グローバル・ウインド

中央支部・国際部 三宅 秀晃

年々海外進出を考える中小企業は増えてきていますが、進出セミナーや視察に参加するのと、実際の進出の間には大きなギャップを感じている方も多いのではないでしょうか。
最低限のコストで最低限の進出を果たす、リーンスタートアップの海外進出版とも言えるリーン海外進出というものを考えてみました。
私は2012年よりベトナムで仕事をさせてもらっており、そこで得た経験をもとに、私の住んでいるベトナムのホーチミン市を例に紹介します。

 

とりあえず1ヶ月間の出張で海外事業を体感する

例えば視察出張をもう少し拡大して、1ヶ月にわたり海外進出調査としてホーチミン市に滞在することを考えてみます。
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【ベトナム・ホーチミン市の中心部】

■オフィスはコワーキングスペース
ホーチミン市には数多くのコワーキングスペースがあります。米国のウィーワーク(WeWork)もあれば、2016年にオバマ大統領(当時)がセミナーを開催したというドリームプレックス(Dreamplex)という施設など、東京のコワーキングスペースと比べても遜色ないような素晴らしいワークプレイスとなっています。

フリーデスク(自由席)であれば1日だけの利用もできれば、1ヶ月の契約でも可能で、料金は1万円ほどとリーズナブルです。もちろん電源やネットワーク環境は素晴らしく、日本とのテレビ会議もスムーズに行なえます。

■住居はエアビー(airBnB)等
1ヶ月の滞在となるとホテルも良いのですがairBnBでアパートに滞在のもおすすめです。
(ベトナムでは高級マンションもコンドミニアムではなくアパートと呼ぶのが一般的なため、ここでもアパートと呼びます)
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【月300ドル前後の部屋の一例】

築数年の高層アパートメントであれば1LDKで1ヶ月1000ドルほど、ある程度きれいな部屋が600ドルほど、日本人が住むグレードの最安値であれば300ドルほどで1ヶ月間の滞在が可能です。もちろん、最高級のグレードであれば~4000ドルという家賃もありますので、予算や目的によって幅広い選択肢の中から選ぶことができます。

■1ヶ月間の滞在で可能なこと

1. 日本人ネットワークの有効活用
ホーチミン市では現在1万~2万人の日本人が生活していると言われています。ホーチミン市日本商工会の会員企業も100社を超えています。

もちろんJETROや商工会に訪問するのも良いのですが、現地の日本人会がたくさんあるので日程が合うものに参加するのはどうでしょうか。
大きく分けて以下の3つのタイプの会があり、ホーチミン市であれば「スケッチ」「ベッター」というフリーペーパーやベトナビ(ウェブサイト)などに一覧が掲載されています。
● 県人会
● 大学OB会
● 趣味の会

英語での交流に抵抗がなければ外国人同士の交流会も数多く開かれており、日本人会とはまた違う情報を得ることもできます。

2. 取引先候補の訪問・打ち合わせ
1ヶ月あれば取引先候補を数件周る事が可能です。
ベトナムではSIMカードは安価(数百円から購入可能)ですので、現地の電話番号を入手しておくのがおすすめです。

3. 市場・競合調査
日本も都心と地方では生活が違いますが、ベトナムはそれ以上に中心部とそれ以外ではかなり違う生活をしています。視察ツアーなどで訪れるホーチミン市の中心部は、東京で銀座と六本木だけを見ているようなものです。富裕層向け商品ではない商品の展開を検討している場合は中心部だけを見て判断せずに、郊外まで足を伸ばして現地の人の生活を観察してみるのも面白いと思います。

タクシーで10~20分も走れば中心部とはかなり違うローカルなホーチミンを見ることができますが、言語等に不安がある場合は更に現地人材にサポートしてもらうのもよいでしょう。

 

実際に海外事業を小さく立ち上げる

その後、実際に海外拠点を設立して駐在員を置く場合の、リーン海外進出を考えてみます。
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【中心部にあるコワーキングスペース】

■オフィス
法人や駐在員事務所を登記するのであればオフィスが必要ですが、例えばバーチャルオフィスを活用することで毎月3000円〜1万円程で住所を持つこともできます。コワーキングスペースがバーチャルオフィスの機能を持っていることも多くあります。
不動産を賃貸する場合は登記可能物件と不可能物件があることと、時間外利用可否及び時間外空調料金を確認するというのが日本とは異なる注意点です。

1年間の出張という扱いであれば引き続きコワーキングスペースを利用するのも良いでしょう。正式な会社を作ることよりも事業を軌道に乗せる見通しを作ることに重点を置くのであれば、長期出張形式でも良いのではないでしょうか。

サービスや家具のついた個室のレンタルオフィスなら1000ドルを見ておくのが良いでしょう。物件を賃貸するのであれば、安価な物件であればホーチミンの中心部の部屋(20〜40平米程度)が200ドル〜700ドルほどで賃貸可能です。ただし、登記不可能物件も多いので注意してください。登記住所はバーチャルオフィスを利用して、執務スペースは別の場所を利用している方も見受けます。ちなみに、家具は意外と安くなく、机5000円、椅子2500円、鍵付きの棚が10000円からという値段で日本と変わりません。

■人材
現地で活動をするには、どこかで現地人材が必要になってくるはずです。役所への申請関連はすべてベトナム語ですし、市場へのアクセスや取引先との契約なども英語だけでなくベトナム語が必要となる可能性があります。
人材紹介ももちろんあるのですが、実はフェイスブックで日本語人材にリーチ可能です。「日本語の仕事」のようなグループがあり、アルバイトや若い人材であれば募集を出せば一気に履歴書が送られてきます。この方法だと求人に費用がかからないのですが、日本で言うアルバイト募集のような履歴書が多いのがネックです。しかし、その中でも真面目に働いてくれる人はいますし、簡単な通訳やアシスタント業務であれば試しに採用してみるのも良いのではないでしょうか。終身雇用の文化もありませんので、数ヶ月でどちらかから契約打ち切りにすることもよくあります。簡単な通訳・アシスタントで月給300ドルスタートという感覚です。
雇用関係を結ばずに仕事をする人材もある程度存在しており、必ずしも法人化をしてからでなくとも仲間を作れるのはベトナムの面白いところです。雇用制度としての位置づけは微妙ですが、個人事業主(フリーランス)と契約するようなものだと考えています。正規雇用に対する重要性は人によりそれほど高くないので、フリーランス契約で何ヶ月か働いてくれる人も多くいます。
ちなみに、職種を「通訳」や「営業」として募集すると急に高くなるのですが、「日本人のアシスタント」であれば資格を持たない人が応募してくる代わりに一気に給料が下がるので、スモールスタートであればアシスタント募集で初めてみるのも良いです。

■ビザ
長期滞在という時になるのがビザ。ビジネスビザはオンラインで取得で、今のところ最長が3ヶ月ビザですが第三国へ出国すれば何度も取得可能なので1年を超える長期出張も可能です。既に海外取引のある会社であればABTC(APECビジネストラベルカード)の活用も考えられます。これがあれば1回の入国に月3ヶ月間、回数や年間の滞在制限なく滞在することが可能です。ABTCは2016年4月1日より売上金額や投資額の規定がなくなり、中小企業にとっても活用しやすい制度になっているので、海外取引を行っており、海外(APEC圏)によく渡航する社員がいる場合は是非活用したい制度です。
法人を設立して、そこで雇用する場合はワークパーミットを取得でき、自社スタッフが申請する場合は実費(100ドルほど)、代行の場合は500ドル~で2年間有効です。

■事業ライセンス
法人を設立するとなると事業ライセンスを取得する必要があります。現地での営業活動はできなくなりますが、法人ではなく駐在員事務所という形態をとることも可能です。
進出形態や企業により様々な考え方があると思いますが、現地人パートナーを活用して100%外資ではない形、特に100%ローカル資本で設立することで安価にすむこともあります。
業種によっては事業許可が取れなかったり、難しいものがあったり、逆にITなど優遇税制のある産業もあります。
法人設立に関しては必ずしも日系である必要もなく、費用も大きく異なる場合がありますが、ローカル系を利用する場合は仕事の質もピンキリなので外資法人の経験の有無や仕事に対する真摯さなどの確認が必要です。
私がベトナムで運営している法人でも安価な会社に依頼していますが、いつも的確にアドバイスを頂いており、たいへん助かっています。
なお、会計は日本と同じ程度の費用が必要です。

 

リーン海外進出まとめ

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【ホーチミン市にある東南アジアで一番高いビル】

海外進出の形態として、このような最小限のスタートの方法を一つの可能性として紹介しました。もちろんどの会社も将来的には確かな法人組織を作っていくことを目標にしているかと思いますが、まず進出してみることでその日が近くなることもあると思います。進出支援会社等、様々なサービスを提供する会社がありますが実際にFacebookで雇用したスタッフを教育することで時間はかかりましたがほぼ自力で申請を通すこともできました。後は、予算とのバランスになりますが「海外進出といえば法人設立だけで100万円」という話だけではなく、スモールスタートという手段もあるということを紹介しました。
ホーチミン市では1ヶ月と1000ドルほどの経費で実のある時間を過ごせますし、他の新興国も贅沢をしなければ同じくらいだと思います。海外でのミッションと少しの予算を社員に持たせて行かせてみることで、一気に海外進出の話が大きく前進するのではないでしょうか。

 
■三宅 秀晃(みやけ ひであき)
株式会社インタークリエーションズ・Spice Up Vietnam Co., Ltd.代表。ベトナム・ホーチミン市及びダナン市を拠点にグローバル人材育成事業及びメディア事業を手がける。人材育成事業では1週間プログラム『グロキャン!』を企画・運営し、5年以上に渡り400人超の海外体験をサポート。メディア事業では、ウェブメディア運営、現地日本語フリーペーパー発行の他にライター業や取材コーディネイトを行う。ベトナム在住8年目。