Global Wind (グローバル・ウインド)

中央支部・国際部 安野 元人

 今治市は愛媛県の北東部、瀬戸内海のほぼ中央部に位置している人口約15万人の都市である。しまなみ海道やとびしま海道がかかる世界有数の多島美を誇り、国内だけではなく、世界から多くの観光客が訪れる。この今治市には世界に誇れる2つの産業がある。海運業とタオル製造業である。そして特筆すべきはこの2つの産業の担い手は長くから今治の地に根ざしている中小企業ということである。
 

世界有数の海事都市

 今治市は世界の中でも有数の海事都市として知られる。海運業、造船業、舶用工業などの海事産業が今治市に集積しており、その規模は日本一のみならず世界でも有数レベルの海事クラスターを形成している。造船業は全国一の14事業所を有しており、建造隻数では国内の約17%を占めている。また、海運業の中でも石油や鉄鉱石などの資源を積み外洋を渡る貨物船の所有者は「船主」と呼ばれている。特に今治市の船主は「エヒメオーナー(愛媛船主)」と呼ばれ、日本の外航船2,742隻の30%にあたる830隻以上を今治市内の船主が保有している。このような外航船主の集積は国内には例がなく、北欧・香港・ピレウス(ギリシャ)と並んで世界の四大船主と言われている。
 そして、エヒメオーナーの特徴は社長が個人保証をする家族経営の中小企業ということである。ビジネスモデルは海運大手に船を貸し出し、賃料にあたる用船料を受け取る形態である。用船契約が終われば時期をみて中古市場で船を売却し、新たな船を造船所に発注する。今治市の船主の90%以上は今治市や西日本など国内の造船所に発注している。長年の関係性に加え、船舶機器の品質やトラブル対応の迅速さ、船の燃費性能などライフサイクルコストでは海外の造船所に勝ると考えているからである。また、新たな船を建造するには多額の資金が必要となるが、船主は今治市を本社におく中小企業のため伊予銀行や愛媛銀行など愛媛県内の銀行や中四国を地盤とする地方銀行から融資を受けている。
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(出所:筆者作成)

 このように、エヒメオーナーは愛媛県内や国内の金融機関、造船所と強固なパートナーシップを築いている。このようなパートナーシップが世界有数の海事クラスター形成につながっている。その背景としては、エヒメオーナーが地域に根ざした家族経営の中小企業であることが大きく関係している。
 

地域ブランドから世界へ

 海運業と並び、今治市にはもう一つ世界に誇る産業がある。それが「今治タオル」のブランドで知られるタオル製造業である。今治市は奈良時代の頃から織物が盛んな地域であり、江戸時代になると綿の栽培も行われるようになった。江戸時代後期には今治藩が木綿生産を奨励したこともあり、全国各地に出荷していた。明治時代になると木綿の代替品として綿ネル(毛織物のような風合いの綿織物)に改良を加えたタオルの原型である「伊予綿ネル」が完成した。機械化による大量生産も始まり、タオルの一大産地として発展した。そして、戦後の高度成長期に入ると「タオルケット」などのヒット商品も生まれ、1960年代にタオル生産日本一となった。今治市でタオル産業が発達した理由は、染色に適した良質の地下水、雨量の少ない地域気候、瀬戸内海に面した貿易に適した港町という立地条件に恵まれたことが考えられる。
 しかし、1980年代後半に入ると、中国製などの安価な海外製の輸入が増加し1991年をピークに2000年代には最盛期の20%にまで生産量が落ち込んだ。今治市におけるタオル製造企業の大多数は中小企業であるが、その企業数1991年には約400社あったが、2003年には200社弱とピークの半分に落ち込んでいた。この状況を乗り切るために今治タオル工業組合は2004年に「新産地ビジョン策定委員会」を立ち上げた。また、中小企画庁、日本商工会議所、全国商工会連合会の 3 団体の共同運営による「JAPAN ブランド育成支援事業」として 2006 年から 3年間支援を受け、今治タオルブランド構築を目指した。その結果、「奇跡の復活」を果たすことになる。具体的にはロゴマークの策定、今治タオル共通の品質基準の制定、タオルソムリエ・タオルマイスターの認定、展示会・見本市の出展、アンテナショップの開店など多岐にわたって行われた。
 ロゴマークの策定ではクリエイティブディレクターとして著名な佐藤可士和氏にロゴの作成を依頼した。佐藤氏は当初、仕事を受けることに後ろ向きであったが、お土産に渡された今治産のバスタオルが感動的な風合いと心地よい肌触りだったので、その品質の良さにロゴ作成の意欲が湧いたとのことである。品質基準の制定では、12 項目の厳格な品質基準を設けた。今治タオルの品質の高さを示すもので有名な「5 秒ルール」は吸水性の高さを判断する基準で、タオルを水に浮かべて 5 秒以内に沈むというものである。全国的な業界団体である「日本タオル検査協会」が定める基準は 60 秒なので、それよりもはるかに厳しい基準になっている。
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 展示会・見本市への出展では積極的な海外展開も行った。2009年のヘルシンキ国際家具・インテリア見本市「ハビターレ2009」への出展を皮切りに、2011 年 1 月のミラノ「マチェフ展」への出展、ヨーロッパ全体を対象とした「マチェフ展」など、欧米を中心に今治タオルブランドの売込みを行った。日本人との体格差から来るサイズの問題やヨーロッパの硬水による洗濯の対策など多くの課題があったが、組合企業が一丸となって取り組むことで海外での価値を高めることに成功した。その結果、今治市のタオル生産量は2009年を底にV字回復を果たしている。
 

中小企業の底力

 今治市の海運業、タオル製造業の事例で感じることは中小企業の底力である。海運業では船主と呼ばれる家族経営の中小企業が中心になり、地元の造船所や金融機関と強固なネットワークを築き、世界有数の海事都市として発展を遂げた。またタオル製造業は中小企業で形成される今治タオル工業組合が今治タオルの復活という共通目標に対して一丸となって取り組み、奇跡の復活を果たした。実際、100社以上からなる組合のため、ロゴマークの策定は海外進出などの意見を集約するのに苦労したようである。それを乗り越えることができたのは、景気の浮き沈みに関わらず、より良い製品を作ってきたという中小企業の矜持ではないかと考えている。

 
■ 筆者プロフィール
安野 元人(やすの もとひと)
中小企業診断士、情報処理技術者(プロジェクトマネージャ)、産業カウンセラー
大手衣料チェーンにて店長、スーパーバイザーとして店舗運営管理を行う。現在は大手IT企業の関連会社にてシステム開発などのプロジェクトマネージャーに従事している。ICTの知見と小売・サービス業でのマネジメント経験を活かしたコンサルティングを行なっている。