グローバル・ウインド 「国際協力機構(JICA)の活用法 ~中東ヨルダンとベトナムでの事例から~」(2018年04月)
Global Wind (グローバル・ウインド)
中央支部 国際部 山田 昭彦
2007年に中小企業診断士の資格を頂戴して10年が経ちましたが、それは同時に中央支部の国際部で活動した10年でもあり、この間、診断士の国際化は急速に進みました。診断士は国内の企業を見るのだから海外は関係がないと言われていた当時と比べ、今は多くの中小企業診断協会やその支部で国際化や海外展開支援の活動が盛んになり、時代の変化を感じます。2011年からは縁あって、JICAとはいろいろな仕事で付き合いをさせていただいたので、診断士がどのようにJICAを活用できるかについて経験から述べてみます。
①独立行政法人国際協力機構(JICA)のボランティア事業について
JICAは技術協力、有償資金協力、無償資金協力の援助手法を一元的に担う、総合的な政府開発援助(ODA)の実施機関です。この定義は正しいのですが、一般にはJICAと言えば青年海外協力隊のボランティア事業が想起されます。 JICAボランティア事業は日本政府のODA予算により、JICAが実施する事業で、開発途上国からの要請に基づき、それに見合った技術・知識・経験を持ち、「開発途上国の人々のために生かしたい」と望む方を募集し、選考、訓練を経て派遣します。39歳までの若人は青年海外協力隊員と呼ばれ、熟年の方にはシニアボランティア制度があり、開発途上国への貢献意欲を持つ40~69歳の方が応募できます。応募方法は後述します。
中東ヨルダン王国への派遣
私は2011年秋に短期シニアボランティア(SV)としてヨルダンに派遣されました。応募に当たり、まずJICAホームページに掲載される各国からの支援要請を見て、自分が希望する派遣先の国とやりたい業務を確認しました。製造系の診断士である私の場合、ベトナムでの生産管理支援、ベトナムでの品質管理支援とヨルダンでの人事管理支援の3つ要請に対して応募を出し、最終的にヨルダンの人事管理支援に決まりました。ヨルダンへの渡航経験がなく、外国での人事管理支援の経験もないわたしにとって、診断士の資格は採用決定に際して重要な役割を果たしたと考えています。短期間の海外赴任の研修が終わってすぐに、ヨルダンの首都アンマンにある工業会議所に入り、工業会議所の要望で経営セミナーを開き、会員企業からの希望で白物家電、ソーラ発電、製薬などの企業を訪問して診断を行いました。折しも時代は「アラブの春」の真っ盛りで、ヨルダンの周辺国のシリアやエジプトで民主化を求める声が自国へ波及するのを恐れたヨルダン国王は、自国民の不満を解消する一策として、杜撰な人事制度、特に給与制度の改革を企業に求めました。採用はコネで決まり、上司の一存で決められた給与は年を経ても変わりませんので、労働者はいつも将来に不安を抱えていました。公正公平で透明な給与制度を持つ企業は少なく、かつ人事制度そのものに関する知識がないので、企業は工業会議所に人事制度の支援を求め、会議所はSVを派遣した次第です。具体的な業務は、人事での評価、給与・賞与、昇給・昇格、教育の目的と方法を企業に指導することでした。企業からは人事制度以外の要請も多く、活動は人事管理に限らず、生産管理、品質管理、経営管理など多岐に渡りました。
ヨルダンでのSV活動の事例
ある大手のペンキ製造工場では、生産性の向上のために診断・支援を工業会議所に求めてきました。その工場では色素を油や水で撹拌して塗料を作り、それを缶に小分けし、在庫していました。塗料は安全を見て注文分より少し余分に作られ、次回注文時まで寝かされます。お客様が指定する色や輝きの種類が多いだけに、その在庫量は莫大で、工場内のあちこちに乱雑に保管されていましたが、営業、製造、倉庫がお互いに在庫責任をなすりつけるだけで、誰も改善に手を付けようとはしませんでした。折しも工場では新たな種類の塗料を製造するために敷地内の別棟に用地を確保しようとしていました。
わたしは企業診断に際して、最初の数日は自分一人で現場を廻り、次に工場長など現場のリーダーに対して現場改善の手法である5Sを現場で示し、最後に工場内の無駄な在庫を整理、整頓するよう提案しました。写真にありますように、乱雑な現場は数か月の改善活動の末に、大きく変わりました。まずは長期に使われなかった死蔵品は廃棄し、床にはオレンジ色のペンキで通路と作業区域、倉庫を区別し、壁には棚を設置して必要なペンキ缶のみを置くようになりました。今まで不用品が溜めこまれたところに大きい活スペースが生まれ、そこに新製品の製造場所を確保することで、別棟を建てる必要がなくなり、この改善は大変に感謝されました。
Before (筆者撮影) After(筆者撮影)
まとめ
ボランティアへの応募に際して、幅広い経営分野をカバーする診断士の知見・経験は海外の現場で活かすことができるので、診断士資格は有効です。資格を活かせるボランティアの分野として、経営、生産管理、品質管理、商業、観光、村落開発そしてITもあります。
②中小企業の海外展開を支援するJICA事業
JICAの中小企業海外展開支援事業は、日本の中小企業が有する優れた技術・製品を途上国の開発に活用し、開発課題の解決に貢献することを目的とします。また、全国の中小企業の海外展開を支援することで、ビジネスの成功はもとより、日本経済の活性化、地域活性化に貢献することも期待されています。2012年度にODAを活用した中小企業海外展開支援事業を開始して以降、本支援事業には、2015年度末までの4年間に約1,650件のご提案があり、その中から約400件が採択されました。これまでアジア・大洋州をはじめ、アフリカ、中東、中南米等の様々な発展途上国で、中小企業の皆様が現地調査や実証事業を実施してきました。
この支援を実行するためにJICAでは支援担当者を国内、国外の事務所に派遣し、彼らは国内では企業にJICA支援事業を紹介し、有望な企業を発掘し、国外では企業の現地調査に協力しています。支援の対象が中小企業なので、中小企業を知る診断士は支援担当者として打ってつけで、実際に多くの診断士が国内外で活躍しています。小職は、ベトナムと日本(神奈川県、山梨県)で支援担当者として活動しました。
ベトナム紹介と中小企業海外展開の事例
わたしは2014年から2年間、ベトナムでJICAの中小企業海外展開支援の担当者として、ハノイ市とホーチミン市に滞在しました。ベトナムでは若年人口の増大、一人あたりのGNPの拡大、政治的安定、治安の良さ、地理的なメリット、日本への好感などの理由から、多くの中小企業がベトナムへの進出を希望しています。同時に日本企業はその優れた技術や製品が、ベトナムでの開発課題を解決してくれることを求められています。急速な経済成長に伴い増大している運輸交通・エネルギー等の経済インフラ需要が伸びています。その反面、依然として農村部の所得水準は低く、地方の少数民族を中心に貧困層が存在しており、急速な経済成長の負の側面として、環境汚染・破壊、地域間格差、保健医療・社会保障分野の体制の未整備等の問題も顕在化しています。貢献と同時にビジネスの成功はこの事業では必要不可欠であり、海外展開の成功の鍵はしっかりとした進出可能性調査(F/S)です。従ってJICA事業ではF/Sを情報面、財政面、人材面で支援しています。
企業は多くの場合、ベトナムでの政府開発援助(ODA)分野に立ち入るので、ベトナムの省庁や自治体と協力することになり、JICAはそれまで培ってきたベトナムでの政府とのパイプを生かし、企業に適切な現地政府機関を紹介するとともに、政府機関に対しては企業の信頼性や技術・製品の優秀さを保証します。
株式会社トヨオカ様は、ロボットシステムを導入してベトナムでの工業化の進展しようとしています。具体的には、ホーチミン市の工業団地の中のトレーニングセンターにロボットを導入し、団地内企業の研修生に生産性向上を教育・訓練する案件です。
https://www2.jica.go.jp/ja/priv_sme_partner/document/578/F151015_summary.pdf
支援担当者は、まず企業の企画書を熟読し、製品や技術の特長を頭に叩き込み、ビジネスプランの可能性を吟味します。その上で、JICA事務所内の専門家、工業団地の管理者に企画を説明して協力を仰ぎます。企業の案件責任者などがベトナムに調査で出張する際は、現場に同行して、工場団地関係者との交流を深めます。案件が座礁することもあり、その際は関係者を集めて対策を練ります。こうした活動は逐一JICA本部などに報告して、情報を共有し、案件がスムーズに進むように管理します。
診断士がこのJICA事業で関りを持てるのは支援担当者としてだけではありません。診断士は外部人材として企業と一緒に活動することができ、戦略策定、企画書の制作、現地調査への同行などで企業を支援し、対価を受けることができます。実際に多くの診断士が企業と一緒にJICA事業に応募して、活動しています。
まとめ
中小企業の海外展開を支援するJICA事業はまだ発展段階なので、診断士にとっては多くのチャンスがあります。ばりばりの国際派診断士は、JICA事業をうまく使って外部人材として企業の海外展開を補強して、協力しています。また、わたしのようにJICAの組織の一員として日系企業を支援する方法もあります。その場合も、海外のJICA事務所で支援する方法と、国内のJICA事務所で支援する道があります。
③SDGsについて
最近、国際協力の世界ではSDGsという言葉をよく聞きます。これは国際協力や国際貢献のキーワードになるのでここに紹介します。SDGsとは「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称です。発音はというと、SDGs(エス・ディー・ジーズ)です。世界のリーダーが2015年9月の歴史的な国連サミットで採択した「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に掲げられた17の「持続可能な開発目標(SDGs)」は、2016年1月1日に正式に発効しました。今後15年間、すべての人に普遍的に適用されるこれら新たな目標に基づき、各国はその力を結集し、あらゆる形態の貧困に終止符を打ち、不平等と闘い、気候変動に対処しながら、誰も置き去りにしないことを確保するための取り組みを進めてゆきます。
SDGsの17の目標を5つのPにまとめてあります。
●人間(People) – あらゆる形態と次元の貧困と飢餓に終止符を打つとともに、すべての人間が尊厳を持ち、平等に、かつ健全な環境の下でその潜在能力を発揮できるようにする(目標1、2、3、4、5および6)。
●豊かさ(Prosperity) – すべての人間が豊かで充実した生活を送れるようにするとともに、自然と調和した経済、社会および技術の進展を確保する(目標7、8、9、10および11)。
●地球 (Planet)– 持続可能な消費と生産、天然資源の持続可能な管理、気候変動への緊急な対応などを通じ、地球を劣化から守ることにより、現在と将来の世代のニーズを充足できるようにする(目標12、13、14および15)。
●平和 (Peace)– 恐怖と暴力のない平和で公正かつ包摂的な社会を育てる。平和なくして持続可能な開発は達成できず、持続可能な開発なくして平和は実現しないため(目標16)。
●パートナーシップ(Partnership) – グローバルな連帯の精神に基づき、最貧層と最弱者層のニーズを特に重視しながら、すべての国、すべてのステークホルダー、すべての人々の参加により、持続可能な開発に向けたグローバル・パートナーシップをさらに活性化し、このアジェンダの実施に必要な手段を動員する(目標17)。
まとめ
JICA事業を理解するためにも、SDGsに関心をもちましょう。少々堅い話が続いたので、
ここで一服です。吉本興業のSDGs動画をご覧ください。「続きを読む」をクリック
http://getnews.jp/archives/1939209
総まとめ:。
ボランティアとして、専門家として、JICAスタッフとしてJICA事業を通じて診断士の資格を有効に十分に活かすことができます。さらにJICA以外にも日本貿易振興機構(JETRO)や中小企業基盤整備機構など海外展開を支援している機関も多数ありますので、それらに登録して業務範囲を拡大することもできます。
ご自分は英語や貿易が苦手で国際派診断士ではないという方もいらっしゃいますが、国内にいて、企業の経営力が向上するように指導して、将来はその企業が海外に羽ばたくことを実現させるのも診断士の役割です。
付記
JICAボランティア事業への応募方法
https://www.jica.go.jp/volunteer/application/
JICA職員や専門家への応募方法
http://partner.jica.go.jp/RecruitSearchForPrsn
JICAの中小企業海外支援事業のWebsite
https://www.jica.go.jp/sme_support/index.html
■山田 昭彦(やまだ あきひこ)
横浜市在住。上智大学外国語学部卒。中小機械メーカに勤めた中小企業診断士。
座右の銘:「変化はチャンス、それに挑戦(CCC)」、「昨日を悔やまず、明日を憂えず」。
ご質問は筆者のメイルアドレスまでお願いします。
kikunayamada@h3.dion.ne.jp