グローバルウインド「サーバントリーダーシップの可能性について」(2022年5月)
国際部 宮川 公一
企業の中でもいろいろなリーダーシップが用いられています。心理学者のダニエル・ゴールマン氏は、リーダーシップを6つのタイプにまとめています。ビジョン型リーダー、コーチ型リーダー、関係重視型リーダー、民主型リーダー、ペースセッター型リーダー、強制型リーダーの6タイプです。日本では、特に中小企業において、経営者のカリスマ性で引っ張っていくリーダーシップがとられ、結果を出している企業では、トップダウン型のリーダーシップが多かったのではないかと思われます。時代の潮流の中で、昨今ボトムアップ型のサーバントリーダーシップを取り入れる企業が増えてきており、サーバントリーダーシップについて考察してみます。
サーバントリーダーシップは、ロバート・グリーンリーフ氏が提唱したリーダーシップのスタイルで、「7つの習慣」のスティーブン・コヴィー氏、ピ―タ―・センゲ氏などの組織のトップリーダーが称賛していたリーダーシップの考え方です。
ピ―タ―・ドラッカー氏は、ロバート・グリーンリーフ氏のことを“私が出遭った中で最も賢い人”と称賛していました。
ロバート・グリーンリーフは、リーダーシップを研究している中で、聖書とヘルマンヘッセ著「東方巡礼」から強くインパクトを受け、 “サーバント・リーダー”という言葉を生み出すに至りました。66歳の1970年には「リーダー」というタイトルでエッセイを発表し、米国においてサーバント・リーダーシップが脚光を浴びるようになり、1990年に亡くなるまで執筆活動を続けました。
サーバントリーダーシップは、今から50年も前の理論なので、決して新しいものではないのですが、日本でも、この10年、サーバントリーダーシップが企業の中で取り上げられるようになっています。どの時代の流れにもマッチできるリーダーシップ理論なのかもしれません。
本場の米国では、スターバックス、サウスウエスト航空、フェデラルエクスプレス、ウォルマート、TDIなどの大手企業がサーバントリーダーシップを社内で取り入れて実践しています。
スターバックスでは、「私たちは、パートナー、コーヒー、お客様を中心とし、Valuesを日々体現します。」「お互いに心から認め合い、だれもが居場所と感じられる文化を作ります」という人に尽くすことに最大の価値基準を置いていますが、その根底にはサーバントリーダーシップの思想があります。スターバックスを訪れると、若者の店員さんが生き生きと働いているのを感じることがありますが、背景に、サーバントリーダーシップの考え方が生かされている証しかもしれません。
かつて、サーバントリーダーシップ入門講座のアシスタントを数回務めたことがありますが、受講生には、学校の校長先生、霞が関の官僚、医師、看護師、企業の人事部の管理職など、さまざまなバックグラウンドの方が受講していたことが興味深かったのを覚えています。共通していたのは、今までのリーダーシップが現場で通用しなくなってきているというものでした。カリスマ性のある強いリーダーシップでは、人がついてこなくなってきており、それぞれの職場環境でのリーダーシップの在り方を模索しているようでした。
サーバントリーダーは、サーバントとリーダーという相反する言葉から成り立っています。サーバントは、まさしく召使や奉仕者であり、それに対して、リーダーは指導者です。真逆の言葉のように感じます。召使のように人のために尽くし、寄り添い、支援し、尚且つリーダーとして方向性をもって導くというスタイルです。サーバントが先にくるので、弱々しいリーダーをイメージしてしまうかもしれませんが、決してそうではありません。サーバントリーダーは、強烈なビジョンを持っていながら、ファロワー(従う人)に寄り添って仕え、一緒に目指すべきところを歩んでいくような感覚です。ですから、ファロワーも“やらされ感”ではなく、サーバントリーダーにモチベーションを引き出してもらいながら、共にビジョンの達成のために尽力することができる組織が作られていきます。
では、サーバントリーダーとは、どのような資質をもっているのでしょうか。ラリー・スピアーズ氏は、サーバントリーダーには下記の10の属性があると述べています。一つ一つの項目に関して、筆者が独自の解釈を含めてみました。
①傾聴(Listening)
相手の望むことを意識的に聞き出すことである。英語では、アクティブリスニングとも言われている。同時に自分の内なる声にも耳を傾け、自分の存在意義も認識していくことが大切である。
②共感(Empathy)
自分の主観的な考えを手放さずに相手の意見を理解しようとすることは共感ではない。相手の立場になって相手の気持ちを感じながら理解しようとすること。共感は訓練して身に着けていくことができる。
③癒し(Healing)
人の心は癒しを必要としている。人を癒すことを学習していくことは大切である。相手の心の内で何か満たされていない点、傷ついている点を見つけ、それを癒していくことができれば、相手が再び立ち上がるきっかけになっていく。
④気づき(Awareness)
日々の生活の中で、周囲へのアンテナを磨くことが大事だが、まずは自分への気づき(self-awareness)がサーバントリーダーとしての資質が高まることにつながる。自分を知り、それから周りを知っていくこと。
⑤納得(Persuasion)
権力や役職を利用して、または、何かのパワーを利用して相手を説き伏せることは、真の納得につながることはない。そのような権力や力を使わずして、相手が納得できるアプローチをするのがサーバントリーダーの資質の一つである。
⑥概念化(Conceptualization)
壮大なビジョン、大きな夢を描く(dream great dreams)能力を育てることは重要である。日常の目標を超えて、自分の考え方の枠を広げていき、思考を広げていくことで、自分の作り上げた枠を超えて、ビジョンを練り上げていくことができる。
⑦先見力、予見力(Foresight)
不透明な時代の中で、未来を見通す力、将来を見据えていく力を養うこと。概念化とも関連しているが、いろいろな情報や知見を統合していくことで、将来が見えていくようになる。過去の経験や知識、現在の状況を鑑みながら、将来起こりそうな出来事が見えてくる。
⑧執事役(Stewardship)
執事役とは、大切ことを任せるに足ると信頼される人物のことである。社会のために、より大きな志をその人になら信託できると思われるような資質である。
⑨人々の成長に関わる(The growth of people)
相手の現状の働きだけではなく、その人格を丸ごと信じ、その人の存在自体がどれほど大切かを信じる心の力を養うこと。一人ひとりを信じ、その人たちの成長のために、人生を用いていくこと。
⑩コミュニティ作り(Building community)
サーバントリーダーは孤独ではない。サーバントリーダーは、人との繋がりを大切にしている。サーバントリーダーは、同じ志を持つコミュニティを創り出していく力を兼ね備えている。
出典:10の属性は、サーバントリーダーシップ ロバート・K・グリーンリーフ (著), 金井 壽宏 (監修), ラリー・C・スピアーズ (編集)
先に述べたように、サーバントリーダーシップの考え方は米国に端を発し、日本にも導入され始めています。サーバントリーダーシップを導入すると、以下のような影響が企業に期待できると言われていいます。
①生産性が向上する
②社員の主体性を高めることができる
③社内のコミュニケーションが円滑化していく
④組織に対する帰属意識の向上を期待できる
とても尊敬している友人の網中達也氏から、サーバントリーダーシップのアジアでの可能性について教えていただきました。網中氏は、現在、Human Unity LLCという会社の代表をされており、主にフィリピンを中心に人材開発トレーニング&コーチング事業を展開されています。日本サーバントリーダーシップ協会の理事もされていて、ご自身の経営する会社でもヒューマンユニティーという社名通り、人間性に重きを置き、その中で、ユニティーをもって統合し ていくという経営理念のもとに事業運営をされています。
最近は、フィリピンからの特定技能の資格者の受け入れ事業を行う中で、人材育成にかかわり、教育研修にも携わっています。フィリピンは、元々キリスト教国でもあるので、人への奉仕、尊重、スチュアードシップ、家族主義などが根付いており、サーバントリーダーの資質が自然に身についている方が多いとのことでした。女性のリーダーが多く輩出されているのも、お国柄が影響しています。網中さん自身、経営者ではありますが、上から話すのではなく、スタッフに寄り添って現場目線から伝えていくリーダーシップを実践され、サーバントリーダーの考え方が、とても機能しているのを実感されています。フィリピン以外でも、台湾に加え、イギリスの紳士的な考え方の影響を受けているマレーシアやシンガポールなどの諸外国もサーバントリーダーシップの考え方が受け入れられやすいのではないか、とのことでした。
一方、ベトナムやミャンマーなどの社会主義的な国では、権威主義的な考え方が根強いので、指示命令が強い人、カリスマ性があるリーダーシップが求められており、サーバントリーダーよりもトップダウン的なリーダーが求められているようです。その国のバックグラウンドもサーバントリーダーの考え方が生かされるかどうかに影響があるようです。また、スタートアップ時の起業の段階では、カリスマ性をもって引っ張っていくリーダーシップが有効であるなど、企業の位置するステージによっても異なってくるかもしれません。
サーバントリーダーシップを実践するときに気を付けなければいけないことを質問した折、網中氏は、サーバントリーダーは弱いリーダーシップだと思われる一面があることを認識することが必要、とのことでした。相手を尊重し、傾聴し、癒しを与えるリーダーという印象が全面に出ると、サポーター的なマネージャーになって、リーダーとしては弱いと判断されてしまう可能性があります。PM理論がありますが、P:パフォーマンスに対してM:メンテナンスが強すぎると、組織からも部下からも弱く見られがちになるそうです。裏を返すと、今の組織はPの要素が先行していることにもなります。
サーバントリーダーを真に適応させていくためには、強烈なビジョンとビジョンを成し遂げる情熱を持ち続けることが大切で、そのビジョンを成し遂げるために、スタッフに寄り添い、人を生かしながら、チームをまとめ、一体となっていくことが必要なのではないか、ということです。サーバントリーダーシップの本質を実現させるためには、終始一貫性をもって、ビジョンを語り続けていく熱意が欠かせないのでしょう。
さらに、網中氏は、現代はSNSの発達で企業とそこで働く人が双方向で評価される時代になり、本当に中身の伴った良い企業が生き残り、良い働きをする人が活躍する時代になってきた、との見解を示されました。そのためには、サーバントリーダーシップの考え方が、経営者―スタッフ間の尊敬や信頼を深くし、絆も強い組織を作ることができる可能性が高く、これから評価されていくのだと思います。
SDG’sが浸透し始めた矢先にコロナで社会が変貌し、組織の在り方が新たに問われる時代になってきました。だからこそ、ポストコロナを見据えて、サーバントリーダーシップが企業に与える影響は少なくないと考えられます。アジア諸国の中小企業に対して、サーバントリーダーシップを導入するようなコンサルティングのかかわり方もあるのではないかと、その可能性を感じました。
宮川公一(みやかわこういち)
東京都出身。慶應義塾大学法学部政治学科卒。
現在、アースサポート株式会社勤務。
2011年4月中小企業診断士登録。東京協会中央支部国際部。介護福祉士、事業再生士補、介護福祉経営士1級、医療経営士3級。健康経営エキスパートアドバイザー、日本経営診断学会員。