グローバル・ウインド 「TPP交渉状況のアップデートと活用事例」(2018年06月)
木下 岳之
◇TPPの現状
皆様がよく名前はご存知のTPP(環太平洋パートナーシップ)の現状について、アップデートします。TPPについて、昨今マスコミを賑わしているのは、専らトランプ大統領の米国の離脱であり、協議内容より離脱について多く報道されているようです。
TPPを機会として活かすために、TPPの現状、今後の展開予定と活用事例を簡単にまとめましたので、アウトバウント情報の補充、診断先の中小企業の支援、話題作りとしてお役立てください。
世界一の市場規模である米国の離脱は残念ですが、1年前の米国離脱表明から、米国抜きのTPP11として、参加国は協議を重ねてきました。’17.11月ベトナム・ダノンでの閣僚会議を経て、’18.1月東京での高級事務レベル会合で最終合意に至り、’18.3月には、チリ・サンティアゴで署名が行われました。
(出典)TPP等政策対策本部 内閣官房より
これから各国は、国内の承認手続きに入り、半数の6か国以上が手続きを終えた時点でTPP協定発効となります。日本は、米国を含む12か国が参加したTPP協定をすでに国会で承認していますが、今回改めてTPP11の協定内容で、国会の承認を得ることになります。TPPの発効時期は、各国内の政治状況に左右されますが、2019年の早い時期が期待されています。
表1: TPP11参加国
◇TPPの経済効果
国のTPP等政策対策本部などから公表されている情報では、日本のFTA(自由貿易協定)カバー率が22.7%から39.5%に拡大、物品関税だけではなく、サービス・投資の自由化が進み、結果として、経済効果は、実質GDPを2.59%(約14兆円)押し上げ、雇用を1.25%(約80万人)増加させるとしています。
GDPの効果と言われてもピンとこないかもしれません。そこで、参加国が日本の輸出(アウトバウント)の相手国として、どのくらいの順位に位置しているか、以下の表で見てみましょう。
上位から10位以内に2か国、20位以内に6か国、40位以内に8か国がランクインしていることがわかります。輸出額上位のこれらの国との自由貿易により、一層の輸出促進が期待でそうです。
表2: TPP11参加国に対する日本の2016年輸出額ランキング
(出典)JETRO ドル建て貿易概況より
ご参考ですが、以下の表は、日本の輸出相手国の上位10か国です。
表3:日本の2016年輸出額上位10か国
(出典)JETRO ドル建て貿易概況より
◇TPPのメリットと活用事例
メリットを具体的にみてみましょう。各省庁などから多くのメリットが公表されていますが、今回は中小企業に関係がありそうな以下の3点の活用事例をご紹介します。
1.輸入関税の撤廃
一部の段階的撤廃品目を除き、多くの品目の輸入関税がTPP協定発効後即時撤廃されます。これにより、コスト競争力が上がるため、相手国に対してだけではなく、TPP11に参加していない中国、韓国、台湾などからの品目に対しても、競争優位になります。また、中小企業自らの輸出拡大のみならず、大企業の輸出拡大を通じても中小企業の事業の拡大が図れます。
撤廃される輸入関税率の一例は、以下の表の通りです。地域特産品としてのタオルや陶磁器なども対象になっています。また、昨今、外国人旅行者(インバウンド)が増えているため、日本に滞在して買い物を楽しんだり、快適な生活用品などに触れたりして、日本製品の魅力が直接伝わっていることも輸出(アウトバウント)を後押しすると言えるでしょう。
表4: TPP11参加国の撤廃される輸入関税率の一例
2.原産地規則の「完全累積制度」導入の採用
少し難しい表現になっていますが、要するに、複数の参加国において付加価値・加工工程の足し上げを行い、原産性を判断できることになります。
以下の例でご説明します。冷蔵庫の原産地規則が「付加価値率45%」の場合、累積制度がないと、日本国内で基幹部品を製造するだけでは25%であり、付加価値率を満たせません。しかし、累積制度活用により、締約国Aの組み立てによる付加価値20%を加算することで、45%に達するため、TPP特恵税率が適用されます。部品などを輸出する中小企業にメリットがあります。
図1: 原産地規則の「完全累積制度」のイメージ
(出典)経産省 TPPについて より
また、他の事例として、繊維関連製品を製造・販売する企業が、高付加価値織物は日本で生産し、労働コストの低いベトナムの繊維企業と提携して現地で縫製後、マレーシアなど参加国に輸出することで、撤廃された輸入関税の恩恵を受けることができます。原産地規則を満たすサプライチェーンの可能性が広がります。
3.投資・サービスの自由化
コンビニ等小売業や、劇場・ライブハウス等の娯楽サービスや音響映像サービスといったクールジャパン関連などの外資規制が緩和されます。これにより、サービス業も含めた幅広い分野での海外展開にメリットがでます。
(出典)Food Japan 2018より
例えば、大手コンビニなどが参加国へ進出する要件が緩和されることで、日本国内で地域特産の海産品をコンビニのプライベートブランドとして販売していた企業は、そのコンビニを通じて、海外での販路を獲得できることになります。また、日本の栽培技術を活用して、現地で栽培した農産品をそのコンビニを通じて、販売することが可能になります。このように、食品や日本各地の特産品などを生産する中小企業がコンビニと連携することで海外展開が容易になります。
◇中小企業への今後の展開
今回ご説明しましたように、輸入関税の撤廃に加え、原産地規則の「完全累積制度」導入や投資・サービスの自由化など、中小企業にとっても活用できる場面が多くなりそうです。
さらに、TPP協定には、中小企業分野において、小委員会を設置して中小企業が商業上の機会を利用することを支援する方法を特定すること等が規定されています。これを受けて、経産省は、TPPの内容や活用方策に関する相談窓口として、各地の支援機関との連携を図り、全国各地での相談体制(JETRO、商工会議所、中小企業基盤整備機構など)の整備・強化を行うとしています。今後中小企業向けの支援策が整備される方向ですので、アンテナを高くして、上手に活かすことが必要でしょう。
【参考文献】
・TPP等政策対策本部 内閣官房
http://www.cas.go.jp/jp/tpp/kouka/index.html#merritt
・環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉 外務省
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/tpp/
・TPP(環太平洋パートナーシップ) 経産省
http://www.meti.go.jp/policy/external_economy/trade/tpp.html
・ドル建て貿易概況 JETRO
https://www.jetro.go.jp/world/japan/stats/trade/
■木下 岳之(きのした たかゆき)
大学卒業後、電機や素材メーカーに勤務。経営企画や事業管理に従事。素材・部品から完成品までの製造・販売に関する業務を担当。国内工場や海外駐在などを経験。現在は、事業計画策定・管理、生産関連、販売促進、海外推進、事業承継分野を中心に、コンサルティングや執筆の活動中。
東京都中小企業診断士協会 中央支部 国際部所属
AFP(日本FP協会認定)