グローバル・ウインド「ちょっと気になる海外と日本の労使慣行の違い」(2019年11月)
グローバル・ウインド
中央支部・国際部 中川 聖明
(最初に)
今回、表記のとおり、海外の企業と日本の企業の違いについて人事関係を中心に記載してみました。
本内容は、全ての外資系企業や外国企業に当てはまることではありませんが、シンガポール本社とお付き合いする中で、人事に関して感じた違いを掻い摘んで記載します。
1.シンガポールの状況
まずは簡単にシンガポールの概況についてですが、広さは719.2km2人口560万人と東京23区より1割くらい大きい面積で人口は東京の半分くらいです。
エンターテインメント・金融・ヘルスケア・人的資本・イノベーション・ロジスティクス・製造・技術・観光・貿易・輸送に関して、世界的中心国となっています。
また、貿易・交通・金融の中心地の一つであり、世界第4位の金融センターで、世界銀行の『ビジネス環境の現状』の報告書では、シンガポールは9年連続で世界の最もビジネス展開に良い国に選定されています。
公用語は英語中心ですが、中国語、マレー語、タミル語があり、現地居住の方はバイリンガル、トリリンガルの方が多くいらっしゃいます。 国民所得は世界第3位ですが、所得格差は大きいです。感覚的にですが、住宅家賃は日本の2倍以上、食料品についてはいいものは高いです。日本食も当然手に入りますが全般的に価格は倍くらいです。一方で食品関係でも安いものは安いのですが、品質があまりよくないです。国内の雰囲気は、人種の坩堝という雰囲気があり、グローバル環境の縮図という印象が強く感じられます。
交通体系は、地下鉄、バス、タクシーが中心で料金は日本より安めに設定されています。ただし、朝夕の交通渋滞は激しく、時間別に料金が変わることもあります。タクシーは結構見かけますが、スマホのアプリを使って呼び出す方法が一般的です。移動については国土の広さや英語圏の国ということもあり比較的わかりやすいです。
池上彰氏の著書「池上彰の世界の見方 東南アジア」の広告に『明るい北朝鮮」という表現を見つけました。東南アジアの国々は政治体制について言及されている内容ですが、「シンガポールは民主的な選挙はやりつつも選挙制度が与党に有利な仕組み、人民行動党による一党独裁に近い状態であり、政府の悪口を言うと逮捕されかねない」「経済は右肩上がりで発展し、国民1人当たりのGDPは日本より上、政治について文句を言わなければ豊かな暮らしができることから、シンガポールは『明るい北朝鮮』という呼ばれ方をするのです。」と記載されています。確かに社会保障等は閉鎖的な制度であることは感じさせられます。
以下の内容はシンガポールの国情に限定した内容ではありませんが、人事に関して一般的事項として記載してまいります。
2.人事部の組織
全般的に、グローバルカンパニーでは効率的な組織体制がとられ、人事部も例外ではありません。日本の大手企業の人事部機能については採用から退職までの管理業務、給与福利厚生、労務対応、研修ときめ細やかで独立した関係の組織体系が組まれていましたが、機能的には管理を中心とした受け身業務が多かったと言えます。
企業規模の違いもありますが、機能でわけると以下の図で表示されます。【図1】日本では安全配慮義務があり健康管理という機能が労務に組み込まれることもあります。これは独自のものと言えます。
【図1】旧来の日本の人事部 管理機能重視、受身の活動
さて、昨今では、外資系企業を中心に給与福利厚生についてはアウトソーシングして、制度企画部門を置き、各機能や各部門に密着した人事施策を立案提案して事業サポートするするHRBP(人事ビジネスパートナー)を置く組織が一般的になってきました。
これは、各部門や機能の傍に寄り添い、 組織設計、人材配置、サクセッションプラン、タレントマネジメント、採用による人材調達について積極的かるタイムリーな提案をして組織運営についてサポートをするという機能です。外資系企業ではスタンダードになってきましたが、大手日本企業でも採用されてきています。
中小企業でも人事機能には多く人手はさけませんので実質的には行われているかもしれません。【図2】
【図2】 最近の人事部組織 フラットで能動的な組織構造と提案
グローバルな組織運営については、一言でいえばアメーバ型組織であり、プロジェクトや必要事項に応じて改廃が高い頻度で行われます。指揮命令系統については、ソリッドライン、ドッテッドラインが存在します。これは、例えば国内ローカルのマネジメントが正式(Solid)グローバルからのレポートラインが傍系(Dotted)にすることです。
理由としては同時に成立しにくい地域毎のローカルマネジメントと業務のラインマネジメントをする工夫が必要になっているためです。【図3】また、日本法人の社長の職務権限は会社毎に結構な違いがあります。
【図3】Solid line(実線) とDotted line(破線)のレポートラインの例
(機能別に複数名の上司が存在する。)
3.担当業務の決定
外国企業の業務の責任範囲については、個人毎に作成され双方で合意された職務記述書(Job Description)を基本に設計がされています。社員はJob Descriptionに書かれていない業務指示については調整無しでは対応しません。人に仕事がつくことは日本の中小企業から大企業でもあることですが、こちらは契約上個別に、職務内容として明確にしていることが大きな特徴です。担当範囲外の仕事をすると上司から怒られることもあります。グローバルでは「のりしろ」の仕事は基本的にしないのです。
一方で、日本の大企業にみられる部署毎の機能や責任範囲を定義します。業務分掌や分化分掌規程というものは、あまり整備されていません。グループで業務上の成果責任を果たすという考え方と個人が成果責任を果たすという考え方に大きな違いがあります。日本と海外の組織運営は、ラグビーとアメリカンフットボールの違いのようです。
また、日本では法人格が重視されますが、グローバルではそうでもありません。日本の大企業を中心にあるグループ経営では基本的なことですが、グループ会社の親会社子会社の関係すなわち商法上の支配従属関係という考え方が重視され、社員の労働条件にも反映しています。すなわち親会社の方が子会社の労働条件を上回るこがほとんどです。
一方で、グローバル企業では事業部単位(ビジネスユニット)が重要で、法人格はあまり意識されず、あくまで事業場のレポートラインが優先されます。そのため労働条件も子会社の方が親会社より良いケースは見られます。ビジネスがきちんと機能することが重要なので、親会社と子会社間での労働条件の逆転はあまり意識しないです。
更に、日本では事業所管理というのが重要です。労働行政、社会保険、消防等の行政対応は事業所責任者が対応するという発想です。ITをフル活用するグローバル経営では営業活動を除き、その場で行わなければならない管理系の業務の必要性がなかなか理解されにくいことがあります。以前、サイトマネネ―ジャーという形で事業所長を置いたことがありますが、グローバル本部には説明が必要でした。
4.労働条件
就業規則は、事業所に勤務する社員が常時10名以上となると労働基準法により就業規則の作成と提出義務があり、それが、原則労働条件とみなすということになっていりますが、これは日本の独自の慣行と言えます。また、就業規則があるため、労働契約書自体も厚労省のひな形等をみる限り、せいぜい両面1枚です。書面締結していない会社もまだ多いでしょう。
一方で、例えばシンガポール法人の労働契約書は全ての労働条件が網羅的かつ、相当な分量で記載されていました。十数ページにわたりとても重厚内容です。加えて、日本と異なるのは労働条件の一部について交渉の上、変更ができるということです。家族帯同の赴任者が現地契約を結ぶにあたり、家族の英語学習等の便宜が別途図られたというのを聞いたことがあります。日本なら条件が合えば自動的に適用されることでも、海外では交渉により個別に異なる条件が存在しうるのです。
労働条件の一例として、給与は職務給制度と定期昇給制度、賞与は、年収との割合はあくまで「ボーナス」ということで低めであり、支給も年1回に集約されています。月次給与については基本的には守られている印象です。ちなみに、ことの職務給は仕事につく給与のため、潜在職務能力を反映する職能資格給ととなり、人材の流動性を高める効果があります。
また、社会保険はシンガポールの国民と永住者しか加入できません。日本の場合は原則国内居住者対象なので、かなり絞り込まれています。日本から赴任する方含め外国人は海外旅行保険の加入をするなどの工夫をする必要があります。福利厚生として医療費を補填する小さなものを設定している会社はあるようですが、会社が契約する社宅制度というものは現地企業には存在しませんでした。
税金について日本では、会社負担の社会保険料、社宅の会社負担等の経済的利益で所得税が非課税なものがありますが、シンガポールの場合、収入にかかるものは原則全て課税です。一方で税率は低いです。(最大20%程度、日本は各種控除がありますが住民税込みで最大55%)課税ベースが広くて税率が低いというのが特徴です。
5.雇用契約の解除
日本では労働契約法にも示されていますが、解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効となります。さらに日本では会社が行う解雇は3種類(整理解雇、懲戒解雇、普通解雇)しか認められず、能力が低いという理由だけでは解雇は難しいため、人材開発プログラムを実施するのなど、プロセスは丁寧に行うことが求められます。
一方で、例えばシンガポールの場合では、職務給制度が定着している一方で、人材の流動性が高く、キャリアアップ=転職という感覚がありました。自分のキャリアのために自己の得意分野のプロジェクトを求めて入社する幹部クラス社員が存在しないわけでもありません。
そのため、解雇は日本より若干ハードルが低いです。しかしながら、簡単にというわけでなく、やはりそれなりの理由と説明の手続きについては丁寧に対応をする必要があります。但し、日本と大きく違うのはというエビデンスは提示されるものの能力がないから解雇という理由がある程度は通用するところだと言えます。日本と異なり社員側のリスクは大きいでしょう。月次給与は守られても、その水準に満たないパフォーマンスの場合は雇用契約そのものの継続が難しくなるということになります。必要な人材を必要な期間だけ雇用するという考え方が根強いです。
6.キャリアマネジメントは自己責任
日本企業では、会議では積極的に意見を提示せずにリーダーが話すことを合意する場となっている傾向があります。一方でグローバル企業では、ミーティングの席で自分の意見を提示しないことは致命的な結果になります。上司に対しても、業務での成果責任を負っている方ということであり、分け入ってでも意見を述べる必要性があります。カルチャーの違いといえます。特に発言のないことは存在のないことで、会議で発言しないことは参加していないこととイコールとも言えます。
また、キャリア形成についても考え方に違いがあります。終身雇用制度であった日本企業で勤務すれば、長期雇用を前提に新卒を採用して人材育成をするという考えがありました。それ故に異動履歴や資格情報、研修履歴も会社主体で管理をしていました。
最近、日本でも最近は若年層を中心に転職をされる方が多く見られますが、労働力が流動化する場合、自分のキャリアは自分で管理する必要が出てきます。ある外国人の方の話では、自分のキャリアの棚卸をして、職務経歴書を毎年リバイスするそうです。これは見習ってもいいのではと思います。
関連して、最近の日本の若年層社員の中途採用面接をやってきて感じるのは、会社への愛社精神(エンゲージメント)はあまり高くない、一方で自分を高めてくれるチャンスをくれる会社であってほしい。短期間で結果を求めたい。労働時間は短い方がいい。という気持ちは面接でも感じます。
それ故マネジャーの方は30代前半以下の若年層社員に対しては、今までの経験、例えば体育会系のエンパワーマネジメントをするとコミュニケーション等でミスマッチになることもありました。若年層の価値観の違いを踏まえたしなやかな対応が、良好な人材確保という観点で求められていることを感じます。
7.おわりに
海外企業から学ぶこととしてですが、基本は自分のキャリア形成は自己責任で考える。自分の考えを持つこと、また基本的に報酬と一部の福利厚生の責任しか持たないので、一定のサポート以上の個別対応は自立して自らが対応する等が学ばされます。
一方で、外国人から見た日本の労働条件はとても複雑で見えにくいところがあります。日本の事業者ですら労働関連法令や労使慣行に精通していることはありません。ましてや外国人にとってはなおさらでしょう。今後、外国人の就労者が増加する方向ならば、労働関連法令、労使慣行、労働契約の基本となる就業規則を明確に示して、きちんと労働条件を理解して働いていただけるフェアな労使関係づくりをすることは重要と思います。
国との間にはカルチャーの違いがあります。違いについては無理に合わせるのでなく理解をすることからだと考えます。異文化の理解についてはいろいろ書籍も出ています。特に異なる文化と言語から発生するコミュニケーションとコラボレーションの人事上の課題はスムーズな経営を進める上で障壁となることもあり、中小企業診断士としてもぜひ関心を持っておきたいテーマです。
以上
■中川 聖明(なかがわ せいめい)
1965年生まれ。明治大学文学部卒業。
税務署勤務を経て、国内及びグローバルの医薬品メーカー、医療機器メーカーの決算税務担当、労組専従書記長 人事総務部長等のアドミニ系業務を歴任。
1996年 中小企業診断士登録 企業内診断士 東京協会中央支部所属。
1992年 社会保険労務士 2007年 特定社会保険労務士 2016年 日本年金機構年金委員。
第一種衛生管理者 2級FP技能士。
2017年「事例でわかる 相続Q&A こうして避けよう身内の争い」社会保険研究所 出版。