国際部 佐々木隆一

みなさん、テニアン島のことを聞かれたことはありますか?

私は長年商社に勤務しており、その大半はM&Aやプライベートエクイティなどの投資部門で仕事をしていたのですが、入社間もない頃は食品・水産部門で働いていました。そこでの初めての海外出張がテニアン島でした。当時私は缶詰用のカツオ・マグロ原料の貿易を担当しており、日本のカツオ・マグロ漁船が漁獲物を大型運搬船に積み替えるための基地がテニアン島だったのです。

image001テニアン島は、サイパン島、ロタ島とともに北マリアナ諸島を形成しています。北マリアナ諸島は第二次大戦終了後に国連の信託統治領となり、現在は米国の自治領として米国議会に代表も派遣しています。第二次大戦前には国際連盟の委任を受けた委任統治地域として日本の施政下にあったものの、太平洋戦争の激戦の末に米軍に占領され、広島・長崎に原爆を落とした米軍爆撃機が飛び立った島としても有名です。

北マリアナ諸島の人口は約5万人、そのほとんどはサイパン島に集中しており、テニアン島の人口は約2千人とも言われます。チャモロ系などの太平洋諸島の先住民がその3分1程度を占め、それ以外にフィリピン系など他のアジア系の人が多く住んでいます。

さて、私が社会人になって間もないころに出張で訪問したテニアン島ですが、当時、なぜこの島が水産物の積み替え拠点となったかというと、カツオ・マグロの漁場に近く、かつ漁獲物の積み替え用の港湾設備が整っていたからです。

カツオ・マグロは暖かい海を主に回遊するため、太平洋の赤道付近が主要漁場の一つなのですが、漁船の操業効率を上げるために、多くの日本の巻き網漁船(主に石巻、陸前高田などの三陸地方を本拠とする漁業者さん)が、漁獲物で船を満船にしたのち、日本に戻らずに漁場に近いテニアン島にて漁獲物を大型の冷凍運搬船に積み替えて再び漁場に向い、漁場と積み替え基地との間をピストン的に行き来するオペレーションを行っていました。

image002

テニアン島には、旧日本軍が建設した港湾施設が存在していたものの、港湾は戦後あまり活用されていませんでした。グアム島、サイパン島においても、より大きな港湾施設がありますが、他の大型貨物船や米軍関係の船が桟橋を使用することが多く、漁船が自由に使用しづらい環境であったのに対して、テニアン島の港湾施設はほぼ漁船だけの使用が可能であったのです。

私の勤務する商社は、日本の漁船が漁場よりテニアン島に戻り大型船に積み替えた魚を購入するのですが、若手社員の私の仕事というのは、基本的には商品受け渡しの現場確認および品質チェックというものでした。しかし、それ以上に重要だったのは、荷主である商社の代表として、漁船や運搬船の船員さん、そして港湾当局と緊密なコミュニケーションを取り、入出港の段取りや接岸、魚の積み替えのオペレーションに際して問題が生じないよう、日本語と英語の通訳もしながら現場に張り付いて連携を図るということでした。

漁が好調なときは多くの船が次から次へと入港してきます。漁船は一刻も早く積み替えを済ませて漁場に戻りたいので、早朝から夜遅くまで積み替えの作業があり、その間はずっと現場に張り付いていなければなりません。荷役作業に遅延が生じているときは、地元の荷役作業者のグループに飲み物の差し入れをしたりしながらグループのボスと交渉したり、また、漁船からは食料などの注文を受けて地元の店に商品を発注するなど、あらゆることをやっていました。現場には1カ月以上滞在することが多かったです。

当時の日本はバブル真只中で、隣の島のサイパンには大量の日本人観光客が来ていました。サイパンからテニアン島に観光船で立ち寄るツアーなどもあり、私は漁船の上で魚まみれになりながら、近くを横切る観光船の姿を眺めていた自分の姿を思い出します。確かにテニアン島の海の透明度と白い砂のビーチは素晴らしいものでした。

image003

とはいえ、テニアン島、サイパン島と言えば太平洋戦争の激戦地かつ原爆を日本まで輸送した爆撃機が飛び立った基地の場所です。兄を戦場で亡くした私の母などは、私のテニアン島での出張業務や、当時多くの日本人がサイパン島を観光に訪れていることについては複雑な心境だったようです。実際、テニアン島の各地には日本軍のトーチカや戦車の残骸、旧日本軍が建設した空港などが残っており、戦争中は日本兵だけでなく多くの民間人が命を落としています。

image004

さて、私がテニアン島を訪問したのは30数年前の話ですので、現在の島の状況については良く知らないのですが、日本漁船のオペレーションは、今はなくなったようです。また、アジア系の資本がテニアン島にて大型カジノホテルを建設したとのことです。一時は日系資本のホテルがひしめいていたサイパンでも、現在は日本人観光客が大きく減り、代わって中国、韓国からの観光客が増えていると聞きます。ただ、しばらく運航を停止していた日本からサイパンへの飛行機の直行便も最近復活したようです。

思い出のテニアン島、いつかまた再訪してみたいと思っています。

 

 

 

 

■佐々木隆一(ささきりゅういち)

総合商社、投資ファンド等に長年勤務。2018年に中小企業診断士登録し、2021年に独立。米国、シンガポールに合計10年駐在経験あり。東京都中小企業診断士協会中央支部所属

——————————————————————————–

記事のコンテンツ・情報について、できる限り正確な情報を提供するように努めておりますが、正確性や安全性を保証するものではありません。情報が古くなっていることもございます。記事に掲載された内容によって生じた損害等の一切の責任を負いかねますので、あらかじめご了承ください。