グローバル・ウインド 南ア便り第6号(2015年11月)
Global Wind (グローバル・ウインド)
南ア便り第6号
最終回は海外での単身生活を振り返っての感想を記したいと思います。
1.単身生活の秘訣(長期滞在の場合には家族帯同の道も)
過去に国内と海外で何度か単身生活を経験する機会があり、その時々で自分自身に、何らかの動機づけを課して、今を生きることに意味を持たせようと思ってきました。
今回の最も大きな動機づけは「このまま無為に年をとりたくない」、そして「己に出来ることを、必要としている、より多くの人たちに分かち合いたい」というものでした。その意味で今回の経験は自分自身を変える、大きな満足を味わうことができました。
秘訣といえば、出発前の研修中に学んだことで、派遣先のニーズと自分自身の期待感とのミスマッチから挫折感を味わうことが多いと聞かせられていましたが、自分自身で経験してみて実感したのですが、
・自分自身の守備範囲を限定せず、できることは何でもやる
・決して悲観的にならず、どうすればできるかを考える
この2点に尽きるのではと思います。
私生活では、「郷に入っては郷に従え」のとおり、可能な限り周囲の環境に溶け込むことかと思います。具体的には、現地の人々と可能な限り付き合い、お互いの文化を共有することでしょうか。ただ、経験論ですが、誰にも自分の世界が在るわけで、そこは決して譲歩する必要はないと思いました。教会にも誘われて何度か足を運びましたし、しょっちゅう近所の人たちが興味を抱いて遊びに来てくれましたが、やらなければならない仕事がある時は、適当に対応し、自分の世界を守ってきました。
ただ趣味の料理は、自分が食べたいという気持ちも手伝って、週1のペースで、近所の人たちも含め120食以上は提供する機会を得ました。日本食の味は、現地の人たちにも満足していただくことができ、この活動は対人関係、特に女性に親しみを深くできる方法につながったと思います。
2.異文化交流と、ストレスを溜めない方法
私たちが育った日本とその中で連綿と培われてきた精神風土は、同じ日本といえども地域間では大きな差があると言えるように、南アフリカ共和国内でも地域によって差はあるようです。日本の3倍以上もある国土の中で、12言語もあるわけですから、部族間での文化が異なるのは当然と言えるでしょう。
私が接してきた人々はその中でも少数民族のようです。歴史的に被支配階級であったこの人々は、たった6か月でこれを理解することは到底できないことですが、それでも目立っていたのは、人々の精神文化はとても高いのではと感じたことです。
以前にもお話ししましたが、「貴方が居るから、私が居る」という信頼関係は、今の私たちが大切にしなければならないことのような気がします。勿論、白人社会が支配してきた悲劇があり、その結果、この人々には一種諦めのようなものから、勤労意欲が失せていることは否めないのですが、それでも人々には人間として大切な互助の精神文化が今も根付いていて、最低の生活は守られているような気がします。首都プレトリアやヨハネスブルグ、あるいはケープタウンのような大都会は全く異なるようですが、私の派遣先の町で滞在中、物乞いをしている人々はついぞ目にすることはありませんでした。
女性の地位や、男性優位(家事労働は殆どが女性、一夫多妻が可能)の文化は奇異に感じましたが、これを高学歴の女性ほど素直に受け入れていることには寧ろ尊敬すべきことと思いました。
宗教も彼らに伝統的に受け継がれてきたものは民族舞踊や、民族衣装として今も残っていますが、被支配者となってキリスト教が席巻するようになったためか、支配者にとって都合の良いものになっていったような気がします。
衣食住の違いを比較しながら、日本人として気が付いたことは、日本人の文化が類まれなものであるということです。これは私たちだけの会話の中でしか話せないことですが、私のこれまでのアメリカ社会、中国人社会を含めての経験から、総合して日本人は非常に恵まれた存在であり、成功してきたと思えます。ただこれからの国際社会の中で日本だけが、豊かさを独り占めすることは許されないという観点でみると、私たちが後世に伝えなければならない課題はたくさんあるように思います。私は若者に積極的に国際人としての経験を積んで欲しいと願います。
最後にストレスを溜めないコツですが、これは自分たちの価値観を押し付けることをせずに、相手の知らないことを伝える。ただし選択するかどうかは相手が決めること。と割り切ることだと自分自身を納得させました。私自身、自分の親の価値観を捻じ曲げることは最後まで出来なかったことを思い浮かべれば何も不思議はなかったと後で気が付いたことです。
3.残された「生かされている今」の生き方
私は間もなく65歳を迎え、一般的に言えば定年をとうに過ぎ、現役世代から遠ざかってもおかしくはない世代になりました。しかし自分達の平均余命が長くなり、平均的な終末を迎えるまでの期間を考えると、このまま無為に生きていることが許されるのだろうかと考えてしまいました。かつての会社人間時代の米国本社の優等生が、老後は牧場主になってのんびり過ごしたいと言っていたことを思い浮かべ、これが狩猟民族の発想なのかと今も奇異に思えます。
私たちは儒家の思想を無意識のうちに受け継いでいて、人の役に立つということが自分たちの精神文化だとすれば、これを肉体と精神の限り続けたいというのが私の正直な気持ちです。
勿論、最低の経済的な基盤があればこその贅沢かもしれませんが、今後も続く限り自分を駆り立てたいと思っています。そのため家族にも迷惑をかけることになるとは思いますが、協力を得られる間は続けたいと思っています。
4.活動の成果と評価
自慢めいたことになりそうなので、ためらう気持ちもありますが、事実だけを皆さんにお伝えしなければという気持ちもあり、記させていただきます。当初の派遣先の要望は、「コンピュータの基本的な指導と整備」とあって行ったのですが、赴任後配属先の取締役会長との意見交換を重ねている間に、要望が膨れ上がり、結果活動計画の決定時には経営全般のお手伝いをする期待に応えることにしました。この方とは週2度ぐらいのペースで話し合いを持ち進めました。
期間がたった6か月ということもあり、JICA現地事務所には大変ご心配をおかけしたのですが、全力疾走という表現が当てはまると思いますが、就業時間中は休憩時間を惜しみ、終業(16時30分)後、家に持ち帰って作業を続け、何とか基盤整備(完成物のみならず、作成手順まで記したもの)を成し遂げることができました。
成果物として表現すれば、文書、計算書、企画書など合計785の英文による成果物を電子媒体として、コンピュータに登録し、共有情報として活用できるようにしてきました。
この活動の成果は、派遣先とJICAに報告書として残してきたわけですが、この報告書はJICAのホームページから誰でも閲覧することができるようになっているようです。別添で、取締役会長からの評価コメントも戴きましたので、併せてご覧ください。
※編集者注:末尾「添付 取締役会長からの評価コメント」参照
写真を1枚、9月26日に送別会をしていただいた時の写真を添付しました。
文書として残せた成果物以外に、派遣先の人々との良い関係を築くことができたことが私にとっての財産だと思います。途中帰らないで欲しいと強い要望を受けましたが、短期間の延長よりも、改めて派遣されるほうがより良い支援が出来るからと説得してきました。JICAの現地事務所からも、次年度継続支援を約束していただきました。
2014年11月に来年の募集活動が開始され、公募の形をとることになりますが、再度応募することを、家族との相談を含め考えたいと思っています。
5.日本の将来を想って
最後に私の個人的な想いとして提案があります。これからの日本が、そして日本の若者が国際社会で果たすべき役割を考えたとき、現在の日本は余りにも閉塞感があり、将来に夢を持てる領域が少ないと思えて仕方がありません。そんななかで、
1)日本人も南アフリカと同様に、公用言語として英語を学び、通用させてはどうか。日本語を失くせというのではありません。ただ英語を当たり前に海外の人々との交渉事も含めて話せるようにすることが必要と感じているのです。かくいう私も外国人と、英語で喧嘩をしたりはできません。日本語ならすらすら(?)言える会話を同じように英語で話せることができないのです。尤も日本人の精神文化にある、謙譲の美徳は国際社会では、時として自己主張が出来ないと揶揄されるようですが、実際には思っていることをスムーズに話せればこのような誤解はなくなるのではと思うのです。
2)若者には、嘗ての開拓者のように海外である一定の期間、見聞を広める経験を積んで欲しい、それを制度化してはどうかという意見です。南アフリカは国土が日本の3倍もありながら人口は4分の1しかありません。それでいて経済的な基盤は発展途上にあります。
極端な話ですが、嘗ての香港のように一定期間の借款契約を締結し、ここに日本人社会を形成し、現地人と共同で国づくりをしてはどうかというものです。極めて乱暴な例えですが、これからの日本の若者がエネルギーを失わずに成長し、国際社会での貢献を果たしてくれるよう祈るばかりです。
私自身は今後も何らかの形で生ある限り、自分のエネルギーを自分自身の満足のため、そして誰かのために費やしたいと願っております。
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添付 取締役会長からの評価コメント
EVALUATION COMME OF THE HOST ORGANISATION
Mr. Igarahsi has unreservedly performed his duties beyond the expectation of the organisation. It is well understood that he specifically came to improve the IT of our organisation which was efficiently done-EXCELLENT!
It should be indicated that due to Mr Igarashi’s expertise in management he was very instrumental in the improvement of better management system.
His stay in the organisation was short lived. We still require this expertise in comprehensive IT operations. We need his help on the development of policies and the implementation thereof.
We do not hesitate to recommend that JICA grant him another opportunity so that he could finish implementing some outstanding activities
16th of September,2014
Name: Tshikani Donald Baloyi
Position: Chairman of the Board
Igarashiさんは、組織の予想を越えて、彼の任務を全面的に果たしました。
特に我々の組織のITを彼が改善し効率的に完了したことは、十分理解でき、その成果は素晴らしいの一言につきます!
彼のも持つ専門知識のために経営陣が、マネジメントシステムの改善に非常に助けになったことが明白です。
彼の今回の滞在は、非常に短いものでした。
我々は、IT活動における広範囲な分野で、まだこの専門知識を必要としています。
また、経営方針とその実践を進めるうえでも、彼の支援を必要としています。
彼が今後も顕著な活動を実現することができるように、JICAが彼に引き続き機会を与えるよう、我々は強く望みます。
■五十嵐 至(いがらし いたる)
大学卒業後、日本IBMに勤務。中国駐在などを経て、2000年に50歳で早期退職して郷里山形県米沢市に帰郷。国際協力機構(JICA)の短期シニア海外ボランティアとして2014年4月から南アフリカ共和国に派遣されている。職種はPCインストラクター。