国際部 楠本 洋一

 

国連は、今年2023年4月、インドの人口が中国を抜いて世界一になるとの見通しを示しました。また、同月には、インド初のアップルストア(直営店)が、ムンバイとデリーに開店しています。BRICsと称されて20年が経ちますが、インドのプレゼンスはこの数年さらに大きく増しています。中小企業、大企業問わず、インドへの進出を検討されている、インドにご興味があるという方は多いのではないでしょうか。

筆者は2011年からインドビジネスの立ち上げに携わり、2016~2020年は駐在員として現地で勤務していました。会社の設立そして清算、現地企業への出資そしてエグジットと、成功も失敗も経験を積み重ねるなかでの気づきをもとに、インド市場の特徴を整理してみたいと思います。

 

1.拡大が続くインド市場

まず、政治、経済、社会、技術の4要素から、インド市場の概況を俯瞰してみます。

表1:インド市場の状況(PEST分析)

Politics
(政治的要因)
・2014年以降、モディ首相率いるインド人民党(BJP)が与党に、今後も継続の見込み

中央政府及びいくつかの地方政府は企業優遇政策を展開

ビジネス環境の改善が進む(2014年 134位から2020年 63位へ、世界銀行ビジネス環境ランキング)

・輸入超過を緩和すべく、輸出事業者への優遇措置が拡大

Economics
(経済的要因)
世界5位の経済規模

一人当たりGDPがUSD 2,000に到達し、消費行動が変容

Society
(社会的要因)
・西洋的消費文化に慣れ親しんだ大きな若年層人口(貯蓄を美徳とする文化から、消費を厭わない文化へ

・大都市圏における新ライフスタイルの定着 – 外食、自家用車、ファッション等

文化の多様性(地方により大きく異なる多様な文化)

Technology
(技術的要因)
米欧IT企業にとっての主要市場

政策的に半導体や電気・電子産業の振興が進む

・在来産業は近代化が進行 (UnorganizedからOrganizedへ)

以上の通り、インドは、安定した政治体制、アグレッシブな若年層、ITテクノロジーの普及により、経済成長を継続していることがご理解頂けるかと思います。2022年のドル建て名目GDPは英国を抜き、米国、中国、日本、ドイツに続く世界5位。S&P GlobalとMorgan Stanleyのレポートによると、2030年までに日本とドイツも抜くと目されており、最も成長している大規模経済圏のひとつです。間違いなくインド市場は大きく、そして更なる拡大のポテンシャルがあると言えるでしょう。

2.インドの潜在力とリスク

ここで、インドで耐久消費財を販売する場合を仮定して、その市場規模をおおまかに試算してみましょう。耐久消費財といっても千差万別ですが、ここでは一例として、日本製の高品質な生活用品を輸出すると仮定して、イメージを膨らませてみたいと思います。

インドでは、2020年における世帯所得USD35,000以上の割合が1.2%(出所:ユーロモニター/2021年3月経済産業省「医療国際展開カントリーレポート」より引用)とされています。ちなみに、日本の世帯所得4百万円以上の割合は約55%です(厚生労働省 所得金額階級別世帯数 2021年調査)。

最大都市デリーの人口は約25百万人。都市部では農村部と比較して富裕層の占める割合が高く、その割合は1.2%を大きく上回ると想定されますが、それでもデリーにおける世帯所得USD35,000以上の人口は、日本の一県における世帯所得4百万円以上の人口と同規模程度だと推定されます。

インドは人口が広大な国土に分散しており、5百万人以上の人口を要するメトロポリタンは主要8都市(デリー、ムンバイ、コルカタ、バンガロール、チェンナイ、ハイデラバード、アーメダバード、プネ)に限定されます(8都市合計の人口は約1億人)。非都市部の富裕層は分散しているため、網羅的にアプローチすることが容易でなく、高品質な生活用品の販売ターゲットとなりうる人口は、総人口14億人のインパクトに比して意外と限定的?と言えるかもしれません。

写真1 中心街

写真1:オフィスビルやモールが立ち並ぶ中心街

それではインド市場は小さいのでしょうか?以上は収入の観点から考察しましたが、資産に着目すると別の姿が見えてきます。主要8都市の不動産価格はこの数年で急伸しており、不動産価格は日本の都市部と比較しても遜色ありません。その流れは8都市以外にも波及しています。資産の観点からは、より購買力の大きな消費者の実像が浮かび上がります。裕福になっているという実感から、消費行動はアグレッシブさを増しています。

インド経済の強みは、まさに中国をも抜いた世界第1位の人口にあり、労働力人口が年々増加することにあります。しかしリスクもあります。人口が大きいということは、それだけ食糧のインフラ、医療のインフラ、教育のインフラが必要になるということです。インド政府はこれらの基盤を整えようとしていますが、その成否が明らかになるのはこれからです。インフラ整備が進まなければ、大きな人口は逆に負債となり、経済成長が停滞する可能性も生じます。インド市場のポテンシャルは無限ですが、社会全体、特に低所得層の食糧・医療・教育のインフラや所得の底上げまで見据えた中長期の取組み、長期投資に耐えるマインドセットが必要不可欠な市場と言えるのではないでしょうか。

 

写真2 マーケット

写真2:ローカルマーケット 昔ながらのマーケットも人が溢れる

 

3.多様な文化

インドを語るうえで欠かせないのが、文化の多様性です。当然ながら文化には様々な切り口がありますが、ここではその一例として、我々にも身近な食文化を例に説明してみたいと思います。

表2:食習慣における様々な要素の影響

宗教 ヒンズー教徒(人口の79.8%) は、ベジタリアン文化が強い。ただし、現代のヒンズー教徒には、ノンベジ(鶏と魚)を食する人も多い

イスラム教徒(人口の14.2%)は、肉(羊と鶏)を消費する 。豚肉は禁止されている

キリスト教徒(人口の2.3%)、シーク教徒(人口の1.7%) は、全ての種類の肉を消費する

仏教徒(人口の0.7%)、ジャイナ教徒(人口の0.4%)は、ベジタリアンが中心

地方 パンジャブ州、ハルヤナ州、ラジャスタン州などインド北部は小麦を主食とし、ベジタリアンが多い。

南インドは米を主食とする人口が多い。

北東州、ゴア州、ケララ州はキリスト教徒が多く、あらゆる種類の肉が加工、消費されている

沿海部の居住者には魚を食す人も多い

年齢

教育水準

大都市圏の若年層は新しい食への抵抗が少なく、外食や輸入食品にも慣れ親しむ。子供は、ファーストフードやレトルト食品、調理済み食品(ready-to-eat, ready-to-cook)を好む
食事(肉など) インドは世界2位の牛肉輸出国だが、国民の多く(イスラム教徒以外)は牛肉を口にしない。多くの州は牛肉を禁止しており、政治的理由からも牛肉は消費されない

食肉加工の従事者はイスラム教徒かキリスト教徒が中心。

豚肉を口にするする人は非常に少ない

「ベジ(ベジタリアン)」「ノンベジ(ノンベジタリアン)」の区別はインドにおいて非常に重要な要素ですが、単純な2分割ではなく、その背景には様々な要素が絡んでいることをご理解いただけるかと思います。食文化だけをとってみても、宗教、居住地、年齢、教育水準等により異なり、また日々変化しているのです。

 

写真3 ナン

写真3:北インド料理
日本人にもおなじみのナンは、実は北の食文化

 

4.インド進出の成功の近道とは

いかがでしたでしょうか。人口や所得の分布、文化の多様性と、限られた切り口ではありましたが、「インドは『合計』や『平均値』で語ってはいけないマーケットだ」ということが、ご理解頂けたのではないでしょうか。

インド進出にあたっては、

・顧客を理解し、年齢、所得層、地域などターゲットセグメントを検討すること
・Value for Moneyを重視するインドの消費者を念頭に置いた商品開発を行うこと
・競合を理解し、ビジネスモデルや製品差別化のあり方を検討すること
・流通網を理解し、ターゲットセグメントに届く販売チャネルのあり方を検討すること

成功の近道と言えるでしょう。

インドは既に大国ですが、その一方で実はまだまだこれからの国でもあります。インドビジネスには夢と希望が詰まっています。

 

【中央支部国際部グローバルウインド編集部よりお知らせ】
当記事「インドの人口世界一は何を意味するか?」について、記事寄稿者の楠本洋一さんが
2023年9月13日(水)中央支部のセミナーである国際社中にて、この内容についてセミナー形式で登壇いたします。
質疑応答もございます。詳しいお話を聞いてみたい方はぜひ中央支部からのご案内をご覧ください。

セミナー名: 第2回国際派診断士リーダー養成講座(国際社中)
日時:2023/9/13(水)19:00~
形式:Zoom形式と中央支部事務所会場参加のハイブリッド方式

 

写真 楠本洋一

楠本 洋一(くすもと よういち)

東京都中小企業診断士協会 中央支部 国際部所属

インドで工場立ち上げやPMIに従事。
現地駐在中に中小企業診断士を受験。
帰国後、2022年中小企業診断士登録。企業内診断士として、新規事業やM&A、労務・人材開発に携わる。