国際部 島村 康人
はじめに
筆者は、縁あって千葉県よろず支援拠点コーディネーターとして、日頃より様々な中小事業者の経営相談を受けています。経営相談では、少なからずグローバルな取り組みをお聞きします。その中で、筆者が特に関心を持っているのが、NPO法人スマイルクラブ(本部:千葉県柏市)が主催する「インクルーシブバトミントン大会」です。2025年3月、健常者と障がい者が共に参加する『スマイルカップ2025』が山口市で開催されました。筆者は、その見学に行ってきましたので、当イベントの開催内容について、本稿にてレポートします。
1. 健常者と障がい者が共に参加するインクルーシブスポーツ大会
海外における健常者と障がい者の共生事例として、2017年のウインブルドンテニス大会では、錦織選手と車いすの国枝選手や上地選手の試合が同時刻に同一会場にて行われました。また、2019年のスイスバーゼルでのバドミントン世界選手権では、桃田選手や奥原選手の試合とパラバドミントンの大浜真選手(スマイルクラブ所属)の試合が隣同志のコートで行われました。日本では、健常者と障がい者のスポーツ競技が、同じ会場で同時に開催される例は、ほとんど見られないのが現状です。
画像① (出典:文部科学省Wimbledon から Yamaguchiへ
https://www.mext.go.jp/sports/content/20240920-stiiki-000038009-7.pdf)
スマイルクラブは、こうした海外の視察体験を踏まえ、健常者も障がい者も参加できるインクルーシブな形式は、スポーツを通じた共生社会のあるべき姿と捉えています。
2023年からパラバドミントン『スマイルカップ』を山口市において開催し、翌年の第2回大会は台湾選手が初来日する国際交流の場になりました。
第3回となる今回の大会は、2025年3月1日(土)から3月2日(日)にかけて開催されました。会場は、山口市にある維新百年記念公園内の維新大晃アリーナです。パラリンピックメダリストも加わる日・台・韓トップレベルの選手を招聘したアジア交流大会となりました。
画像② (出典:筆者撮影)
本大会は、スポーツ庁の令和6年度「スポーツによる地域活性化・まちづくりコンテンツ創出等総合推進事業」に採択されています。健常者60名と障がい者60名(うち海外招聘選手7名)の計120名が参加し、同じ会場で競技を共に楽しむインクルーシブ大会のモデルケースとなることを目指すものです。
山口県の豊かな観光資源を活用したユニバーサルツーリズム(年齢や障がいの有無にかかわらず誰もが安心して旅行を楽しめる仕組み)の実証実験として、大会前日には、障がいを持つ海外招聘選手とともに、秋芳洞や瑠璃光寺などを巡るツアーも実施しています。
画像③ (出典:NPO法人スマイルクラブ)
本大会のプロデューサーを務めるのは、パラバドミントン選手として国際的に活躍する大浜真(おおはま しん)さんです。2019年のスイス世界選手権ではダブルスでベスト16入りし、同年の日本選手権ではシングルスで第3位を獲得した実力者です。
大浜真さんは、学生時代に強豪校の野球部に所属していましたが、交通事故に遭い車いすが必要になりました。しばらくの間、スポーツからは遠ざかっていましたが、スマイルクラブの障がい者スポーツイベントで車いすバドミントンに接し、想像していたよりもずっと難しく、そしてとても楽しいことに気づいたそうです。そして、どうせやるなら本気でやろうと一念発起し、日本代表になるまでの実力をつけました。
大浜真さんは、障がい者スポーツの普及と共生社会の実現を目指し、自ら広告塔としてその役割を果たしていくことを宣言しています。
画像④(出典:
写真左 Shin Ohama Instagram (https://www.instagram.com/p/BuqlHilBEtQ/)
写真右 NPO法人スマイルクラブ))
2. 特定非営利活動法人スマイルクラブについて
大会を主催したNPO法人スマイルクラブは、障がい児・障がい者のスポーツ教室や運動療育活動など目的に2000年に千葉県柏市で設立されました。
■代表者 理事長 大浜 あつ子、副理事長 大浜 三平 (山口県出身)
マネージャー 大浜 真(本大会プロデューサー)
■主な国際活動・受賞歴
2006年 第1回アジア障がい者スポーツ指導者ワークショップ開催(北京市)
2009年 第2回アジア障がい者スポーツ指導者ワークショップ開催(千葉県柏市)
2010年 「かめのり賞」受賞
アジア(日本、韓国、中国、タイ)における障がい者スポーツにかかわる活動が評価される。
2012年 第一生命「保健文化賞」受賞
日本の総合型地域スポーツクラブとしてはじめての受賞。障がい者も健常者も身近にスポーツを楽しめる環境づくりや、ボランティアの養成、アジアへのネットワークの構築などが評価された。皇居にて、天皇皇后両陛下にご拝謁を賜る。
2015年 Googleインパクトチャレンジ賞受賞
障がい者も高齢者も笑顔で住める街「スマイルタウン」を目指し、モバイルジムを提案し、受賞につながる。
2020年 千葉県生涯スポーツ功労者として理事長大浜あつ子さんが受賞。
2021年「障害者の生涯学習支援活動」に係る文部科学大臣表彰受賞。
理事の大浜三平さんは山口市出身のため、山口で国際大会を開催し地元に恩返しをしたいという思いから山口市に支部を置きました。2016年から山口県内の小・中学校、高校でのパラバドミントンの体験授業を行っています。そのような経緯を経て、山口市での国際交流バドミントン大会開催に至っています。
スマイルクラブは、障がい児・障がい者の理解促進とともに、健常者との共生社会実現を目指しています。
3. 大会の概要
『スマイルカップ2025』大会は、次のとおり2日間の日程で開催されました。
▼実施スケジュール
日時 内容
3月1日(土) 10時-12時 小中学生を対象としたバドミントン講習会と車いすバドミントン体験会
3月1日(土) 13時-18時・3月2日(日) 10時-18時
インクルーシブバドミントン大会『スマイルカップ2025』健常者(小学生以上)の部×車いすの部ダブルス、団体戦
画像⑤2025年3月山口県パラバドミントン大会観覧者用チラシ
(出典:NPO法人スマイルクラブ)
会場は、バドミントンコートが12面とれるアリーナと、試合に備えたウォーミングアップ用コート6面のサブアリーナがある、本格的な競技施設です。
1日目の午前中は、バドミントン講習会と車いすバドミントンの体験会です。1日目の午後から2日目にかけて行われる大会は、トーナメント形式のダブルスと団体戦です。団体戦は5名1チームで、韓国選手、台湾選手を含む計8チームが競い合いました。
開催に先立ち、プロデューサーの大浜真さんが、関係者の皆さんに挨拶し、韓国と台湾からの招聘選手と東京パラリンピック出場選手の小倉理恵さんを紹介しました。
特に、韓国の選手は東京パラリンピックのメダリストという、豪華なメンバーが集うイベントが大変和やかな雰囲気で開催されることを実感しました。
画像⑥(出典:写真左 筆者撮影、写真右NPO法人スマイルクラブ)
画像⑦(出典:筆者撮影)
4. 車いすバドミントン体験会の模様
1日目午前中は、小中学生約60名を対象に、バドミントン講習会と車いすバドミントン体験会が開催されました。
男女別2チームに分かれて、前半は、男子チームが車いすバドミントン体験会、女子チームがバドミントン講習会、後半は男女が入れ替わりました。
車いすバドミントン体験会では、まず車いすの操作を体験します。前後の動き、回転しながらの横の動きと、初めて乗る車いすの操作には、なかなか慣れない様子です。車いす操作の締め括りは、小倉選手とチーム全員の車いす鬼ごっこです。鬼をつとめる小倉選手から体をタッチされた子は、手をあげてその場で車いすを止めます。小倉選手の車いすの動きは俊敏で、次々にタッチされ、結局全ての子が鬼に捕まってしまいました。
その後、車いすバドミントンのルール説明を受けて、実際にラケットを持って、車いすに乗った状態でシャトルを打ちます。バドミントンコート4面を使って、海外からの招聘選手も児童・生徒たちの練習相手をしました。ラケットでシャトルを打つ動作と車いすの操作を一緒に行うのはとても難しいようで、ほとんどの子は、最初は車いすを動かすことなくラケットが届く範囲でシャトルを打つだけです。要領が掴めた子は、徐々に車いすを動かしながらシャトルを打てるようになりました。
画像⑧(出典:筆者撮影)
体験終了時に、参加した子たちが丸くなって集まって、大浜真さんから車いすバドミントンの楽しさや苦労した経験の話しがあり、生徒・児童は参加した感想を発表し合いました。
画像⑨(出典:筆者撮影)
5. 「スマイルカップ2025」トーナメント大会
1日目の午後から2日目に掛けて、ダブルス、団体戦トーナメント大会が健常者(小学生以上)の部、車いすの部で行われました。冒頭、スマイルクラブ理事長の大浜あつ子さんが、国内外からの参加、山口県・山口市関係者、運営に携わる方々への御礼を述べられて、第3回目となるスマイルカップ開催の挨拶をされました。
画像⑩(出典:筆者撮影)
その後、アリーナのバドミントンコート10面を使っての熱戦が行われました。特に、上級者の試合は、コート全面をシャトルが飛び交う激しい応酬で、ダブルスで4台の車いすがコート内を縦横無尽に動き回るのは、非常に見応えがありました。緩急あるシャトルの動きと巧みな車いすの操作の調和は、車いすバドミントンの魅力だと強く感じました。
画像⑪(出典:筆者撮影)
6.本大会の価値
「スマイルカップ2025」開催会場まで見学に行って、改めて筆者が感じた本大会の価値は、次のとおりです。
1)大会プロデューサー大浜真さんを初めとする参加者の皆さんの明るさ
交通事故で障がいを負い車いすが必要になった大浜真さんですが、とても明るく爽やかな人柄で、元気に大会を盛り上げていました。小倉選手も明るくチャーミングな女性でとても魅力的です。海外からの招聘選手も皆さんいい表情をしていました。少なくともマインドの点では、健常者と障がい者を分ける必要は全く無く、共にスポーツを楽しめる価値のあるイベントだと感じました。
2)草根の根の国際交流
大浜真さんはパラバトミントンを通じて国内外の人的ネットワークを広げ、国際交流の場としての本大会を実現しています。主催のスマイルクラブも、千葉県の柏市から広く海外に間口を広げています。本大会のような国際交流イベントを、一個人一NPO法人が、様々な方々からの共感・支援を得て開催運営していることに、心から敬意を表したいと思います。
3)次の世代への種まき
インクルーシブ大会である本大会は、健常者(小学生以上)と障がい者が同じ会場で同じ時間帯に隣り合うコートで競技をします。本大会は、これからの社会を担う子たち(小中学生)にとって、共生社会の意義を理解する上での素晴らしい教育の場と感じました。大浜真さんは、体験会に参加した子たちに向けて、是非パラスポーツへの興味を持ってくださいと述べていました。それは、同じコートで共に体を動かしたことで、子たちにしっかりと伝わっていると思います。
山口での本イベントが来年以降も継続して開催され日本の共生社会実現に向けたモデルとなり他の都道府県にも広がること、大浜真さんならびにスマイルクラブの取り組みが大きく飛躍することを、しっかりと応援し見届けていきたいと思います。
■島村 康人(しまむら やすひと)
東京都中小企業診断士協会 中央支部 国際部所属。ITコーディネーター。大手精密機器・事務機企業グループに35年以上在籍し、製造・販売・情報システム開発にまたがる業務経験を積む。ITシステム開発・運用、商品企画開発・販売促進、事業計画・事業管理などに広く知識・経験を有す。現在は、主に公的機関の登録専門家として、様々な中小企業の経営支援に従事している。
――――――――――――――――――
記事のコンテンツ・情報について、できる限り正確な情報を提供するように努めておりますが、正確性や安全性を保証するものではありません。情報が古くなっていることもございます。
記事に掲載された内容によって生じた損害等の一切の責任を負いかねますので、あらかじめご了承ください。