解決の着眼点
 「外部要因」に起因する課題については、AEC(ASEAN経済共同体)の発足に合わせて改善が進行している。また、「内部要因」に起因する課題については、ASEANの現状を踏まえた上で自社のロジスティクス戦略を再構築することで改善が可能であると考える。なお、ロジスティクス戦略の再構築に向けては、詳細は割愛させて頂くが、以下のようなステップを踏むことが理想的である。
 a) ロジスティクスアセスメント
 市場環境の分析
 競合他社のロジスティクス能力の評価
 自社のロジスティクス能力の評価
 b) ロジスティクス戦略策定
 物流戦略のブループリント策定
 マスタプランの設計
7. さいごに
 以上のように、AEC発足も相まって、現在ASEANのロジスティクス環境は急速に変化を遂げている。このような中で、変化を捉えて自社のロジスティクス戦略の再構築に向けて一歩を踏み出す企業と、戦略不在のまま変化の波に飲み込まれていく企業とでは、将来の明暗がはっきりと分かれてくるであろう。ロジスティクス環境が急速に変化を遂げている今こそ、改めて貴社またはクライアント企業におけるロジスティクス戦略を見直してみては如何であろうか。
■土田 浩之(つちだ ひろゆき)
2012年中小企業診断士登録。現在、外資系コンサルティングファームのインドネシアオフィスに出向しており、主に日系企業の海外進出支援や現地での戦略策定・オペレーション改革などの案件に従事している。
(連絡先)tsuchi.com@gmail.com