グローバルウインド「脱炭素社会に向けて~鉄鋼業からの視点を中心に」(2021年9月)
国際部 德長 幹惠
2020年10月の臨時国会で「2050年カーボンニュートラル宣言」が行われて以来、メディアなどで「カーボンニュートラル」という言葉を見聞きする機会が非常に増えています。今回、私が長らく従事した鉄鋼業界での取り組みを中心に、発信していきたいと思います。
1.カーボンニュートラルに向けた世界的潮流
1)カーボンニュートラルとは
「カーボンニュートラル」とは、CO2だけに限らず、メタン、一酸化二窒素、フロンガスを含む「温室効果ガス」を対象にし、「排出量から吸収量と除去量を差し引いた合計をゼロにする」ことを意味しています。そのためには、まずは温室効果ガスの総量(図1参照)を大幅に削減することが大前提となります。
図1.日本のGHG排出量(2018)
(出所:資源エネ庁HP,「カーボンニュートラルって何?」
図2.エネルギー起源CO2をどのように減らすか
(出所:資源エネ庁HP,「カーボンニュートラルって何?)
しかし、排出量をゼロにすることが難しい分野も多くあります。そこで、これら削減が難しい排出分を埋め合わせるために、「吸収」や「除去」を行います。(図2参照)
2)世界的な脱炭素化(カーボンニュートラル)の流れ
昨今の世界的な気候変動を受け、脱炭素化の流れが急速に進んでいる。2020年から運用開始した、気候変動問題に関する国際的な枠組み「パリ協定」の順守に向けて先行していた欧州に加え、2020年9月の国連総会で中国が2060年の脱炭素化実現目標を掲げたことで、潮流が大きく変化した。(表1参照)
CO2排出量の約6割を占める米欧中日(図3参照)において、脱炭素社会の実現を目指す方向性が一致してきた。
表1.各国のCO2削減目標
(出所:経済産業省資料等より筆者作成)
図3.各国・地域別のCO2排出量シェア
(出所:経済産業省資料等より筆者作成)
EUは気候変動対策と経済成長を両立させるグリーンディール政策実現のために、1兆ユーロの投資計画を発表し、域内の産業競争力に貢献する気候変動政策を推進。
米国は、2021年3月、約2.3超ドルの広範囲にわたるインフラ投資計画を発表し、気候変動対応についてはEV化の促進や電力グリッドへの投資などが盛り込まれている。
中国は、第14次5か年計画などを通じて業種毎の効率化、脱炭素化への取り組みを推進。
ASEAN・インドでは、シンガポールのみが2050年以降のカーボンニュートラルを宣言し、炭素税を導入済み。他の国は、再エネやEVの支援策を中心に積極的な対応を実施。
日本は、「グリーン成長戦略」を策定し、経済と環境の好循環に向けて本格定に始動した。
図4に示すように、鉄鋼業を含む14の重要分野毎に高い目標を設定する実行計画を策定している。(鉄鋼業は⑪のカーボンリサイクル・マテリアル産業に含まれている)
図4.成長が期待される14分野
(出所:環境省ほか、2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略
2.鉄鋼業界のカーボンニュートラルへの取り組み
1)鉄鋼業界のCO2排出
鉄鋼業からのCO2排出量は日本全体の1割超、産業部門の中では4割で最大。(図5参照)
図5.鉄鋼業界のCO2排出
(出所:国立環境研究所温室ガスインベントリオフィス2019より筆者編集)
2)鉄鉱石は還元が必要(図6参照)
図6. 鉄鉱石の還元イメージ
(出所:日本製鉄カーボンニュートラルビジョン2050)
3)鉄鋼製造プロセスからのCO2
電炉法のCO2排出量は、高炉・転炉法の約1/4(図7参照)だが、以下の制約がある。
・スクラップ中の不純物混入等による品質面の制約
・生産規模による効率性
・日本国内のスクラップ発生量の制約
図7.鉄鋼プロセスからのCO2排出量
(出所:JFE環境経営ビジョン説明会資料等より、筆者作成)
4)日本におけるカーボンニュートラルへの方策
①方策1:スクラップを原料とする電炉の活用
スクラップを原料とする電炉を活用することで、国内のCO2排出量を抑制する。
②方策2:還元剤をコークスから水素に変更
鉄鋼業界では、ゼロカーボンに向けた技術ロードマップを策定(図9参照)。まずはコークスの一部を水素に代替するCOURSE50を開発中。COURS50の実証プラントでは、既に10%のCO2削減効果を実現。CCS(CO2回収・貯留)の技術も開発中。
COURSE50(製鉄所内水素利用),Super COURSE50(外部水素利用)は高炉設備を利用するが、水素還元製鉄は高炉を使用せず、水素還元シャフト炉と電炉の新設を想定(図8参照)。
図8.高炉水素還元(COURSE50~Super COURSE50)
(出所:日本製鉄 カーボンニュートラルビジョン2050)
図9.カーボンリサイクル・マテリアル産業の成長戦略工程表
(出所:環境省ほか、2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略)
5)水素還元技術の課題
図10. 水素還元技術の課題と対策
(出所:JFE環境経営ビジョン2050説明会資料)
図10に示すように、水素による酸化鉄の還元は、吸熱反応なので、原料の予熱および水素の加熱技術の開発等が不可欠になる。(現行の炭素による還元は、これに対して発熱反応である)
また、このほかに、直接還元用の高品位原料の生産量は少なく、今後はさらに入手が困難になることも想定される。低・中品位原料の新たな原料処理技術の開発も必須になる。
6)海外鉄鋼ミルの動向
近年、欧州を中心に再生可能エネルギー由来の電力による水分解で水素を製造し、その水素利用で鉄を製造する水素製鉄に基づくプロジェクトが公表されている。
CO2フリーの再生エネルギー由来の水素を“Green hydrogen”とし、望ましい水素の利用拡充を提唱している。鉄鋼では、VoestalpineがH2FUTURE,北欧グループではHYBRIT,ドイツのSalzgitter社はSALCOSの名称で、その構想を公表している。
以下にHYBRITとH2FUTUREについて簡単に紹介する。
①北欧のHYBRIT(図11参照)
図11.高炉プロセスとHYBRITの比較
(出所:鉄と鋼等参考文献より、筆者編集)
②H2FUTURE(図12参照)
図12.グリーン水素によるH2FUTUREの概念
(出所:鉄と鋼等参考文献より、筆者編集)
7)ゼロカーボン・スチールへの挑戦と課題
高炉各社は、2050年カーボンニュートラル実現に向けたロードマップを公表し、水素還元製鉄への挑戦を明確にしつつ、大型電炉での高級鋼製造、高炉プロセスでの低炭素化、CCUSとさまざまな技術を総動員することで、2050年カーボンニュートラル達成を目指している。高炉メーカー自らが、カーボンニュートラルに実現に向けて、電炉の活用に舵を切ることは、歴史的な戦略の転換と理解される。
国内における電炉の生産比率を高めるには、現状条鋼類が中心の電炉の生産品目を拡大する必要がある。
米国では、既に粗鋼生産の7割を電炉が担っている。特に高品質が求められる一部製品以外は電炉で生産している。
以下に、挑戦内容と課題についてまとめる。
①「高炉法による水素還元製鉄」、「電炉法による高炉法並み品質の鋼材生産」等の超革新的技術開発への挑戦。
②他国に先行した新技術の開発および実装。
③世界の他の鉄鋼メーカーの動向を見据えた、研究開発の迅速化
④ゼロカーボンスチール実現に資する、コスト上昇の負担を軽減できる社会システムの構築
⑤ベースとなるカーボンフリー電力の安定供給とコスト競争力の確保。
⑥炭素税などのカーボンプライシングの導入による影響の検証および欧州における無償排出権枠等の制度設計。
■德長 幹惠(とくなが みきえ)
大手高炉メーカーおよびそのグループ会社に勤続40年、その間、生産管理、品質管理、設備企画、技術開発、経営企画、海外事業企画の各部門の管理・経営職を歴任。2016年中小企業診断士登録。現在、鉄鋼関係商社で海外合弁会社への技術支援を担当。エネルギー管理士、通訳案内士(全国・英語)。