国際部 長田 真由美

本記事は、今年独立60周年を迎えるシンガポールを紹介する記事の後編になります。シンガポール基礎情報および風土については、2025年2月号の「シンガポール~小国のダイナミズム」【前編】をご参照ください。

シンガポールの経済開発

シンガポール着任時にシンガポールについての本を読むなどして勉強を始めて一番驚いたことは、埋め立て政策の推進によって独立時に比べて国土面積が25%増えた、という点でした。しかも自国の丘陵や海底からのみならず、近隣国からも土砂を購入して、とのこと。もちろん国土のサイズは異なりますが、日本に引き比べたら国土の25%増加など想像もできないことですよね。

図表2:シンガポール埋立地image008【出典:Mothership.sg】

そのおかげで、西部ジュロン地区では主要産業の石油化学工場用地やその他製造業の工場用地、倉庫などが整備され、また南部ではマリーナベイサンズ・カジノを含む統合型リゾート(IR)も作られています。マリーナベイサンズおよびマーライオン一帯を開発するにあたっては、一帯をすべて埋め立てることはせず、シンガポールのシンボルとしての美観も保つべくウオーターフロントとして残すという都市デザインを行ったとのこと。
シンガポールにいると、小さく資源もない国を立ち行かせ、更に発展させるべく、シンガポール政府が矢継ぎ早に様々な手を打っているということをひしひしと感じることができ、強い国家の意思を感じます。

シンガポールの国全体がまるでテーマパークのようで、開園後も少しずつ人を惹きつけるアトラクションを整備していっているという印象です。1990年代には巨大なショッピングモール・オフィスビル・展示会場を備えたSuntec Cityを整備し、2010年にセントーサ島に統合型リゾート(IR)を開業させて今やのべ1,800万人の年間利用者を惹きつけ、中にあるユニバーサルスタジオシンガポールもミニオン・ランドやスーパー・ニンテンドー・ワールドなどの新アトラクションを次々と投入する計画です。また2011年にはマリーナベイサンズと一体化したIRにカジノおよび展示場を併設してオープンしていますし、2019年にはチャンギ空港内にJewelという大型複合エンターテインメント施設を完成させて、新たな観光名所としています。

シンガポールはMICE(国際会議、研修旅行、展示会等)の誘致にも力を入れており、狭い国土に3つの大きな展示会場(Singapore Expo, Suntec Exhibition Centre, Sands Convention Centre)を設置していますし、国際会議用途でのホテル利用も推進しており、International Congress and Convention Association(ICCA)によれば、都市別国際会議数は東京が39件、シンガポールが101件と東京の2.5倍の開催件数となっています。

法人税の実効税率は日本の約30%に対し17%として企業を誘致し、個人所得税についても最大20%と低く、10年以上居住する必要はあるものの相続税や贈与税はないため、各国の富裕層の移住を促しています。
これらの施策が全て国外からの人の呼び込みにつながっており、シンガポール政府の政策が非常に幅広く、しかも統一的な方向性と持続性を持って展開されていると強く心に残りました。

その他の国家戦略

前章で他国から砂を輸入している話をしましたが、国土を拡張し続けるシンガポールに対して、砂を輸出する隣国のインドネシアやマレーシアは大いなる警戒感を抱き、砂の輸出制限を行ったため、シンガポールでは砂は国家の戦略物資として一層大切に管理するようになったとのこと。

またシンガポールは、山がなく河川が少なくて水資源も乏しいため、水についても隣国のマレーシアから大量に購入しているのですが、こちらも輸出制限や禁輸となったら国家の一大事です。水の自給率を高めるべく国家事業として「海水淡水化」に取り組み、2005年の初のプラント稼働以来、技術を積み上げて現在では5か所のプラントが開設されています。この過程では事業開発において重要な一翼を担ったハイフラックス社が倒産するなどの苦難もありましたが、2061年のマレーシアからの水輸入契約満了までに自給率100%を目指しているそうです。

国土が狭い問題は農地が足りないという問題でもあります。食料自給率はカロリーベースで10%未満と大変低く、2030年までに30%に引き上げたいという目標を持っています。わずかな農地の生産性向上を支援したり、植物工場の建設を後押ししたり。また新たなたんぱく源としての昆虫食開発などに力を入れており、2024年にはコオロギや蚕など昆虫16種類が食用としての輸入を認められました。私が来星した11月にもちょうどAgri Food WeekというFood Techの展示会が開催されており、シンガポール食品庁もブースを出して昆虫食やその他Food Techの研究をアピールしていました。

更にその他のたんぱく源として、細胞培養肉についても世界最速で2020年に市販を認可しています。まだ価格が高いため、外国人向けの高級スーパーに限られますが、実店舗で培養肉のパックを販売していました。100gで650円程度でしたので、まだ気軽に手が出る価格ではないようですね。

image009【写真:高級スーパーで販売していた鶏の培養肉】

シンガポールの現在と今後

シンガポールでは、日本および世界の他国と同様、コロナ後の経済回復および物価上昇、それに伴う人件費上昇が見られるものの、経済はまだ力強さがなく、既存ビジネスにおいては停滞感も感じられるようです。11月に訪問した折に会った日本人の友人たち、シンガポール人の同僚、タクシードライバーなどは皆口をそろえて、「物価や不動産価格が軒並み上がっているものの、景気が良い感じではない」とのことでした。

また労働ビザ取得のハードルがどんどん上がってきており、大企業の駐在員でも労働ビザが下りにくいケースが結構ある状況になっているようです。個人事業主として現地で10年以上働いている日本人の方々も、まだシンガポールで働き続けたいけれどもずっといられるかどうかは次回のビザ更新時に労働ビザが下りるか否か次第、という方が多くいらっしゃいました。
人件費や不動産価格等の高騰のため、昨今ではアジア地域のハブオフィスをシンガポールからタイに移す日本企業が何社もあるとも聞きました。

一方、やはり英語で教育された質の高い人材が豊富であり、アジアの物流及び金融ハブでもあるシンガポールはビジネス拠点として捨てがたい魅力が依然あると感じます。シンガポールは近年ITベンチャーなどスタートアップの育成にも力を注いでおり、スタートアップエコシステムがアジアでは最も確立している国と評判で、スタートアップデータ分析企業Tracxn社によれば、Grab, Lazadaなどシンガポールには既に30社以上のユニコーンが誕生しています。

今後は日本もそのような新たな分野でシンガポールとの絆を更に深めて行けるといいですね。

前編、後編にわたりまして、シンガポールの魅力や現在を伝えてまいりました。ぜひ身近に感じていただけると嬉しいです。

 

■長田 真由美(ながた まゆみ)

2014年中小企業診断士登録。東京都中小企業診断士協会中央支部国際部所属。
ソニーに勤務し、販社経営管理、販促、Eコマース、サプライチェーン、サイバーセキュリティ等を担当。16年の海外駐在(ドイツ、ベルギー、シンガポール)を経て独立し、経営改善(戦略、財務、組織、販促等)および海外展開においてご支援。

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