グローバルウインド「麗しのシリア」(2021年12月)
国際部 吉岡裕之
ここに2枚の写真があります。どちらも同じ場所、シリア北部の都市アレッポのウマイヤド・モスク。1枚はシリア内戦前の姿で、そしてもう1枚は破壊され瓦礫が積まれた現在の姿です。
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皆さんは、シリアと聞くとどんなイメージを思い浮かべますか?
おそらく、最初に思い浮かぶのは近年の内戦のことでしょう。そして、独裁者国家、イスラム国、エトセトラ、エトセトラ。中近東にはなじみの薄い日本人にとって、遠い異教の国はニュースの中だけのものです。過去に出張でこの地を訪れていなければ、私も“シリアと言えば野蛮な国”というイメージを抱いていたに違いありません。
私がシリアへ出張したのは、前々職で中近東担当をしていた1999年のことです。当時、アメリカ大統領ビル・クリントンの仲介などもあり、イスラエルとパレスチナの関係が快方に向かっていたことから、シリアだけではなくアラブ諸国の治安はとても良かったと記憶しています。
この地域の国々への訪問は、どれも印象深く素晴らしい経験でした。そして、その中でもシリアでの滞在が最良の想い出として残っています。短い滞在だったため、訪問できたのはダマスカスだけでしたが、長い歴史と豊かな文化を感じるには十分な時間でした。
ずいぶん昔の話なので記憶もあいまいですが、今回はダマスカス訪問の際に私が受けた印象についてお話をしたいと思います。
1.宗教融合の街
ダマスカスを訪れてまず驚いたのは、そこがイスラム教とキリスト教の融合の街だったことです。街には歴史のあるキリスト教教会が数多くあり、シリアの人口の10%はキリスト教徒だそうです。ヨーロッパとアジアの境に位置し、交通の要として異なる勢力の支配下にあったことから考えるともっともなことですが、独裁国家と言われているシリアにおいてイスラム教以外の宗教が認められていることが新鮮な驚きでした。
(写真3)聖パウロ教会
2.世界最古の街
ダマスカスは、エジプト、メソポタミア、地中海地域を結ぶ要衝の地として紀元前3000年ごろから形成された世界で最古の都市の一つです。その地下5mにはローマやオスマントルコの支配の跡、当時の人々の営みの跡が埋もれていると言います。
中近東の街にはどこにも旧市街というエリアがあり、歴史の面影を楽しませてくれますが、ダマスカスの旧市街は別格で古い歴史を感じさせる趣のある街並みでした。
(写真4)まっすぐな道
3.寛容性のある国家?
シリアは独裁国家ですから、言論の自由などに制限はあったでしょう。しかし、当時のこの国は決して独裁者に抑圧されているような風には見えませんでした。また、イスラム教国家にありがちな女性蔑視の考え方もなく、日本人女性のバックパッカーも多く訪れていたように記憶しています。
なにせ1回きりの訪問なので偉そうなことは言えませんが、当時の私から見たシリアは、古い伝統を守りながらゆっくりと西洋を受け入れていく、そんなゆとりのある雰囲気を持った国だったと思います。
4.アレッポの石鹸
皆さんはアレッポ石鹸のことはご存知ですか?
オリーブオイルを基に作られたこの無添加石鹸は、肌に優しく日本でも大人気の商品です。私が訪問したのはダマスカスでしたが、アレッポの石鹸は街のどこでも買うことが出来ました。しかも価格は日本の10分の1以下。どうせまだ来るだろうと1ダースだけの購入にしたのですが、結局その後は訪問の機会に恵まれず、そうこうしているうちに内戦が始まってしまいました。
(写真5)アレッポ石鹸
5.シリア訪問で感じたことと今に通じる思い
短い滞在で感じたこと、それは単なる独りよがりの感傷かも知れません。しかし、当時の私にとって、シリアという国はやさしい人々が住む豊かな文化を持った国でした。長い内戦を経て廃土と化してしまいましたが、いつかまた平和を取り戻し、私たちを迎え入れてほしいと思います。