国際部 森畑和之

はじめに

私は、2014年3月から2017年5月まで約3年間、インドのデリー近郊で駐在生活をしており、日本とは全く異なる生活環境、習慣、文化、仕事の進め方にどっぷりつかりながら生活してきました。インドビジネスは、インドの人口世界一や近い未来にGDP第3位になると予測されている経済の活況、対照的に中国経済の不透明さや米中対立の緊迫感、こうした様々な背景からますます注目を浴びています。

インドビジネスの概況や全般的な動向については、あふれるほどの情報が提供されていますが、日本の約9倍の国土を持ち、10倍以上の人口を有するインドは、単純な市場ではなく、文化や歴史的な背景、インド人の趣向やマインドセットを理解できなければ、インド市場へのアプローチやインド人との協業効果を発揮することが難しいのはないかと感じます。

インド市場への注目とインド文化・趣向に対する理解の難しさ、このギャップを埋めるために、東京都中小企業診断士協会 中央支部国際部では、「インド通養成講座」と題して、インドの政治、経済、社会、文化、その他の普遍的な基礎知識の紹介・説明に加え、ゲストを迎えることで、テーマに応じた最新のインドの情報やトピックスの紹介を行うセミナーを開催しています(第1回2024年5月22日「南インドの文化、歴史を背景に、経営を語る(開催報告)」、第2回2024年8月28日「インドにおける「食のイノベーション」とは ~あんパンになりたかったうどん~(イベント案内)」

私は第1回においてセミナーの導入講演として、インドを理解するための知識の紹介・説明を担当しましたが、その内容を本稿でご紹介いたします。読者の皆さまがインドの知見を広めて頂くとともに、今後のインドと日本の協業の一助になれば幸いです。

 

1.インドの広さを実感しよう

インドは昨年2023年の国連統計データより、人口が世界一になったと発表され、2023年7月現在、14億3,806万9,596人と日本の1億2,437万0947人と比較して10倍以上となっています。さらに、国連の推計では2061年頃にピークを迎え17億人程度に達すること、また、2023年以降少なくとも2100年まではインドが人口世界1位であり続けることが発表されています。

インドの国土面積は328.7万平方キロメートルであり、日本の37.8万平方キロメートルの約9倍と非常に広い国土を有しています。

image001 図1:インド地形図と日本の比較

インド北部は「ヒンドゥターン平原」と呼ばれる広い平野があり、中央部は「デカン高原という台地が広がっています。南方に「西ガート山脈」「東ガート山脈」という山脈があるのですが、西ガート山脈は1,600kmも連なる山脈ですが2,700mが最高峰、東ガート山脈も1,400kmに渡っていますが高くても500m~700m程度の山がある程度です。すなわち、インド亜大陸には急峻な山脈はなく、どこでも人が住める地形となっており、首都デリーも海から1000kmほど離れていますが、標高は300m程度です。首都デリーから何時間も車を走らせても、写真のような風景がずっと広がり、山らしい山は見えてきません。

image002 図2:デリーから数時間車で走った風景

昔のアニメから、「インドの山奥」という言葉が広く見聞きされますが、実際にはインドには山奥はほとんどなく、インドの山奥とは、実際には、パキスタン・ネパール・ブータン・中国(チベット地方)・ミャンマーなど、インドの周辺国や国境付近にのみ存在します。

インドの人口世界一は、広い国土、山が存在しない地形といった地形的な特長によっても説明がつけられます。

 

2.州が変われば・・・

インドは、7つの連邦直轄地と29の州で構成されており、連邦制で運営されています。州は小さなものから、ウッタルプラデーシュ州のような人口2億人を抱える規模を持つ州もあります。州の分け方については、「言語州」と呼ばれており、同じ言語を母語とする地域を1つの州にするという考え方で分けられています。国の公用語は英語とヒンディー語ですが、州ごとの公用語は18あります。「州が変われば言葉が変わる」、と言えます。

北インドでは、歴史的にヨーロッパ、中東地域の民族がインドへ進出して定住したため、言語的にもインド・ヨーロッパ語族に属しているインド・アーリア語族であり、ヒンディー語やその派生言語が多いのですが、南インドは他地域からの侵攻を受けておらず、土着の民族の言語であるドラヴィダ語族であり、タミル語やテルグ語などが使われています。北インドのインド・アーリア語族と南インドのドラヴィダ語族は言語的には全く異なります。さらには、東インドでは、こちらも全く言語的には異なる、チベット・ビルマ語族の言語が用いられており、インドの州公用語が18に達することでわかる通り、言語も多種多様です。言語的にも異なる言語であることから、インド国内に居住していてもマルチリンガルであることが普通であり、インド人同士でも特にビジネスにおいては、それぞれの母語が異なるため、英語で会話することが普通となっています。

image003 図3:インドの言語
出典:http://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~yamakami/

インドは連邦制であるため、中央政府ではなく州のみに管轄権限がある分野があり、各州に相当程度の立法権限もあります。税制も州ごとに異なるものがあり、例えば酒税は州ごとに異なります。また、かつては、物品を州をまたいで移動すると、関税がかかっていました。税制度については、2017年に導入されたGST(物品・サービス税)という制度で簡素化が進んでいますが、中央政府と州政府の法制度がまたがる分野もあり、税制や法制度、規制については非常に複雑です。

まとめると、インドでは州をまたげば、「言語が変わる」「法制度が変わる」「許認可が変わる」「税制が変わる」ことが起こります。インド進出といっても、どこの州に進出するか、慎重に検討する必要があります。

ここで、インドの大都市について少しだけ紹介します。

image004 図4:インドの大都市
(出典:JETROレポートよりhttps://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2019/754e85f79be4afa7.html

 

  1. 政治の「デリー」
    首都として政治の中心であり、最近はデリー周辺の地域で製造業やサービス業も着々と発展しています。
  2. 金融の「ムンバイ」
    銀行・証券・保険の中心地で中央銀行であるRBIもムンバイにあります。映画のボリウッドも有名。日本の東京と大阪のように、デリーとライバル関係にあります。
  3. インドのシリコンバレー「ベンガルール」
    インドのシリコンバレー。高原の中に、ITや研究機関などが集結する成長著しい新興都市。日系自動車企業も多い。
  4. 老舗の「コルカタ」
    英国植民地時代の首都ですが、インド・パキスタンを巡る混乱による難民の流入や、共産党が強い政治の問題で経済は低迷気味でした。現在は、長い停滞から目覚めつつあります。
  5. ITの「ハイデラバード」
    IT(GAFA) や製薬会社など外資系企業の進出先。ビリヤニやチャールミナールが有名。
  6. 南インドの玄関「チェンナイ」
    南インドの玄関口で中心地。外資系の自動車会社を始めとした製造業・ITなども盛ん。
  7. 製造業の「アーメダバード」
    モディ首相の出身地。Multi-Suzuki を始め製造業の中心地。日系企業の進出も多い。ムンバイとの間に日本の援助による新幹線を建設中。

このように、インドの中でも政治、金融、製造業の中心地があり、さらに先に述べた通り、州ごとに法制度や税制、許認可が変わるため、それぞれの特徴を考えて進出先を考える必要があります。

 

3.北はターリー南はミールス

北インドと南インドは言語がまったく異なることを説明しましたが、文化も大きな違いがあります。

北インドでは色鮮やかで派手な装飾が好まれますが、南インドでは質素でシンプルな装飾が好まれるなど、趣向にも違いがあります。また、分かりやすいのは、食文化であり、北インドは小麦が主食ですが、南インドは米食です。

image005 図5:南インドのミールス

ここで、北インド、南インドの食の違いを下表のように簡単にまとめてみます。

image006図6:南北インドの食文化の違い

インドでは食文化でもこれだけの違いがあり、前章で記載した通り、言語も大きく異なり、民族的な違いもあるため、文化の多様性も大きいことが分かります。一口にインドと言っても多様性の宝庫であることを理解しておくとよいでしょう。

 

4.インド人との会議・打合せ時のコミュニケーションのヒント

実際にインドとの協業を検討開始する際に覚えておくとよいコミュニケーションのヒントをいくつか紹介します。

  1. インド人のジェスチャー
    インド人のYES、OKは首を横に倒すことで表現します。倒す回数や倒すスピードで相手の同意の気持ちの強さも現れますので、知っておくことと自身でもできるようにしておくとコミュニケーションが取りやすくなります。
  2. インド人の呼び方
    基本的にファミリーネームは使わず、ファーストネームを使います。ファーストネームのため、前にMr. や Ms. を使うこともあまりなく、ファミリーネームだけにするか、ヒンディー語では名前の後ろに「ji」をつけて、「~さん」という表現があるため、日本語のように「XXX-san」として相手を呼んだり、メールの宛先に書くとよいです。また、 Sir/Madam(Ma’am) もよく使います。
  3. インド人との会食
    インド人はベジタリアンが多いことを注意する必要があります。肉を食べる方でも、牛・豚は食べる人が少数であり、魚も避ける人が多いため、鶏肉のみにしておくことが無難です。また、冷たい飲み物を避ける人も多いため気をつけることや、食事はスパイスを使う文化のため、スパイスを使っていない料理では味がしないと感じる方が多いようです。
  4. インド人が使う独特な単位
    ヒンディー語では10万のことを Lakh (ラック、Lと略す)、1,000万のことを Crore (クロール、Crと略す) と言います。この数字の単位が広く使われており、英語で会話している際にも、100万をMillion とは言わず、Ten-Lakh と呼ぶことが普通です。数字の桁も 10,00,00,000 (10Cr) のように、Lakh と Croreを使って表記します。

以上のようなことを理解しておくと、インド人とのコミュニケーションや会合がスムーズに進むのではないかと思います。

おわりに

昨今、インドに注目が集まっていますが、経済的な成長だけに目を向けるのではなく、インドの文化的な側面や趣向について理解を深めることで、インド市場への進出やインド企業との協業がスムーズに進むと考えています。この記事が皆様のインド文化を理解する上でのきっかけとなって頂ければ幸いです。

インド通養成講座第2回は、2024年8月28日「インドにおける「食のイノベーション」とは ~あんパンになりたかったうどん~」をテーマに開催します(イベント案内)。2024年8月28日までにご覧になられたみなさま、よろしければぜひご参加してインド通の仲間入りをしてください。

■森畑 和之(もりはた かずゆき)

2001年より大手メーカ系IT子会社に勤務し、主にITインフラ担当のSEとして従事。勤務先のインド子会社の設立のため、2014年3月から3年間強をインド・デリーにて駐在員生活を経験し、現地でPMI活動などを担当。2021年中小企業診断士登録。

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