グローバル・ウインド「スウェーデンにおける障害者雇用の現場視察」(2019年08月)
グローバル・ウインド
中央支部・国際部 徳田 泰彦
少し前の話となりますが、2013年9月に福祉先進国のスウェーデンに訪問し、障害者雇用の現場を視察したのでご報告したいと思います。
1.背景
総合商社勤務時代に、2009年より6年間、大分県別府にある障害者を雇用している子会社に社長として出向しましたが、その時の経験談をご紹介します。
別府には、太陽の家という障害者の社会復帰を支援する社会福祉法人があり、オムロン、ソニー、ホンダといった名だたる企業が太陽の家との合弁会社形式で工場など障害者が働く場を提供してきました。「保護より機会を」、「世に心身障害者はあっても仕事に障害はあり得ない」という理念のもと、1965年に医師中村裕によって設立されました。2014年5月1日当時で、太陽の家グループ全体で1856人の人々が就業し、そのうち障害者は 1170名でした。
ところで、当時の障害者雇用における課題は、増加する精神障害者の方々への雇用機会の拡大です。2016年時点での障害者数、雇用者数は図表1のとおりですが、精神障害者の雇用が進んでいないことが明白です。
総数 (注1) | 18~64歳 | 雇用者数 (注2) | |
身体障害者 | 436万人 | 101万人 | 34.6万人 |
知的障害者 | 108万人 | 58万人 | 12.1万人 |
精神障害者 | 362万人 | 233万人 | 6.7万人 |
合計 | 906万人 | 392万人 | 53.4万人 |
(注1)
「身体障害者」
在宅者:厚生労働省「生活のしづらさなどに関する調査」(平成28年)
施設入所者:厚生労働省「社会福祉施設等調査」(平成27年)
「知的障害者」
在宅者:厚生労働省「生活のしづらさなどに関する調査」(平成28年)
施設入所者:厚生労働省「社会福祉施設等調査」(平成27年)
「精神障害者」
厚生労働省「患者調査」(平成26年)
(注2) 平成 30 年 障害者雇用状況の集計結果(平成31年4月9日)
厚生労働省調査
障害者雇用を促進するため、政府ではさまざまな対策を打っていますが、代表的なものが障害者雇用促進法です。その主な施策は図表2のとおりです。
●障害者雇用率制度 法定雇用率 2.2% (社員50人以上の企業対象) ●障害者雇用納付金制度 常用雇用労働者101人以上の法定雇用率未達成事業主から、 不足障害者数一人当り5万円/月徴収 (ただし、200人以下の事業所は、4万円/月徴収) ●雇用調整金 雇用率を超えている事業主に対し、超過分一人当たり2万7千円/月を支給 |
このように、国は一定の障害者雇用率を設定し、それを守らぬ企業には「納付金」を徴収し、一定基準より多く障害者を雇用する企業には、「調整金」を与えるという政策をとっています。しかし障害者を健常者と一緒に勤務させるといろいろな課題があり、各企業は個別に解決策を見出さねばなりません。働く場所を拡大しようという努力はそれぞれ行っていますが、何か良いアイディアはないものかと探しているうちに、太陽の家の企業グループで、福祉先進国のスウェーデンの障害者の雇用現場を訪問し、日本での雇用増進のヒントを得ようということになりました。
2.スウェーデンという国
スウェーデンという国の概要をざっと把握しておきましょう。
●国土 日本の1.2倍 ●総人口 930万人 ●労働人口(16~64才) 520万人 ●障害者数 90万人 ●失業者数 39.6万人 ●失業率 7.3% ●女性雇用率 85%(世界一) |
では、スウェーデンにおける障害者雇用施策とはどのようなものでしょう。サムハル(後述)を訪問した際にヒアリングした内容は以下のとおりです。
●障害者の雇用義務・法定障害者雇用率なし
●障害者雇用のための枠組みが主に3つ存在 ●障害者雇用に対する政府の支援 (1)民間企業向け: 障害者の能率が健常者との比較で劣る分の給与相当額を雇用した企業に補助(毎年補助額改定) (2)サムハル(国が設立した障害者雇用組織)向け: サムハルの運営資金補助(サムハルの運営資金の40%相当) (3)サムハル以外の障害者雇用組織向け: 障害者の能率が健常者との比較で劣る分の給与相当額を雇用した組織に補助(4~5年に1回改定など設定方式に弾力性) |
● 障害者が、最終的には保護雇用から一般労働市場での雇用に移行することを目指している(サムハルやその他の保護雇用組織は、そのステップ)
● 障害者への賃金は、その職務に対する報酬の100%が支払われる(=障害により能率が健常者との比較で劣る部分の減額を受けない)
● 障害者は給与を100%支給される一方で税金は健常者と同等に所得に応じて負担しており、その結果障害者には自尊心と社会参画の意識がもたらされる
3.サムハルとは
では、障害者雇用の模範的組織となっているサムハルとはどんな組織体でしょうか。箇条書きにすると、以下のとおりです。
● 政府が100%の株を保有する特殊法人
● 取締役会メンバーは政府による任命
● 従業員数約2万人、うち約1.9万人が障害者
● 本社はストックホルム市
● 全国に250の事業所
● 経営ビジョン
障害者を積極的に採用し、その者に成長の可能性とチャンスをもたらす魅力的な職場を創出していくこと。
従業員数の大半を障害者が占めています。実際に会社は問題なく運営されるのでしょうか。そこで現場で働く人々の障害の種類、程度や、仕事に内容につき伺ったところ、以下の回答を得ました。
では、サムハルでの雇用現場を訪問したので、そのいくつかをご紹介します。
4.サムハルの雇用現場
4-1 InkClub
● ウプサラ市(ストックホルム北方約70キロ)を拠点とする企業
● サムハルの統合的業務(Integrated Operations)受託のひとつ
● インターネット発注のプリンター用インクカートリッジなどの販売が主要業務で、欧州全般がマーケット
● 商品の倉庫管理・梱包・発送作業をサムハルに委託
● サムハル従業員は85人。サムハル従業員の感覚は「InkClub従業員」であり、モチベーションが高い
(感想)
障害者といっても、健常者と全く区別がつかず、スムーズに運営されていました。軽度の身体障害か、内部障害を持つ方々が中心に働いているものと思われます。
4-2 サムハル運営のレストラン
ストックホルム市近郊にあるレストランで、サムハルが運営業務を委託されています。高齢者集合住宅に隣接されていて、お客様はそこに住んでいる高齢者の方々が中心。そのためスウェーデンの伝統的メニューをそろえ、味付けも好みに合わせることで、一定数の高齢者顧客を確保しています。知的障害者であるカタリーナさんとインタビューを実施しました。その中で印象的だったのは、以下のお言葉です。
「このレストランで10年間接客業務を担当しています。サムハルなしでは生きていけません(サムハルがなくては就労はかなわなかった)。サムハルは私にとって多くの意味を持つ存在です」
4-3 サムハル直営のランドリー工場
ストックホルム市近郊にあるランドリー工場を訪問しました。地方自治体からサムハルが委託されている業務ですが、競争入札で契約に至ったとのことです。高齢化の進展によりランドリー業界にも新たなマーケットが生まれています。地方自治体では、高齢者向けに様々なサービスを提供していますが、ランドリー(日本でいうクリーニング)サービスもそのひとつで、各戸別に洗濯、乾燥、たたみまで行うことで付加価値を付けています。高齢者は他人の洗濯物と一緒に洗濯されるのを嫌う傾向があるそうで、人気のサービスです。
従業員数70名の全員が身体障害者で、うち6名は精神障害、3~4名は知的障害を併せ持つとのこと。管理職数名が健常者で構成されていました。
以上3つの事例は、サムハルでは「Integrated Operations(統合的業務)」と呼ばれ、近年力を入れている分野です。この事業の特長は、
● 企業と提携し、企業の業務の一部の委託をうける
● 自前の建物・設備が不要
● 産業が盛んな都市部では有効
● 北部の森林地帯・鉱業地帯では仕事数そのものが十分ではなく、この形態は難しい
● 管理者はサムハルが配置し、指揮命令もサムハルが行う
● 企業側がサムハルに委託する動機はCSRとビジネス合理性(コスト)
ということでした。スウェーデンにおいてもCSR(Corporate Social Responsibility)を強く意識していることが印象的でしたし、委託する企業もコストダウンにつながるということで、一石二鳥のビジネスモデルだと感じました。
5.まとめ
サムハルには精神障害者の雇用に関しての卓越したシステム・ノウハウを期待しましたが、そういうものは見出せませんでした。ただ、障害者には充実したサービスが行政により提供されており、そうした仕組が不要ということではありません。
日本との大きな違いは、障害者が健常者に比べ能力が劣ることを認め、障害者を雇用する企業には、能力不足分を補助金として補填するという考え方です。日本では、基本的には障害者も健常者も同じ仕事をするなら同一賃金という考え方です。どちらが障害者にとって良い制度なのか、考えさせられます。
スウェーデンも日本同様に高齢化や、高労働コストによる輸出産業の海外移転の課題がある中で、サムハルがサービス業や企業との提携型のビジネスに重点を置いていることは示唆に富んでいます。
また、「No charity, but a chance! 保護より機会を!」という太陽の家の理念が、サムハルからも大いなる共感をもって迎えられたことには大いに力づけられました。太陽の家の障害者雇用の理念が世界に通用するということが、証明されたも同然だったからです。
以上
■ 徳田 泰彦(とくだ やすひこ)
1952年生まれ。早稲田大学 応用物理学専攻修了後、総合商社に入社。グローバル通信ネットワークの企画、開発を担当、30歳でNYに赴任後、営業部門を兼務。その後IT関連、特にインターネット関連事業投資、JV設立、経営を担当。退職後は、東京都中小企業振興公社で事業可能性評価事業の統括マネージャーを3年経験。2005年3月診断士登録。