国際部 太田 一宏

1.パンデミックからの再起
(1)2020年5月のCommunication
昨年(2020年)の5月27日に、欧州委員会から、Europe’s moment: Repair and Prepare for the Next Generationと題された、Communicationが発信された。
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?qid=1590732521013&uri=COM:2020:456:FIN
ヨーロッパの転換点:次世代へ向けた復興と初動、という訳を勝手に当てはめて理解している。Repairは、新型コロナウィルス感染症によってもたらされたダメージからの、Repairを指している。この「復興」へ向けて、Next Generation EUという基金を創設する、というのがこのCommunicationの主旨である。
その総額は7,500億ユーロ。使途は、欧州を立ち直らせ(to get Europe back to its feet)、 環境健全化(グリーン)とデジタル化を共に加速させ(to accelerate the twin green and digital transitions)、より公正で強靭な社会を創成する( build a fairer and more resilient society)とされている。したがって、柱は、環境政策とデジタル化推進策である。

図表1 Next Generation EUの予算内訳
図表1 NextGenerationEU予算出所:Repair and Prepare for the Next GenerationとNEDO技術戦略研究センター資料から筆者再構成

その構成比みると、そのほとんどがグリーンディール政策に割かれている。そのグリーンディール政策を中心にみていくことにしたい。

(2)グリーンディールは成長戦略として位置づけ
Communicationのなかで、The European Green Deal is Europe’s growth strategy.として、欧州グリーンディールを成長戦略と位置付けている。グリーンディールは、環境を保護しよう、炭素発生を抑えて地球を守ろう、という心優しい戦略にとどまらないものである。It is essential that Next Generation EU drives our competitive sustainability.と続けており、次世代への投資とされている7,500億ユーロを投入することが、競争力ある持続可能性を加速するものと考えられている。パンデミックによって縮んだ経済を、拡大する方向は、環境良化に寄与する経済セクターであって、縮んだ産業を元通りに戻すことは考えていない、という宣言とも読み取れる。Public investments in the recovery should respect the green oath to “do no harm”.公的投資は環境にダメージを与えるようなことは決してあってはならない、これも欧州政府のスタンスである。公的投資=公的調達は環境にダメージを与えないものが求められ、したがって、多くの産業が環境にダメージを与えない製品や製法に変わっていく。

(3)グリーンディールによる復興を通じて目指す効果(雇用・投資・農業)
ア.雇用
グリーンディールによる復興では、環境改善に直接つながる施設・設備を造るのはもちろんのこと、産業全体が活力を取り戻すことが期待されている。なかでも、雇用創出への期待は大きく、This investment should help the European Green Deal become a job-creating engine.と述べられている。特に建設セクターでの雇用創出が経済全体へ変革の波を引き起こすくらいの力ももつことが見込まれている。The upcoming Renovation Wave will focus on creating jobs in construction, renovation and other labor-intensive industries.

イ.投資
もちろん、雇用創出に並行して、あるいは先行して、投資への期待は大きく、the Commission will also focus on unlocking investment in clean technologies and value chains として、環境良化型のバリュー・チェーン全体への投資が行われることが見込まれている。バリュー・チェーン全体の変革は、狭義のサプライ・チェーン、特に輸送・物流部門への投資による経済成長が目論まれている。Public investment to relaunch the recovery of the transport sector should come with a commitment from industry to invest in cleaner and more sustainable mobility.

ウ.農業
環境保護にとって多様な生態系の維持は基本的な要件であり、これを支える農業は、その活性化が強く求められる。都市部以外での復興に関しては、農業が核心的役割を果たすべく、150億ユーロの予算が割かれている。Given the vital role of farmers and rural areas in the green transition, the Commission is today proposing to reinforce the budget for the European Agricultural Fund for Rural Development by €15 billion.

2.欧州グリーンディールとは
(1)経緯:スタートは2019年
2020年のEurope’s moment: Repair and Prepare for the Next Generationで復興の柱に据えられているグリーンディールとは、2019年に欧州委員会が欧州議会などに提示したCommunication(報告書)を指している。
https://ec.europa.eu/info/strategy/priorities-2019-2024/european-green-deal_en
その中で、The European Green Deal is a new growth strategy that aims to transform the EU into a fair and prosperous society, with a modern, resource-efficient and competitive economy where there are no net emissions of greenhouse gases in 2050 and where economic growth is decoupled from resource use. として、2050 年に温室効果ガスの正味排出量がなく、経済成長が資源の使用から切り離された、現代的で資源効率の高く競争力のある経済と公正で繁栄した社会へと変革していくことを目標として掲げるとともに、成長戦略として定義されていた。パンデミック以前から、グリーンディールは欧州成長戦略の柱であり、パンデミックからの復興のために、政府予算を追加するという宣言が2020年5月のEurope’s moment: Repair and Prepare for the Next Generationだったわけである。
EUは、この成長戦略をEU域内だけで実行しようとしているわけではない。The EU can use its influence, expertise and financial resources to mobilize its neighbors and partners to join it on a sustainable path. neighborsやpartnersはEU外の地域やEU域外の国を指しており、それらの地域や国での投資や産業振興でも欧州標準にそった役割を果たそうとしている。The drivers of climate change and biodiversity loss are global and are not limited by national borders. 地球環境問題がEU域内に閉じていないことを示したうえで、EUは地球環境保護を謳った成長戦略で世界をリードしていく、という宣言でもある。
この報告書の中に、実はSDGsの4文字は出てこない。Sustainable Development Goalsというスペルアウトされた形で登場する。日本人にとって、持続的開発目標と言及の度に表記するのは煩雑に感じるが、ヨーロッパ言語の人々にとってはそれが自然なのであろう。グリーンディールをthe sustainable development goals at the heart of the EU’s policymaking and actionという表現で、政策決定と行動の中心に置くと述べている。

(2)政策・施策(気候法・エネルギー・廃棄物削減・建築・輸送)
政策・施策は下図で包括的に表現されているが、核となるものを5つ挙げてみた。

図表2 The European Green Deal
図表2
出所:EUサイト

ア.Climate Law 気候法
気候関連法案は、法制化という方向を示したこと自体も意義が大きい。The Commission will propose the first European ‘Climate Law’ by March 2020. This will enshrine the 2050 climate neutrality objective in legislation. The Climate Law will also ensure that all EU policies contribute to the climate neutrality objective and that all sectors play their part.これによって、法律で2050年に気候への悪影響をゼロにするという目標が制定されている。法制化することで、EUのすべての政策が気候に悪影響を与えないという目標に貢献し、すべての部門がそれぞれの役割を果たすことを確実なものとする。その中で、日本で報道されやすい炭素関税についても述べられている。the Commission will propose a carbon border adjustment mechanism, for selected sectors, to reduce the risk of carbon leakage. ひときわ目をひくのは、世界中で取り組みに「温度差」がある場合、欧州委員会は、炭素に由来するリスクを低減するために、特定の部門に対して炭素国境調整メカニズムを提案する、という一文である。他国も同じように法制化していただきたい、というメッセージとして広く読み取られるものと思う。

イ.エネルギー
A power sector must be developed that is based largely on renewable sources, complemented by the rapid phasing out of coal and decarbonizing gas.
石炭の急速な段階的廃止とガスの脱炭素化により補完される、主に再生可能資源
に基づく電力部門を発展させる必要があります。

ウ.建築
気候に影響を与えない循環型の経済を実現するには、産業の完全な動員が必要 Achieving a climate neutral and circular economy requires the full mobilization of industry.と述べており、全産業がこのグリーンディールに取り組むことを求めている。とりわけ、産業全体への影響が大きいのが建築分野と考えられる。というのは、To address the twin challenge of energy efficiency and affordability, the EU and the Member States should engage in a ‘renovation wave’ of public and private buildings.と公営及び民間の建物を環境に影響を与えない仕様のものへ「改修の波」のように取り組ませたい、と考えられているからである。建物そのものを環境対応型に変えるとともに、周辺産業の変革へも大きな期待がかかっている。

エ.輸送
Multimodal transport needs a strong boost.マルチモーダル輸送の強力な推進が必要としており、マイカー依存から脱却し、電車、バスといった既存の公共交通機関に加え、シェアサイクルという新しい公共交通機関も組み合わせて、マイカーの利便性に対抗する交通体系の変革を進めようとしている。

オ.廃棄物削減
A sustainable product policy also has the potential to reduce waste significantly.
持続可能な製品政策をとることで、廃棄物を大幅に削減しうる、としている。再利用しやすい製品や、廃棄したときに環境へ悪影響を与えない製品への転換そのものは不可避といえるだろう。加えて、その製品を開発する過程で、さらに新たな製品需要が派生する可能性もある。また、過剰包装からの脱却も重要な側面として考えられており、廃棄物が減ることそのものに加え、過剰な包装へ投下されていたリソースがより有効なかたちで利用される面でも環境への寄与が期待できる。ことで、環境可能性もあります。

(3)欧州市民への動機づけ
産業だけではなく、一般市民もグリーンディール成功へ不可欠なメンバーと定めている。The involvement and commitment of the public and of all stakeholders is crucial to the success of the European Green Deal. Recent political events show that game-changing policies only work if citizens are fully involved in designing.
最近の政治的な出来事は、変革を伴う政策は、市民がその設計に十分に関与している場合にのみ機能してきた、ことを十分に認識している。市民生活からみた、グリーンディールのインパクトとして 「日常生活からみた見たグリーンディール What’s in it for me?」というリーフレットも用意されている。

図表3 What’s in it for me
図表3_Whats in it for me
出所:EUサイト

3.ビジネスへのインパクト
(1)企業の動き-「脱炭素」として
我が国の政府は、欧米各国に見劣りするとはいえ、グリーンイノベーション基金2兆円を予算化している。この基金で、民間資金約15兆円の投資を誘発しようという計画である。産業界にも電気自動車を中心とした動きがあることは御承知の通りだが、その進捗は特定の産業に偏っている傾向がある。

図表 4 産業別の脱炭素進捗状況
図表4_産業別脱炭素進捗

これを見ると、生活面での環境保護への対応はこれから、ということが分かる。

(2)衣食住からみたビジネスチャンス
ここまで見てきたようにグリーンディールは、環境保護政策ではない。環境規制を柱に据えて欧州産業に有利な経済環境を作ろうという成長戦略である。エネルギー政策は大きな役割を担うだろうが、それは一部に過ぎず、より広範である。欧州に限った政策でもない、欧州企業を通じて、全世界的に変革を求める戦略である。一般市民の視点から見ると、生活全体を対象にした経済政策ととらえることが適切であろう。上の産業別進捗で見たように、日本国内における生活面で対応は、ほぼ手つかずに残っているブルーオーシャンとみることができる。衣・食・住という切り口でほんの一例を挙げてみると、
衣:衣類の再利用
食:フードロス削減
住:断熱性能に優れた住宅
などがある。

(3)グローバル展開の可能
ここで挙げた3つの例(衣類の再利用、フードロス削減、断熱住宅)は国内で今後が期待される分野だが、グローバル展開の可能性も秘めている。
人口が減り、消費市場が少しずつ小さくなっていく日本にとって、海外市場でのビジネス拡大は不可避、政府の述べているとおりである。日本の海外進出は、技術力の高い商品を海外(特に北米)へ輸出して外貨を獲得することが中心であった時代、標準化された技術を基盤に海外(主にアジア)で生産をしてきた時代、と続いてきた。いずれもメインプレーヤーは工業であった。日本人の持ち味である繊細さ、器用さ、ホスピタリティー・スピリットは工業製品・工業生産という姿になって海外に活路を見出してきた。グリーンディールが影響を及ぼすと思われるこれからの時代は、第3次産業、さらには第1次産業という姿でも、活躍の場が広がっていくと私はみている。
衣類の再利用をビジネスにする例を考えると、再利用する衣類を集めねばならない。そのためには、インターネットを利用するわけだが、商品を販売することを前提としたEコマースとは異なったノウハウが求められることになる。使うプラットフォームは同じかも知れない。しかし、入力してもらうデータやその層別は異なるであろう。グローバル展開するには、共通のノウハウを生かしつつ、ローカライズしていくことが求められる。そこには、思いつきのようなことではなく、粘り強いカスタマイズが力になる。フードロスを目指すための提供量適正化にも、データの蓄積・細部に配慮した分析・それをオペレーションで実行させる現場への目配りが欠かせない。加えて、リサイクルやリユースには、還流型物流が必須である。起点数が多いため、効率的に行うには、それに応じたノウハウが求められる。ここでも、繊細さやホスピタリティー・スピリットは生かされるであろう。
これらを中小企業が単独でスタートさせることをイメージしてしまうと荷が重く感じられ、そんなことは、起こりえないと思われるかもしれない。しかし、社会全体がこの方向に変わっていくのである。グリーンディールは、社会全体をこの方向に変えますよ、というメッセージである、と考えれば、近い将来、これらは当たり前のことになる。診断士の活躍の場もこの社会の変化とともに変わっていく。

■太田 一宏(おおた かずひろ)
東北大学文学部卒業後、大手タイヤメーカーに勤続38年目。米・欧子会社駐在15年。販売企画・IT・労務・小売・海外事業管理の各部門で管理職を歴任。中小企業診断士、第2種衛生管理者、健康経営エキスパートアドバイザー。著書『フレッシュ中小企業診断士による合格・資格活用の秘訣』(同友館、共著)。『月刊 企業診断』に「これから始める診断士のSDGs支援」を執筆。東京都中小企業診断士協会中央支部認定「稼げる!プロコン育成塾」次期共同塾長。すこやかビジネス研究所 代表。
メール:kloud1@nifty.com