グローバル・ウインド

中央支部 安井哲雄

1. はじめに
 私は2019年5月~6月に約10日間、中央アジアのウズベキスタン共和国とキルギス共和国を訪問しました。訪問の目的は、国土交通省から受託した【「質の高いインフラ投資」の理解促進に向けた中央アジア地域におけるインフラシステム海外展開促進支援業務】を実施するためです。
 本業務の背景には、日本政府が世界の旺盛なインフラ需要を取込むために、日本の技術・ノウハウを最大限に活かした「質の高いインフラ」の海外展開に取組んでいます。国土交通省は海外展開を推進する施策の一つとして、中央アジアにおいて2015年から官民インフラ会議を開催してきました。過去の調査や会議から、先方政府の関心が高いのは、道路、防災、下水道、ICTなどのインフラ分野や、最近では観光分野であることが判明しています。
 本受託業務では、私達は官民インフラ会議(含むビジネスマッチング)の企画・開催・運営を支援するとともに、日本企業が現地に進出し案件形成を行うために必要な情報収集を行い、調査報告書を作成しました。この官民インフラ会議には、両国から約100人が参加し、多数のプレゼンテーション、意見交換、ビジネスマッチング、及び交流が行われました。
 官民インフラ会議の概要については、国土交通省のウエブサイトで広報されていますので、ご参照ください。
 https://www.mlit.go.jp/report/press/sogo07_hh_000529.html
 https://www.mlit.go.jp/common/001294592.pdf

2. 中央アジア
中央アジアの地理と地政学
 中央アジアは、カザフスタン、ウズベキスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタンの5カ国から成ります。中央アジアの北から西にかけてロシア、東に中国、南東にアフガニスタン、南西にイラン、西にアゼルバイジャンに囲まれています。中央アジアの5カ国は内陸国(Landlocked country)です。その中でウズベキスタンは陸路では2カ国を経由しないと海路に辿り着かない二重内陸国(Double landlocked country)です。世界で二重内陸国は2カ国のみです。もう一つの二重内陸国はどこかご存知でしょうか? (正解は本稿の末尾に記載しています。)
 中央アジアはアジア大陸の中央部に位置し、天山山脈、シルダリア川* 、草原、オアシス、山岳、渓谷、砂漠が交錯する乾燥性気候の地域です。中央アジアの気候は、夏は酷暑、冬は厳寒です。標高3,000~7,000メートル級の天山山脈、パミール高原、崑崙山脈の雪解け水と地下水の利用によって、これらの山麓や渓谷、三角州地区で人工灌漑によるオアシス農耕が発展しました。中央アジア史の担い手はオアシス農耕民で、シルクロードの中継貿易を通じて経済生活の向上を図り、ユーラシア大陸の文明と文化の交流に寄与しました。  (*シルダリア川は中央アジア、ウズベキスタン共和国東部からカザフスタン共和国南部を流れる川です。水源は天山山脈で、フェルガナ盆地を貫流してアラル海に注ぎ、全長2,212kmの大河です。)
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中央アジア小史
 中央アジアは古来ユーラシアの交易路であるシルクロードの要衝に位置しています。シルクロードで有名な都市はウズベキスタンのヒヴァやサマルカンドです。歴史的には、紀元前にマケドニアのアレクサンダー大王(アレクサンドロス大王)がギリシャを出てペルシャへ東方大遠征し、サマルカンドに到達・支配した後、インドに南下しました。
 13世紀、ジンギスカンのモンゴル帝国の解体が進み、サマルカンドを支配していたチャガタイ・ハン国が分裂しました。その中でモンゴル系部族出身のティムールにより、サマルカンドを都としたティムール帝国が勃興し、中央アジアから西アジアに跨る大帝国が築かれました。ティムールの死後、1500年にティムール帝国はウズベク人によって滅亡し、中央アジアには様々な王朝の勃興・消滅が繰り返され、18世紀に帝政ロシアに征服されます。
 1917年に帝政ロシアが倒れソビエト政権が誕生した後、中央アジアはソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)の共和国となりました。1991年12月にソ連が崩壊し、ロシアを中心とするCIS (連邦独立国家共同体) が創立されました。現在中央アジア4カ国(カザフスタン・ウズベキスタン・キルギス・タジキスタン)はCIS及びCIS自由貿易協定(FTA)の加盟国であり、また、上海協力機構の構成員となっています。
 現在の中央アジアの地政学は複雑ですが、中央アジアはロシア、欧州の鉄道・道路ネットワークと中国の鉄道・道路との連結点であり、物流と経済交流が活発になっています。中央アジアは中国が2013年より主導する一帯一路(One Belt, One Road Initiative)の要として注目されています。
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私と中央アジアとの出会い
 私は2010年1月に初めて中央アジアのカザフスタンを訪問しました。真冬で雪深く、生まれて初めて体験した零下20度の寒さが印象に残っています。2010年3月に再び早春のカザフスタンを訪問。その後、2011年にウズベキスタン、2011年にキルギス、再び2012年にウズベキスタンを訪れました。
 中央アジアの国は、ソ連の解体とともに市場経済移行国となりましたが、永らくソ連の社会主義体制の影響が残っていました。しかし、7年後の2019年にウズベキスタンとキルギスを再訪した時には、新しい変化の波を実感しました。

3. ウズベキスタン
政治経済の変革
 ウズベキスタンでは、カリモフ前大統領が1991年の独立以前から亡くなる2016年9月まで永年にわたりウズベキスタンのトップとして権力を保持し専制政治を行ってきました。カリモフ前大統領は欧米諸国から人権問題や報道規制等の独裁者として批判を受けました。自由主義者や反政府者に対して秘密警察を使って厳しく取り締まった話を聞いたことがあります。私は2012年9月にタシケントで開催された国際会議「ウズベキスタンの社会・経済政策実施における小ビジネスと民間企業の役割と意義」に同国政府の招聘で参加しましたが、会議場の入口前は多数の保安要員が配置され、入場許可証と持ち物を厳しくチェックしていたのが印象的です。これとは裏腹に、会議の前後のレセプションは盛大で、視察プログラムは充実しており、同国政府の「ウズベク流おもてなし」を体感しました。
 2016年、カリモフ前大統領の没後に、大統領代行のシャフカト・ミルジヨエフ氏(現大統領)が選挙で大統領に選出されました。同氏は2003~2016年9月までウズベキスタンの首相を務め、カリモフ前大統領の側近とみられていましたが、新大統領として新しい種々の改革を行ってきました。その改革の事例は以下のとおりです。
• 主要ポストへの側近登用、省庁再編、汚職対策法、バーチャル陳情受付サイト設置、周辺諸国との関係改善
• 法の支配に基づく国民の権利と財産の保護、自由経済区の拡充、輸出外貨の強制売却撤廃
• 「2017~2021年までの5つの優先的開発方針に関する行動戦略(2017年2月)」では、—法の支配の確立とさらなる司法改革、経済の発展と自由化、安全保障の確立、民族間の調和と宗教的寛容性、互恵的かつ建設的な対外政策の実現などを掲げました。
• 2017年には、省庁再編により対外経済関係投資貿易省解体され、国家プロジェクト管理局が設置。
• 2017年に通貨スムの複数為替レートの一本化と外貨売買(コンバージョン)の自由化。2018年に外貨持込み・持ち出しの緩和、等。
 こうした改革を経て市場の開放、経済の活性化、海外観光客の増加が増え、一挙に市場経済化が加速したようです。
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出典:https://www.nationsonline.org/oneworld/map/uzbekistan-political-map.htm

 中でも私が興味を抱いたのは、2017年の大統領令で「イノベーション発展省(Ministry of Innovative Development)」が設置されたことです。一般には聞き慣れない政府官庁の名称ですが、イノベーション省の設立目的は、「ウズベキスタン共和国の2017年-2021年の間の発展の5優先分野において先進的な外国の経験、近年の世界的な科学業績、イノベーティブなアイデア、開発と技術に基づく経済と社会分野の全領域においてイノベーションの牽引を加速することである。」となっています。
 同省の機能には、「国家の長期発展シナリオ、科学研究と先端技術の発展戦略、経済成長の戦略的計画」という全体方針に始まり、「政府機関・組織のパフォーマンスの総合的分析・予測、福祉の増加、科学と革新の発展のための近代的なインフラの整備」、「農業の近代化と集中的な発展」、「ヘルスケアと教育のシステム」「環境保護と環境マネジメントのシステム」、「応用的で革新的な研究の国家科学技術プログラム」まで多岐にわたります。
 一見して他の省庁の管轄と重なる分野が多く、強い官僚組織の中でビジョンの実現は大変だろうと想像しました。一方で社会変革へのチャレンジや意気込みの雰囲気が感じられました。背景に、イノベーション発展省の職員の皆さんは若くて活力があり、英語が堪能、博士号やMBAを保有する高学歴者が揃っていたからです。
 ちなみに、JICA(独立行政法人国際協力機構)は、現在19カ国の新興国を対象にした人材育成奨学計画(JDS)事業を実施しています。JDS事業は日本政府の「留学生受入10万人計画」の一環で、途上国の社会・経済開発政策の立案や実施において中核的役割を果たす人材の育成を目的とし、各国の行政官を対象に日本の大学院課程(修士、博士)で受入れています。JDS事業は最初、1999年にウズベキスタンとラオスの2ヵ国で開始されました。JDS事業は、行政官の開発課題解決能力の向上、日本と対象国との二国間関係の強化、日本の受入大学の国際化推進に大いに貢献してきたと評価されています。

成長と発展のポテンシャル
 ウズベキスタンはエネルギー・鉱物資源に恵まれています。ソ連時代から続く産業、シルクロードの繁栄の歴史、政治・社会の変革、地政学上の優位性(ユーラシアの連結点、ロシアや中国との経済関係)、有為な人材などがあり、ウズベキスタは成長のポテンシャルが大きいと思われます。

ウズベキスタン共和国の基本情報
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出典: JETRO資料等を基に筆者作成

ウズベキスタンの主要国別輸出入 (単位:100万ドル、%)
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出典: JETRO 資料

外資系企業の投資・進出動向
市場の開放に伴い、海外からのウズベキスタンへの投資が活発化しています。やはり、隣国の中国企業とロシア企業の進出が目立ちます。主な投資・進出企業を下表にとりまとめました。
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また、日本企業の活動状況は下表のとおりで、ODAが比較的多いです。尚、ウズベキスタン日本商工会・会員数は28社です。(2018年10月現在)
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 国際政治・経済・安全保障の面から、中国、ロシアだけでなく、中央アジアと日本の関係が重要になってくるでしょう。

 次回、グローバルウィンド 「中央アジアと一帯一路」(2020年9月)その1 ウズベキスタン(後編)に続きます。

〈*回答〉 世界で二重内陸国は、ウズベキスタンとリヒテンシュタインの2カ国です。

■ 安井哲雄 (やすいてつお)
中小企業診断士(1999年、初期登録)、東京都中小企業診断士協会・中央支部会員、中央支部国際部アドバイザー。 株式会社商船三井を2010年に定年退職し、グローカル経営事務所主幸。株式会社ワールド・ビジネス・アソシエイツ シニアコンサルタント。