国際部 大竹健介

食欲の秋が深まる11月の第3木曜日は、ボジョレーヌーボーの解禁日です。日本は時差の関係により世界で最も早く手に入れられる国の1つで、全国各地のスーパーやコンビニエンスストアにボジョレーヌーボーが並ぶ解禁日の盛り上がりは、本国のフランス以上だと思います。

また11月は国連の気候変動枠組条約締約国会議(COP)が開催され、気候変動に世界の注目が集まる月でもあります。今回はCOP29がアゼルバイジャン共和国・バクーで開催されます。2024年の夏も猛暑が続き、豪雨や洪水による被害も多く発生し、気候変動に対する関心と懸念が一層高まった年でした。

私は現在、金融機関の経営企画部門で、気候変動を含むサステナビリティ情報開示を担当している企業内診断士です。気候変動は企業にとって重要な経営課題の1つとなっており、多くの企業がTCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:気候関連財務情報開示)の枠組みに沿って、気候変動対応に関して自社の「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標と目標」を説明する情報開示を行っています。

そこで今日は、気候変動とワインについて、サステナビリティ・TCFD 開示の視点から、リスク・機会と適応策をご紹介します。

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左:フランス・ブルゴーニュ・Chassagne-Montrachetの特級畑

右:フランス・ボルドー・Pomerol村のブドウ

世界の気候変動の現状と将来

気候変動に関する政府間パネル(IPCC: Intergovernmental Panel on Climate Change)は、第6次報告書において、世界の平均気温は産業革命前から1.06度上昇したと報告しています。2015年のCOP21において採択されたパリ協定では、「世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べ2℃より十分低く保つとともに、1.5度に抑える努力を継続する」という合意が成立しました。しかしながら現在はこれを上回るペースで気温が上昇しており、このままの状態が続くと、下の図の赤色や黄色の線のように気温上昇が進んでしまい、合意事項の達成は難しい状況になっています。

世界の平均気温の変化

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【出典】IPCC 第Ⅰ作業部会 第6次報告書Figure SPM.8a

気候変動によるリスク

TCFD開示の枠組みでは、企業の気候変動対応の戦略の策定にあたって、まず気候変動による「機会」と「リスク」を洗い出すことになっています。
現在ワイン生産に適している地域における気候変動のリスクの例として、次のようなものがあります。
【ブドウの生育障害】
温度が高すぎると、ブドウの生体内で機能障害が出て、生育が停止、色づきが悪くなるという生育障害が出ます。
【病気の発生】
気温上昇で病害虫が増加し、病気にかかりやすくなります。
【味わいの変化】
気温の上昇によりブドウのアルコール度数が高くなると、酸味が少なくなります。冷涼地品種であるリースリング、ソービニョンブランやピノ・ノワールといった品種はブドウの持つ豊かな酸味が特徴ですが、それが失われてしまいます。
【アイスワインの減少】
冷涼地の甘口ワインであるアイスワインは、ドイツではマイナス7度以下、カナダではマイナス8度以下の状況でブドウを収穫しなければならないと定められています。近年の温暖化で、十分な気温低下の発生が少なくなり、収穫機会が減少しています。
【自然災害の増加】
気温上昇によって大気中の水蒸気量が増加すると、大雨や降雹といった自然災害リスクが増加します。特に雹は、発生時期、粒の大きさ、量次第で、ブドウに甚大な被害を与えます。リスクマネジメントの世界では、頻度(Frequency)と影響度(Severity)の掛け算で災害リスクを評価しますが、ワイン産業にとって、雹害は頻度も影響度も大きく、雹はこの値が最も大きいリスクの1つと思います。「今年は〇〇のワインははずれ年だ」と言われることがありますが、そのような産地では大規模な雹災が発生していたということがよくあります。
また気候変動は山火事の発生確率および延焼のリスクを増加させます。2020年には高温乾燥が続いたカリフォルニアで大規模な山火事が発生し、有名なナパ・バレーにもその被害が及びました。このように自然災害による被害の増加は既に現実のものとなっています。

 

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高温により乾燥するブドウ畑

気候変動が与える影響のシナリオ分析

TCFD開示の枠組みでは、リスクと機会を抽出した後、仮定の条件を設定して、シナリオ分析を行うことになっています。
2024年3月にボルドー大学のCornelis van Leeuwen教授らによる研究報告書『Climate change impacts and adaptations of wine production(気候変動によるワイン生産への影響と適応)』がNatureレビュー誌にて発表されました。その研究では、「平気気温が2℃以下の上昇」と「2-4℃上昇する場合」の2つのシナリオで、世界各地のリスクと機会を評価しています。下図はフランス国立農業・食料環境研究所(INRAE)のウェブサイトでも紹介されている研究結果のうち、欧州・北米の結果を示したものです。

Europe
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North America
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image007【出典】Van Leeuwen C.et.al (2024) Climate change impacts and adaptations of wine production. Nature Reviews Earth and Environment

現在のブドウの栽培は、年間平均気温10~20℃のエリアの多くが含まれる北緯・南緯30度~50度の『ワインベルト』と呼ばれる緯度帯の国や地域が好適地と言われており、フランス、イタリア、スペイン、カリフォルニア、オーストラリア南部や南アフリカ、チリなど、世界的に知られる産地はこの緯度帯にあります。

Van Leeuwen教授らの研究では「気候変動によって、ブドウ栽培の好適地はより高緯度地区に移っていく」と結論づけています。リスクと機会の観点から、地理的に3つのグループに大別されます。

1つ目のグループは、現在の好適地(上図の深緑色・緑色の地域)です。気候変動によって良いブドウが収穫できなくなるリスクが高いと見られています。イタリアワインで有名なトスカーナ、ピエモンテ地方、スペイン、フランスのボルドー、ブルゴーニュ地方や、カリフォルニアといった地域です。Risk of unsuitability(不適となるリスク)を示す赤色やオレンジ色の○がついています。

2つ目のグループは、現在ブドウ生産の北限とされているエリア(上図の薄水色)です。今後の気温の上昇によって、よりブドウの栽培に適する地になると予測しています。具体的には英国南部やカナダのブリティッシュコロンビア州です。上図ではImproved suitability(適性が向上)を示す青色の○がついています。

そして3つ目のグル-プは、現在はワインの生産地ではない高緯度の地域です(図の紫色)。温暖化により、今後栽培の適地となる可能性(Potential suitability)が高いと考えられる地域で、具体的には、寒冷地である英国北部、アイルランド、デンマークです。図は掲載していませんが、標高が高く冷涼なアフリカのエチオピアとケニアも、同様に新たな栽培適地になると報告されています。

近年の気温の上昇によって、アメリカのワシントン州、オレゴン州、オーストラリアのタスマニア、フランス北部や英国南部にブドウ産地が拡大していました。今回の研究では、更にワインベルトが北上(南半球では南下)し、寒冷地にまで広がるという驚く結果になっています。このまま温暖化が進んでしまうと、いつかは北欧やカナダ、そしてアフリカの高地のコーヒー産地がワインの主産地という世界になってしまうかもしれません。

 

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リスクと機会が併存するドイツのブドウ畑

気候変動への適応策

TCFD開示の枠組みでは、リスクの洗い出しとシナリオ分析を行った後、その分析結果を受けて、どのように対応するのか対応策を述べます。
一般的に気候変動の対応策は、気温の上昇を抑える緩和策(Mitigation)と、気候変動による変化に対応する適応策(Adaptation)の2つがあります。以下では、生産者が直接的に問題を解決できる、適応策の例をいくつかご紹介します。

【耐性品種による対策】
より暑さに強いブドウ品種を増やす対応策です。シャンパンで有名なフランスのシャンパーニュ地方は、ピノ・ノワール、シャルドネ、ムニエという3品種を基本としていますが、ヴォルティス(Voltis) という暑さに耐性を持つ新品種を加えてもシャンパンと名乗ってよいとする原産地統制呼称(AOC)に関する省令の改正を2022年に行っています。またフランスの南部ローヌ地方で作られるグルナッシュ(Grenache)やムールヴェードル(Mourvèdre) といった品種は暑さへの耐性が高いとされており、こうした品種の生産を増加させて、ブレンド比率を高めることも解決策として出されています。

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赤土と丸い石の土壌が特徴の南仏シャトー・ヌフ・デュ・パプのグルナッシュの畑

【雹害対策】
雹は世界のワイン生産者にとって最大の脅威と言っても過言ではありません。
被害を防ぐ最も一般的な手段は、木の上側に防雹ネットを張り、ブドウを保護することです。最近は再生エネルギーを増やすため、ネットの代わりに、ソーラーパネルを、日光を遮らないよう、木の上に斜めに設置しているところもあります。
また雹の発生そのものを防止しようとする試みも行われています。吸湿性の塩を入れたバルーンをロケットで打ち上げ、人工的に雲を造って雨を降らせることで、雹が形成されるのを防ぐという取組みです。フランス南西部のボルドーのサンテミリオン地区や、アルゼンチン等、この取り組みも様々なところで行われています。
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雹の粒

【栽培方法の工夫】
南ヨーロッパでは気温上昇対策として、ブドウの栽培に日本式の「棚仕立て」を再評価する動きも出てきています。海外では栽培・収穫作業の効率性の観点から、ブドウの木を一直線に垣根状に植える「垣根仕立て」が一般的で、棚の設置・メンテナンスが必要で、収穫作業に手間がかかる「棚仕立て」は稀です。しかしながら棚を作って水平に枝が伸びるようにすると、横に広がるブドウの葉が、下にぶら下がる果実への直射日光を遮ってくれる効果があるため、温暖化対策として棚の使用が再評価されています。また、敢えて葉を取り除いて、ブドウの成熟を遅らせることで、アルコール度数が高くなりすぎることを防止するという「キャノピーマネジメント」を行うところも出てきています。

生産者の方々も、手をこまねいているわけでなく、あの手この手で気候変動に適応されていることが分かります。

おわりに

今回はワインを採り上げましたが、気候変動対応は、その他の産業、人類・生物の活動に大きな影響を与える地球規模の課題で、無関係でいられるものはないと思います。

気候変動対策が喫緊の課題となる中、サステナビリティ情報開示の世界では、2023年4月からプライム上場企業で有価証券報告書での気候変動に関する情報開示が実質義務化されるという動きがありました。また国際サステナビリティ基準審査会(ISSB)や、日本のサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が、気候変動に関するより詳細な説明を求める情報開示の基準作りを行っています。新しいルールは、Scope3と呼ばれる企業のサプライチェーン上の温室効果ガス排出量の情報開示をより広く求めることや、情報の正確性を高めるために第三者による保証を求めるといったことが盛り込まれ、より厳格な情報開示が求められていくことになります。
このような温室効果ガスの情報開示の義務化によって、取引先企業からの自社の脱炭素の取組みや、温室効果ガス排出量の計測・情報提供の要請が増えることが予想され、中小企業にも対応が求められるようになります。GX分野での中小企業診断士の支援領域も広く、そして深くなっていくと感じています。

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■大竹 健介(おおたけ けんすけ)

2023年9月中小企業診断士登録。東京都中小企業診断士協会 中央支部所属。
保険会社で、貿易、海外事業に関する保険・リスクマネジメント、防災・減災、サステナビリティ情報開示に従事。フランス約6年間、オランダ3年間の駐在期間中には、欧州各地の港・物流拠点とワイン産地を訪問。
AIBA認定貿易アドバイザー、全国通訳案内士(英語)、環境省認定制度脱炭素アドバイザー(ベーシック)、日本ソムリエ協会ワインエキスパート

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編集部より
グローバルウインド毎年11月はボジョレーヌーボーの話題が多いです。ビジネスの視点で書かれた2023年の記事もよろしければぜひご覧ください。

グローバルウィンド「ボジョレー・ヌーヴォーの成功要因」(2023年11月)

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