グローバル・ウインド 国内にいても重要な、異文化コミュニケーション(2016年11月)
Global Wind (グローバル・ウインド)
国内にいても重要な、異文化コミュニケーション
突然ですが、英語の問題です。次の2つの英文のうち、1つは大変失礼な言い回しです。どちらでしょうか。
A)Do you speak English?
B)Can you speak English?
私が日本でよく耳にするのは、B)です。そして実は、こちらが大変失礼な言い回しです。しかし、これらを日本語に置き換えると、A)には違和感があります。
A)英語、しゃべりますか?
B)英語、しゃべれますか?
「Can you speak English?」には、相手の英語力を疑問視する意味合いが含まれます。裏を返せば、仮に相手が、英語圏に生まれ育ったとしても英語をしゃべれるようになるかを疑問視してしまっているのです。この記事を読んでいる方の大半が、日本語圏に生まれ育ち、自然と日本語を話せるようになったことでしょう。つまり、あなたが仮に英語圏に生まれ育っていれば、自然と英語をしゃべれるようになったであろうことは、容易に想像できるかと思います。その言語習得力を疑問視されたら、小馬鹿にされているような気分になりませんでしょうか。
もう一方で、「英語、しゃべりますか?」ですと、文脈によっては、しゃべれるか否かに関わらず、しゃべる意向があるかを確認するかのように聞こえる可能性もあるかと思います。仮に相手が、この問いに対して、「いいえ、しゃべりません。」と返答した状況を想像してみてください。何か強い意志をもって、あえてしゃべらないようにしているように聞こえませんでしょうか。よほどの状況でない限り、そんなやり取りには非常に違和感があるかと思います。
なぜ、これだけ単純な文章の翻訳でもこのような違いが生じてしまうのでしょうか。そこには、文化の違いが隠されています。英語圏文化においては、人の立場の上下があったとしても、他とのコミュニケーションを図る際には、それをなるべくフラットにすることが礼儀とされます。特に、上からものを言うような態度は失礼とされます。上記英語例文B)は、相手の言語習得力という、一般的にはできるはずのことを疑問視しているので、相手の能力を蔑み、自分を相手よりも高い立場に上げようという意図があると捉えられてしまいます。
もう一方で日本語圏(つまり日本)では、相手の立場をなるべく上げることが礼儀とされるといえるかと思います。そのため、相手の立場を上げる、ないしは、少なくとも下げないためのコミュニケーション法が多く存在します。その1つに、相手を追い込まないコミュニケーションがあります。上記日本語例文A)では、相手に明確な意思を返答させることとなり、その結果、相手のスタンスを露わにさせ、もしかすると不利な立場に追い込んでしまうかもしれないリスクをはらみます。そこで、B)のように質問することで、「これまで英語を習得する機会に恵まれなかったので、致し方なくしゃべれない」などといった逃げ道を作ってあげることができ、追い込まないコミュニケーションが可能になります。
私は、父親の転勤を機に、13歳から24歳までの期間をアメリカで過ごしてきた、いわゆる帰国子女です。そのため、英語という言語だけでなく、アメリカの文化も体得する機会に恵まれました。社会人になる時には日本で就職して、その後海外へ駐在することもありませんでしたが、外資系企業への転職とインターネットの発達により、日本にいながらにして様々な国籍の人たちと仕事をするという、いわゆる国際的な経験を積むことができました。また、2015年4月に独立してからも、国内外両方に在住の外国人の、起業を支援する業務にも携わっています。そういった経験に基づきここでは、単なる言語習得で終わらない、異文化コミュニケーションの重要性をまとめたいと思います。
<そもそも、異文化コミュニケーションは重要なのか>
もしあなたが、日頃から誰とも接触をしない生活を送っているのであれば、異文化コミュニケーションは必要ないでしょう。極端に言ってしまえば、その場合、コミュニケーションそのものが不要になるかと思います。しかし、この記事を読まれている方の中には恐らく、そのような状況下にいる人はいないのではと想像します。
実は、自分ではない誰かとコミュニケーションをとることは、異文化コミュニケーションの始まりでもあります。恐らくあなたにとって最も小さな文化母体は、家族になるのではないでしょうか。同じ家族内の人同士であれば、家族内文化により、他人よりも多くの共通認識があるため、コミュニケーションが比較的とりやすいのではないでしょうか。それでも、例えば異性の親とは、性別ごとの異なる文化により、同性の親よりもコミュニケーションが若干難しいのではないでしょうか。
職場においても、例えば同じ職種同士の方が違う職種の同僚とよりもコミュニケーションがとりやすかったり、社外においては、同業種との方が異業種とよりもコミュニケーションがとりやすかったりと、国内だけで生活をしていても異文化コミュニケーションはたくさん発生しています。国をまたいだ異文化コミュニケーションでは、日本人同士との方が外国人とのコミュニケーションよりもとりやすいといえる一方で、人類同士との方が他の動物とのコミュニケーションよりもとりやすいともいえます。このように、ミクロで見てもマクロで見ても、コミュニケーションを図っている限り、そこに異文化的要素が存在するため、コミュニケーションそのものが不要な生活を送っていない限り、異文化コミュニケーションは重要であるといえます。
<異文化コミュニケーション事例>
では具体的に、異文化コミュニケーションを図る際にどういったことが起こるのかを、私の経験談を交えて紹介していきます。
①香港系日本人と
この記事を書いている現在、私が携わっている案件の1つに、香港系日本人の起業支援があります。彼は、私と同い年で、在日歴も10年を超え、日本に帰化しています。にもかかわらず、日本語もまだまだネイティブレベルではなく、日本文化にも非常に疎いと言わざるをえない状態です。
そんな彼の起業支援の相談を受けた初期の出来事で、まだ彼の日本語および日本文化への理解レベルが分からなかった時に、会話の流れで、AKB48の話題になりました。在日歴が10年を超えていることと、日本に帰化していることはすでに聞いていたので、当然、AKB48が何なのか、そしてどのような経緯で日本を代表するアイドルグループになったのかなど、一般常識ともいえそうなことぐらいは既知だと思っていました。ところが彼は、グループ名こそ知っていたものの、それ以外のことはほとんど知らない状態でした。彼が起業しようとしている業態にとっては、AKB48のビジネスモデルに関する理解がある程度重要であることから、そのコンセプト、歴代の主要メンバー、人気投票のしくみなどを、自分もWikipediaなどで調べながら、分かるまで説明しました。それに追加して、「その業態で起業したいのなら、これくらいは知っておいた方がいい」とも助言をしました。
この経験で、常識というものがいかに文化に依存していて、実は知らなくても生活に支障をきたさないものであるかということを痛感しました。
②中国の業務委託先と
独立前に私は、外資系広告代理店に勤務していたのですが、その業務の中に、ウェブサイト制作がありました。当時勤めていた会社では、中国以外の拠点では営業活動に力を入れ、中国拠点において実制作を行う、という戦略を取っていました。そのような体制での業務遂行が初めてだった当時の私は、その中国拠点に対して、日本国内で外注するのと同様なアプローチを取ってしまいました。その結果、納期も予算も大幅にオーバーしてしまい、クライアントからのクレーム回避に神経をすり減らすという苦い経験をしてしまいました。
イギリスが本国であったその企業としては、中国拠点の制作業務を、低予算、短納期、高品質と評価していました。ところが、日本で要求される品質が、イギリス、および中国で想定していた品質を大幅に上回っていたため、そのギャップを埋めるために、時間や金額が見積もっていたよりも大幅にオーバーしてしまいました。
日本国内の外注先は予算、納期、品質に関して、後のクレームを避けるために、受注前には悲観的に見積もります。これが中国だと、真逆だったのです。また、クレームへの対応も、国内だと、謝罪をしてからクレームの要因となっている症状を緩和するための策を提案するのに対し、中国だと、その症状が起きてしまった経緯の説明に終始し、緩和策の提案には至りません。
この苦い経験から、その後同様な体制での案件に際して、依頼者である日本側から悲観的な予算、納期、品質を提示して、それに対応できると確約が取れる案件だけを依頼するようにしました。それ以外の案件に関しては、イギリスも巻き込んで、国内での外注に関する承認を取るようにしました。日本的感覚からすると、そうすることで中国側が気を損ねてしまうことを心配しますが、実はそうではなく、中国側としても世界中の拠点から受ける案件の中で、できる・やりたい案件に集中できるということで、意外にも関与者全員がハッピーになれる解決策になりました。
③フランス人クライアントと
私の外資系広告代理店デビューは、フランス系企業への転職でした。それまで、社会人として6年間、日本企業でしか働いたことがなかった私は、ようやく自分の生い立ちを活かせる職場だと、胸を高鳴らせていました。
しかし現実は、そんなに甘いものではありませんでした。フランス人とは、仕事はおろか接するのも全くの初めてで、言語こそ英語だったものの、クライアントと代理店のフランス流関係性がどんなものか全く想像できていませんでした。
当時のクライアント曰く、フランス人は口論好きなので、自分たちからの注文をまずは受け入れないでくれとのことでした。但し、受け入れないための相応な理由を、きちんと理論立てして説明し、自分たちを論破してみてほしいとのことでもありました。
これには、非常に苦労しました。なぜならこれには、フランス流の理論で論破してほしい、という含みが込められていたからです。その中で一番頭を悩まされたのが、「納期に間に合わない」と「金額が上昇してしまう」が論点として認められないことでした。あくまで、品質に関してなぜその品質が必要・不要なのかという論点に終始しなければならず、予算と納期を鑑みてそれが実現できるかは後で考えればいい、というものでした。それを、本当にギリギリ納期が間に合わなくなるまで続けることが求められました。
こればっかりは、日本人としてはどちらかというと理屈っぽいと自己認識している私でも、苦手なコミュニケーション法としてあきらめるしかなく、必要最低限の議論以外は回避するしかありませんでした。
<異文化コミュニケーションのコツ>
こういった経験から、私が自分なりに編み出した、コツのようなものを紹介して、この記事を締めくくれればと思います。4つのポイントがあり、それらの頭文字を取って、「ABCD発信メソッド」と称しています。
A)Assume nothing:前提や想定を捨てる
特に異文化の人とコミュニケーションを図る際には、自らが属している文化内での前提や想定(いわゆる常識)が通用しないと思いましょう。つまり、前提や想定も、丁寧に説明することで、ミスコミュニケーションのリスクを低めることができます。
B)Because:「なぜなら」を口癖にして思考を明確化
日本語の文法は、動詞が最後にくるため、日本でのコミュニケーションは、結論も最後になることが多くなります。こういった文法の言語は少数派のようで、例えば英語では、動詞が主語の次にくるので、国をまたいだ異文化コミュニケーションでは、結論も冒頭に説明することが多くなります。だからといって、伝えなければならないことがそこで終わるのではなく、その理由をその後に伝える必要があります。そうすることで、実は思考が自然と整理されるので、それを心がけることで思考を明確化し、伝わりやすくすることができます。
C)Child proof:子供でも分かる説明を
特に異文化の人とコミュニケーションを図る際、複雑なことを分かりやすく説明することが求められます。その目安として、子供でも分かるかどうか、ということが挙げられます。そうすることが失礼になってしまうのではと思うかもしれませんが、ミスコミュニケーションの方が もっと失礼になってしまう可能性の方が高いです。
D)De-jargonize:専門用語の排除
専門用語は、それを知っている人にしか通じません。異文化コミュニケーションにおいては、相手が専門用語を知らないと思った方が安全です。文脈上どうしても専門用語を使わなければならない時は、補足説明をすることで、ミスコミュニケーションを減らすことができます。
いかがでしたでしょうか。国をまたいだ異文化コミュニケーションを中心にお伝えしましたが、国をまたがない状況下においても、もしかしたら意外にも似たような経験と照らし合わせてお読みいただけたのではないでしょうか。そうであってもなくても、身の周りにもいる異文化の人とのコミュニケーションに役立てていただくことで、国際化に向けて、ゆくゆくは国をまたいだ人たちとのコミュニケーションにも取り組むきっかけとなれれば幸いです。