国際部 大井 秀人

 私は一時期、カナダ本社の多国籍のメーカーに在籍していました。その会社は、全世界にお客様を持つ映像機器のソリューションベンダーで、各国企業を買収して成長した企業です。カナダの他にアメリカ、イギリス、オランダ、日本などに買収企業から引き継いだ開発拠点がありました。当時、本社側から買収した各拠点の開発状況が掴めないという課題があり、グローバル標準の開発管理ルールとITツールの導入を進めていました。
 そういった状況で、私は日本拠点の開発プログラムマネージャーとして採用されました。本社指示の元、本社規定の開発管理体系を導入し、開発状況をモニタリングする役割です。1年半の短期間でしたが、欧米の仕事の考え方や進め方を体感しました。1企業の事例ですので一般的とは言い難いですが、欧米企業のリアルな業務推進の姿として経験したことや感じたことをお伝えしたいと思います。

プロジェクト管理専門化として採用
 先述のとおり、私は商品開発プロジェクト管理専門職「プログラムマネージャー」として採用されました。カナダ本社が、開発進捗をITで管理し全社で見える化する方針のもと、各拠点に新たにプログラムマネージャーのヘッドカウントを設置したことがきっかけです。外資系企業なのでジョブ型人事制度です。Job Descriptionに職責が詳細に記述されています。採用されるにあたっては、必要な経験・スキルを有するか、さらには、性格が職種に向いているか(適性)など、メソッドにしたがい厳格に査定(=スコア化)されていたようです。
 後日知ったことですが、興味深かったのは、採用の判断基準の優先順位が、経験・スキルよりも、プロジェクト管理という職種への適性が優先だったという点です。パフォーマンス発揮の最大要因は、職種への適性ということのようでした。これも後日談ですが、もし親会社がこの機能を必要しないと判断したり、会社を売却したりしたら、そのままポジションが無くなる(=クビ)なる可能性が高いと知らされ、少し背筋が寒くなりました。

厳格な開発プロジェクト管理ルール
 上司はモントリオールの本社のカナダ人でした(正確には日本拠点トップとのダブルレポート)。初めての上司とのミーティングは夜9時の電話会議です。ここで開発プロジェクト管理の分厚いルールブックを渡されました(もちろん英語)。世界中の開発拠点が、このルールブックにしたがって全てのプロジェクト管理する必要があるとのこと。「お前のミッションはこのルールを拠点で守らせ、ITに入力しモニタリングできるようにすること」と告げられ、緊張感あるスタートでした。
 そのルールの特徴は3点。①開発フェーズと各フェーズ成果物の定義、②全成果物に対するRACI(*注)の定義、③モニタリングするKPIの定義です。②と③が事細かに定義されています。私は化学メーカーや電機メーカーの勤務経験もあり、そこでも細かな開発規定はありました。しかし、原理原則(体系化や論理性)、網羅性へのこだわりが半端ではありません。この厳密さが日本人に守らせられるのかという不安と、本当に各国の拠点も実施できているのかという疑問を感じながら、導入を始めました。

*注:RACI:業務や成果物の責任部門を明確にするために使うフレームワーク。部門の役割を、R: Responsible(責任がある)、A: Accountable(説明責任がある)、C: Consulted(意見を求められる)、I: Informed(事後に共有される)の4種類で表す。

プロジェクト管理のITを渡され格闘
 プロジェクト管理に使っていたのはJIRAというクラウドパッケージでした。ルールブックの習得に併行して、このツールの習得も必須でした。日本と違うと感じたのは、大きな会社のわりに、システム画面の設定など全て社内で行っていたこと。私の属していた部門は世界中に同僚がいましたが、その同僚たちがITツールを理解し、自ら業務ためにカスタマイズして使いこなしているのに驚きました。活用のためのEXCELマクロもたくさん飛んできます。私自身もツールを深く理解する必要があり格闘しました。
 日本企業にいると業務ITは専門部署やベンダーが入れてくれるイメージがありますが、この会社では業務部門が自ら積極的に導入・活用をドライブしていました。ITの世界では、アメリカ企業は日本企業よりも内製率が高いというデータがあります。まさにそれを地でいっていると感じます。

大切なのは合目的性、運用は意外にフレキシブル
 私の職責は、日本拠点でのこのルールやITの適用です。最初は厳格に適用しないといけないと必死でした。しかし、徐々に日本の開発業務とのギャップが見えてきます。比較的スケールの小さい開発をしている日本拠点にとっては、ルールやITが過剰であることがわかってきました。
 上司に省略や統合したい点を相談すると、意外にもすぐにOKが出ます。目的は開発状況のモニタリングなので、その目的が達成できていればOKなわけです。合理的です。他の拠点からも似た話が出ていたようで、不要なルールや修正必要なルールがあると、ルールはもちろんITもすぐに直してしまいます。都度ベンダーに依頼する日本企業とは対応時間が雲泥の差です。また、今のルールを守るということに固執しないのも特徴的です。

目標を達成したら無干渉
 私が入社する前は、日本拠点は開発状況が見えないがために本社からたびたび確認が入っていたようでした。しかし、このプロジェクト管理の運用が立ち上がり、成果物・進捗がルールどおりに管理されるようになってくると、本社からのリクエストがほとんど無くなりました。また、このことでJob Descriptionの要件を満たしたことになり、評価にもつながりました。
 ちなみにこのようなグローバル共通の開発管理ルールやITツールは、導入が進むと各国の開発状況がトラブルも含めてよくわかります。海外の拠点と比較すると、日本拠点は決められた計画やQCDをきっちり守る傾向が高いこともわかりました。私見ですが、日本人の品質へのこだわりや真面目さといった特性が出ているように感じます。
国によってはエクスキューズが多かったりします。その気質の違いは、お国柄というか本社が無理に変えられるようなものではないように見えました。各国の気質を前提としたマネジメントの必要性が伺い知れます。

 1年半で日本拠点のプログラムマネジメントを立ち上げた後、私は別の会社に移りました。その間、実はこのカナダ人上司には一度しか会っていません。しかも業務開始10か月後の初対面です。それでも問題なく業務遂行できていました。まだコロナ禍前のこと、この経験はかなり衝撃的でした。
 多国籍企業のマネジメントは、基本的に対面を前提にしていないのです。これができる理由は、ジョブ型で私自身含めR&R(Role & Responsibility)が明確に定義されていたことだと思います。ジョブ型における組織の組み立て方は、①経営の目的に応じて全体の枠組みを決め、②必要な業務を分解し、③責任や役割分担を決め、④適切な人をアサインしていく、というのが根本的な思想のようです。その欧米流の合理性を体感した1年半でした。

■大井 秀人(おおい ひでと)
2020年中小企業診断士登録。東京都中小企業診断士協会 中央支部 国際部・渉外部所属。
東京と神戸の2拠点で活動するパラレルキャリア・パラレルロケーション診断士。化学、エンジニアリング、IT、電機、映像機器と多くの業界で、製品開発プロセスのデジタル化や業務改革に関わる。現在、化粧品メーカーでIT/DXを担当。