グローバルウインド「コロナ禍での海外駐在員生活の実態!苦境の中でみたインドネシアにおける中小企業支援策」(2022年4月)
国際部 種本 淳利
私は2020年7月に中小企業診断士として登録、国際部に入部いたしました。勤務先の業務の都合によって国際部入部直後にインドネシアの首都ジャカルタに赴任することとなりました。
コロナ禍における海外赴任と駐在員生活
任地ジャカルタに赴任した当時、私はコロナ禍が始まって初めてインドネシアに着任した駐在員の一人でした。現地制度に従った隔離生活を終えても在宅勤務が主体で、取引先との挨拶もすべてオンライン、勤務先の事務所に挨拶に訪れても開店休業状態で他の駐在員や部下となる現地職員とのコミュニケーションもオンラインという状況でした。また、官庁や政府系機関を訪問するにはPCR検査等による陰性証明を都度持参する必要があるなど、それまでの海外駐在員経験とは全く異なる状況に戸惑いました。それに加えてコロナ禍は様々な面で困難をもたらしており、アサインされた業務が務まるのか途方に暮れることもありました。
それまで私はアラブ首長国連邦での駐在員を経て中東アフリカ地域のビジネスに10年程度従事する一方で、インドネシアに関する予備知識は皆無だったということも私の苦境にさらに拍車をかけたと言えます。
全世界的に見ても、コロナ禍での海外駐在員生活は、コロナ禍によって一変したと言えるでしょう。日本と任地双方の水際対策によって日本からの出張ベースでの往来はなくなり、本国からの物理的な支援を得にくくなりました。更に、特に医療環境の脆弱な東南アジアの国々では駐在員の家族帯同が困難となった上、駐在員本人が休暇等で任地を離れて旅行したり、日本に一時帰国することすら困難となり、物心両面でハードシップが上がりました。
コロナ禍におけるインドネシア
インドネシアは熱帯性気候に属し、雨季(11月~3月)と乾季に分かれます。その人口は、約300種族から構成されるマレー系住民によって大半が占められており、宗教はイスラム教を信仰する住民が約9割、その他、キリスト教、ヒンズー教などが少数派の住民によって信仰されています。約1万8千からなる島々からなる島嶼国家で、面積は192万km3と日本の約5倍、人口は2億7千万人とアジアでは中国に次ぐ大国で、総人口の約半分は30歳未満という高いポテンシャルを持つ国です。また、1,800以上の日本企業が進出し、在留邦人は約2万人にのぼる我が国にとって重要な経済関係をもつ国です。
ジャカルタ中心部の高層ビル群 | ジャカルタの夕景 |
コロナ禍によるインドネシア経済への影響として、2020年度のGDPが22年ぶりにマイナス成長に陥りましたが、家計消費や投資の持ち直し、海外の石炭需要等の増加による輸出に牽引され早くも2021年度にはプラス成長を回復しました。
インドネシア政府のコロナ対応は、各大臣が横断的に参加するコロナ対策タスクフォースによる医療、出入国管理、国民生活の様々な面での施策をトップダウンで矢継ぎ早に発出しています。一見、朝令暮改的な対応にも映りますが、スピード感をもった対策が打たれているとも言えます。例えば、個人の感染状況やワクチン接種状況の把握に政府指定の保険アプリの使用を義務付け、ビルや商業施設への立ち入り規制がかなりの短期間で徹底されました。もちろん、運用面での不具合や混乱が無いわけではありませんでしたが、まさに「走りながら考える」を体現しており、我が国のコロナ対策との大きな違いを感じました。このような非常事態には、所謂アジャイル方法論のような政府機能の発揮の仕方が、国民の健康・利益保護に直結し、さらに民主国家においては国民による政府の評価を高める結果につながるように感じました。
保険アプリ画面。スマホでワクチン証明管理も可能 | 保険アプリでQRコードを読込み施設入館管理 |
インドネシア政府による中小企業支援策
インドネシア政府がコロナ禍の中で打っている施策の中で特に私が着目するものは、インドネシアの中小企業への支援策を含む「国家経済復興プログラム」です。2021年度に745兆ルピア(5.9兆円)、2022年度には414兆ルピア(3.3兆円)の予算を手当てするインドネシアの目玉政策です。
インドネシアでは大企業以外の企業(すなわち中小企業)はUMKM(英文ではMSME(Micro, Small and Medium Enterprises))と呼ばれ、インドネシア経済の最も重要な柱であると考えられています。インドネシアの中小企業の数は約6,420万(2021年12月時点)で、インドネシアの全企業数の99%以上を占め、雇用の95%以上の雇用を生み、かつGDPの約6割を担うなど、インドネシアのビジネスセクターにおける重要な役割を担っています。
世界各国の例に漏れず、インドネシアの中小企業もコロナ禍によって深刻な打撃を受けました。インドネシア中央統計庁や世界銀行等による調査結果によると、多くの中小企業でローンの返済や、電気、ガス、従業員の給与の支払いに支障がでており、従業員の解雇やレイオフ、原材料の調達さえも困難になっている企業も出ているようです。この状況を受け、インドネシア政府は中小企業支援策の一環として、ローンのリストラ、追加の資本支援、電気料金支払いの猶予およびその他の資金援助を行っているようです。
インドネシア政府は、コロナ禍を通じて消費者行動やビジネス競争の仕組みが大きく変わった事実をとらえ、中小企業には事業のデジタル化を通じた、「衛生、ロータッチ(中間的なLTV(顧客生涯価値)を見込める層)、混雑緩和、移動不要(Hygiene, Low-Touch, Less-Crowd, and Low-Mobility)」という消費者ニーズの変化をとらえた商品やサービスの生産や企業活動の革新を促しています。インドネシア中小企業省のデータ(2021年)によると、中小企業の94%はコンピューターを事業に使用しておらず、また80%はインターネットも使用していないとの情報があります。従い、インドネシア政府は中小企業のビジネス革新の余地は非常に大きいと考えており、広範囲な分野で積極的な中小企業支援を行っていると考えられます。
私の実体験を紹介しますと、非UMKMに分類される私の勤務先が事業を遂行する上で必要な許認可を求めて現地省庁とコミュニケーションをとる場面がありましたが、複数の省庁より政府が指定する中小企業との取引を強く奨励・要請されることがあり、インドネシア政府内における中小企業支援のための体制は公式・非公式を問わず一貫したもので、統率がとれていると感じました。
私は、この国家経済復興プログラムが、インドネシアのビジネス界、特に零細企業を含む中小企業がパンデミックの影響を乗り切り、同時に新しい雇用機会を創出しつつ失業者の増加を防ぐための最も重要な防波堤としての役割を期待されているのだと考えています。
最後に
私はコロナ禍の中でインドネシアに着任し、それまでの駐在員生活からは想像できないような特殊な経験をしました。その中で、世界が同時に影響を受けるコロナ禍という環境の中で、同じ問題への対処に際して日本とインドネシアが異なるアプローチをとっている面が多々あることに気付きました。それぞれの国情や民情が異なるためアプローチが異なることは当然なことでありますが、そうした国情・民情の違いを理解しようとする姿勢が(コロナ禍では尚更容易ではありませんが)、任地で生活しビジネスを展開する上で最も重要な作業であると考えます。
2022年3月現在ではオミクロン株の影響も沈静化しインドネシア社会は平穏を取り戻す方向に向かっていると考えられます。このままインドネシアのみならず世界中でCovid-19パンデミックが収束し、我が国の中小企業診断士が世界中で活躍できる日を取り戻せることを切に願っています。
■種本 淳利(たねもと あつとし)
2020年中小企業診断士登録。東京都中小企業診断士協会 中央支部 国際部所属。
広島県福山市出身。総合商社のインフラ投資部門に所属。