グローバル・ウインド「SUSHIは英国の国民食の一つとなりつつあるのか」(2023年2月)
国際部 佐々木 隆一
昨年2022年の11月、かねてより定年後に時間が出来たら一度ゆっくり訪問したいと思っていた英国を旅行しました。
英国はわたしが小学校低学年を過ごした国。いつか幼少期に住んでいた街を再訪したいと思いながらも、勤務していた商社での駐在・出張先は米国・アジア地域が多く、欧州を訪問する機会はあまりありませんでした。ちょうど日本政府の帰国時PCR検査規制が緩和され、使わずに溜まっていたマイレージの期限もあったので思い切って行くことにしました。
ご参考までに、英国滞在中にコロナ感染者数がニュースで取り上げられるのを聞くことは、ほとんどありませんでした。混雑した地下鉄車内でも皆マスクなしで会話をしています。
まず、ロンドン北西のヘンドン地域にある、かつて住んでいた家と通っていた小学校を訪れました。どちらも建て替えられることなく昔のままです。英国は、古い建物は建て替えずにずっと使うことが多く、価値も下がらないとよく言われます。築百年以上の建物もざらです。昔の我が家の前を通って懐かしい想いにかられると同時に、ちょっと複雑な気持ちになったのですが、それについては後述致します。
1. 旅の初めにヘンドンにある懐かしいかつての「我が家」を訪問
今回はロンドンだけでなく、高速列車で1~2時間ほどの距離にある周辺の街や観光地にも足をのばしました。報道されているとおり、インフレと円安の影響でどこも物価は高く、ランチをするにも最低2千円程度は覚悟する必要があります。英国の国民食とされるFish & Chipsであってもそのくらいの値段です。訪れた街々で「さてFish & Chipsでも食べよう」と思って探してみたのですが、私のリサーチ力が低いのか意外と見つかりません。
それと同時に気づいたことがあります。寿司(SUSHI)を売っているお店がとても多いのです。SUSHIと言っても、日本のようなバラエティのあるネタはなく、殆どがサーモンとかっぱ巻き・カリフォルニアロールなどです。マグロなどは調達・品質管理が難しいのに対して、サーモンはノルウェー産など欧州でも大量調達が可能ですし、在庫や品質の管理もしやすいからでしょう。
SUSHIが英国人の食生活に入り込んでいることに最初に気づいたのは、高速列車の中でした。4人掛け対面席で同席した中学生くらいの英国人姉妹が乗車し座るなり、お店で買ったらしいかっぱ巻きのパックを取り出して食べ始めました。「英国人でもかっぱ巻きを食べるのか」と驚いたのですが、その後、到着した駅の売店でも、大手スーパーでも、どこに行ってもSUSHI売り場があり、結構みな買っていることに気が付きました。買ってそのままつまんで食べられるという点で、サンドイッチのような手軽さが受けているのかもしれません。
2. ロンドン中央のセンター駅であるパディントン駅併設のSUSHIチェーン ”WASABI”
3.ロンドンの有名デパート セルフリッジ1階の高級食材店内にもある回転SUSHIチェーン”Yo Sushi”
SUSHIチェーン店も多いです。”WASABI”、とか”YoSushi”、”Itsu”などと、どう見ても日本人が命名したとは思えない店名のチェーン店が至るところにありました。私が宿泊したレディング市(ロンドンから高速列車で1時間弱)でも、Fish & Chipsのお店は目立たない場所にひっそり構えていたのに対して、これらSUSHIチェーンは目貫通りなどの目立つところにありました。
4. この寿司弁当がなんと8.69ポンド(2023年1月現在1,390円)! ※下の方の値札
海外でのSUSHI人気といえば、欧米においては、日本滞在経験のある人や、比較的所得が高く健康意識が高い人を中心に広まっているという印象を今まで持っていました。そのため、日本から遠く離れており日本との往来をする人の数が米国やアジアに比べて余り多くない英国で、ここまで広く一般大衆に行きわたっているというのは新鮮な驚きでした。
5.英国大手スーパー ”Marks & Spencer ”レディング駅併設店に飾られたSUSHIの圧巻のレイアウト
英国の多くの主要駅に併設されている大手スーパーの店舗の脇にも、SUSHIのレイアウトがあります。お見事です。
ところで、欧米での「日本食レストラン」のうち日本人が実際に経営しているお店は意外に少ないのはご存じですか。これは昔からのことで、私が30年前に住んでいたボストンでも、ほとんどが日本人以外(多くが韓国人)の経営でした。ただし、シンガポールなどアジア地域では、日本から近いこともあってか、日本の外食チェーンが直接進出している例も多いので一概には言えません。
6.SUSHIチェーン ”WASABI ”ではカツカレー、おにぎりなども販売!
寿司チェーンといってもおいてあるメニューは寿司を超えています。もはや日本レストランのようです。
7.レディング市目抜き通りの ”Itsu ”は、SUSHIだけでなく餃子を中国発音の”チャオズ”ではなく”gyoza ”として販売
大手SUSHIチェーンの1つItsuは、日本食の範囲を超え、餃子とSUSHIを販売していました。
英国での上記のSUSHIチェーン店(WASABI, YoSushi, Itsu など)についても、ネットで調べたところ創業者オーナーは日本人ではないようです。試しにこれらの店舗で一度SUSHIを買って食べてみたのですが、冷蔵庫で冷やした温度のままの冷たさで、食感としては日本の寿司とはやはり違うなとの印象でした。鮮度や在庫の管理上は冷やしたほうが効率的なのでしょうが。
さて、話は変わりますが、今回の英国の旅では日本人にはほとんど出くわすことがありませんでした。帰国前PCR検査義務などの日本政府によるコロナ規制が緩和されたばかりで日本人観光客数がまだ回復していないという事情もあるかとは思いますが、観光地で頻繁に耳にする韓国語や中国語に比較し、日本語はほとんど聞こえてきません。かつて、欧米の観光地でアジアからの観光客と言えば日本人が一番目立っていた時代を知っているだけに少し寂しい気持ちです。
そのような日本人の存在感の低下とは逆に、SUSHIなどの日本の食文化は着実に現地に根付きつつあり、このビジネスチャンスを日本人の起業家の方々に掴み取って頂けることは出来ないだろうか、また、海外での中華料理店と言えば中国人が、インド料理店はインド人が、韓国料理店は韓国人が経営しているのが当たり前なのに、海外の日本食レストランについては必ずしもそうなっていないのは何故だろうかと考えました。
8.レディング市のショッピングモールにあるレストラン ”Osaka”
これを突き詰めると、「なぜ日本人は海外に出なくなったのか、なぜ出ても現地に根付かないのか」という疑問にあたります。もちろん、海外で起業して花を咲かせ、根をはり、大きなビジネス上の成果を上げた日本出身の起業家の方は数多くいます。しかし他のアジア諸国に比べてその数が格段に少ないとの印象は否めません。企業の駐在員にしても、そのまま現地で独立したり転職したりして現地に居つく人は少数派であり、殆どの人が日本に帰国します。私も日本商社の駐在員として、その一人でした。そして子女をいったんは現地校に通わせても受験期になると帰国させ日本の学校に戻します。そういった傾向は、海外にて起業をする日本人が少ないというということと原因が共通している気がします。
さて、冒頭で取り上げたかつての我が家ですが、実は15年ほど前にも仕事でロンドン訪問時に立ち寄ったことがあります。その時には気づかなかったのですが、今回改めて訪れた印象として、通り全体がなんとなく荒れていたのは残念でした。歩道にゴミが散らかっている、あるいは家の前に大型のゴミが置いてあるなど雑然としていたのです。決して空き家や空き店舗が多いわけではありません。それどころか、近年の不動産価格高騰により、近隣一帯の住居や不動産の価格もかなり高くなっていることが街の不動産屋の店頭広告でも確認できました。
ロンドンは世界に冠たる国際都市として世界のあらゆる地域から人が集まってきます。それがこの国の活力の源にもなっているのでしょう。と同時に、海外からの移民の流入により不動産価格が高騰し、また数十年前と比較して街の風景も大きく変化したものと思われます。
かつて自分が住んでいたその街に、価格が著しく高くなった家を買って再び住みたいだろうかと自問自答したとき、正直考え込んでしまいました。居住環境が昔と比べて良くなっているとは必ずしも感じられなかったからです。もちろん住環境は場所によって千差万別であり、特定地域の高額な高級住宅街、あるいは都会から距離のある自然豊かな住宅街であれば昔のままの住宅環境が保たれているのでしょうから、ロンドンのひとつの地域の印象をもって英国の住環境全体を語ることは決して出来ません。
昨今、平均賃金の伸び悩みなど日本経済の地盤沈下がよく話題になりますが、国民の生活水準という視点で見た場合、英国などのように住居の価格だけでなく、食料、交通費、光熱費などあらゆるものが高くなってしまった国と日本と比較してみて、どちらの国の平均的生活水準が高いか、数字だけでは語ることはできません。ワールドカップでも話題になった日本人観客の「ゴミ拾い」に象徴されるような日本人の清潔性なども、数字に表れない形で居住環境・生活水準に貢献していることは間違いないからです。
SUSHIなど日本の食文化が欧州に普及しつつあるのは嬉しい驚きでした。これは日本の起業家の方々にはとってはビジネスチャンスとも思われます。一方で、仮に自分が若いころに戻ったとして、このようなビジネスチャンスを目にしたとしても、果たして住みやすい日本を捨てて現地で起業し、骨を埋める覚悟があるだろうか、それとも単に自分が年齢相応に保守的になり海外に住もうという気持ちが低下しただけなのだろうか、などとつらつら考えながら帰国の途についた今回の旅でした。
以 上
佐々木 隆一(ささき りゅういち)
中央支部 国際部 部員
2018年 中小企業診断士登録