グローバル・ウインド「ベトナムにおけるレンコン・バリューチェーン構築によるBOPビジネス機会」(2016年5月)
Global Wind (グローバル・ウインド)
ベトナムにおけるレンコン・バリューチェーン構築によるBOPビジネス機会
1.ベトナムBOP層の現状と課題
1993年に58%であった貧困率は2010年には14.2%まで削減された。地域別にみると都市部は6.9%、農村部は17.4%となっている (*1)。ベトナムは、経済発展と貧困削減の成功例として考えられているが、貧富の格差の是正や地域間格差の解消など課題も残る。ベトナムの一人当たり国民所得(Gross domestic product per capita, current prices)は約2,170USドル(2015年)であり、物価水準を考慮した購買力平価に基づくと約6,020USドルである。これを都市部と農村部の人口比率で推計しなおすと、都市部での一人当たり平均所得は約1万2,000USドル、農村部は約3,000USドルである。BOP層の定義は購買力平価基準で3,000USドル以下であり、ベトナムの農村部は平均的にBOP層に該当する。
ベトナムは南北に長い海岸線を有し、豊かな自然に恵まれる一方で、気候変動による影響を受けやすい国でもある。ベトナムの耕地面積のうち約160万ha が沿岸部に存在し、そのうち約90万haが水田である。仮に海面が1m上昇すると、沿岸部全域の70%に相当する 110万haが深刻な打撃を受けると予想されている。この影響を受ける地域のうち93万ha以上はメコンデルタ地域であり、同地域はベトナムの穀倉地帯であるとともに、人口密度が高く、約400万人の貧困層が暮らしている。特にメコン河流域では、貧困層の21.3%が農業や漁業などで生計を立てていることもあり、気候変動が貧困問題に及ぼす影響は無視できない。海面上昇が起これば海水の流入により耕作地が塩害に遭い、農業や食糧安全保障に悪影響を及ぼすことが懸念される。同地域は気候変動により、面積の45%が塩害や農作物の収穫量減少といった影響を受けると懸念されている (*2)。
(*1)2011-2015 年の貧困線は、都市部では 1 人あたりの月収が 500,000ドン、農村部では400,000ドンに設定されている。
(*2)JICA「貧困プロファイル ベトナム」2012年度版
2.BOPビジネスにおける事業面での背景・目的
ベトナム政府は農水産業の付加価値を高め、国際競争力を持たせ、同分野を主力産業の1つに発展させたい意向である。「付加価値向上・持続的開発のための農業セクター改革」が首相決定され、2014年の新年首相所信表明では、「農水産業の付加価値向上と新農村建設を関連付けた持続可能な開発に向けて構造再編に取組む」旨述べられるなど農水産業開発の重要性が示されている。しかしながら、農産物の品質の低さや生産性の低さ、流通ネットワークが未整備であることなどから依然として農村部での所得水準は低く、経済格差の広がりが問題になっている。市場の要求に対応できていない品質や流通過程での品質劣化および価格低下などに由来する農産物の低価格化のため、農産物の生産が農家の生計向上に結び付いていない。また、稼いだ利益のごく一部しか農民に還元されず、残りは中間業者や輸出業者が儲けるという歪な利益配分構造になっている。
事業対象地域のメコンデルタ地域は、国内消費用と海外輸出用の食糧の多くを生産している地域である。同地域の396万haのうち肥沃な沖積土は120万haのみで、硫酸酸性土壌が160万ha、塩土が75万ha、その他が35万haとなっている。沖積土以外の土壌は農業生産性が低く、栽培できる作物も限られている。事業対象地のベンチェ省は塩害に非常に困っており、稲作農地全体の14000 haのうち、10500 haが塩害の被害を受け(水田の塩の濃度は2.5~5 g/L)、作物が全滅している。また、同省はココナッツや柑橘類の果樹栽培が盛んであるが、これらの作物は耐塩性が低く、塩水の侵入による収量減や果実の小型化などが発生している。JICA が実施した開発計画調査型技協の結果によると、ベンチェ省が将来被る生産減や損失金額は地域内各省と比較して高いと予測されている。
ベトナムにおける農業開発の課題、事業対象地域であるメコンデルタやベンチェ省の特性、同地域の開発課題などから、レンコンが塩害に強い作物である利点と日本企業が有する販路、IT農業ノウハウ、品質管理、GAP認証取得ノウハウを用いることで開発課題の解決に貢献しながらビジネス展開できると考えられる。
3.BOPビジネスへの適応妥当性
本事業は、塩水遡上による農作物被害が発生しているベンチェ省において塩害に強いレンコン栽培を普及させ、将来的に同省の特産品にまで高めようとするものである。そのためには、栽培技術や加工技術の近代化、商品化・ブランド化、生産・加工・流通までのフードバリューチェーンを構築する必要があり、本事業におけるゴールは生産性向上と付加価値の高いレンコン商品をベトナム国内、周辺国、日本市場へ安定的に供給するバリューチェーンの構築である。レンコン栽培技術とICT技術を融合し、マーケット情報に基づく売れる量と質、価格を担保したうえでの委託生産と一定価格で買い取る仕組みを確立する。流通に関しては、ベトナム国内の生協やイオンだけでなく事業主体が有する日本での販路に乗せる。ICTシステムにより農場管理から殺菌処理、梱包出荷までを一貫管理し、トレーサビリティーを可能にすることで検査の厳しい日本向け輸出にも対応できる高品質を実現する。同事業で得た利益の一部を用いて農家世帯がViet GAP認証やグローバルGAPを取得するための費用の一部を補助する。
4.市場環境(市場ニーズ、環境、インフラ整備状況)
ベトナムでも健康に対する意識が高まりつつあり、安心・安全な野菜や果物の需要が増加している。しかしながらベトナム安全農産物生産基準(Viet GAP)をクリアした農園の面積は全国でわずか0.4%に留まるなど、安全な野菜の流通は依然として少なく、価格も通常の3~4倍となっている。その背景として同認証を取得するための費用が農園の面積を問わず4,000万~5,000万VND(約20万~25万円)、認証の有効期間は2年間、更新するにはまた同等の費用を支払わなければならず、農家世帯にとって負担が大きいことがあげられる。ちなみに、Viet GAP基準をクリアした農園面積が最も大きいのは南中部ラムドン省の1319haで、全体の4割を占めている。続いて、紅河デルタ地方ビンフック省が400ha、ホーチミン市が268ha、紅河デルタ地方ハイズオン省が132haの順となっている。Viet GAP認証取得促進のためには、大規模農業による単位面積当たりの取得コスト低減、または、単位面積当たりの収益性を高めることで取得コストの負担軽減を図る取り組みが必要と考えられる。
レンコンの流通経路は、レンコン農家→仲買人→レンコン加工企業→小売(スーパー、市場)となっており、ベトナム国内でほとんど消費されている。仲買人に関しては、個人事業形態と農協形態がある。農家と契約して全て買い取る約束をしている仲買人もいる。レンコン加工企業は仲買人から買い取り、皮を剥き、カットし、パッケージングを行い、出荷している。レンコンの価格に関し、農家は10,000VND~12,000VND/kgで販売しており、仲買人が18,000VND~20,000VND/kg(洗浄と真空パックのみで、皮剥きやカットはしてない)で加工会社に卸している。加工されたレンコン商品は以下のとおりスーパーなどで販売されている(表1)。
表1 ベトナムにおけるレンコン商品
商品 | 仕様 | 重量 | イオン(ホーチミン) | 生協(ホーチミン) |
皮剥き、スライス、真空パック | 250g | 24,900(VND/袋) | 25,900(VND/袋) | |
皮付き、真空パック | 400g | 26,900(VND/袋) | 28,900(VND/袋) |
ベトナム人はレンコンをよく食べ、スープの材料にしたり、豚足と一緒に煮込んだりして食べている。
ベトナム産レンコンは日本へも輸出されている。わが国農林水産省の統計によると、レンコンの塩蔵輸入は中国からのものが一番多く、2番目にベトナムであるが、占有率は中国産がほぼ100%となっている。
5.想定するバリューチェーン計画
ベンチェ省のレンコン農家から1haほどの農地を借り、ICTシステムを活用したレンコン生産のテスト圃場とする。テスト圃場にレンコン農家を集め、ICTシステムを活用した栽培指導を行う。テスト圃場で収穫したレンコンを高圧洗浄機にかけた後、さらに手作業で磨き上げる。加工時の衛生管理は次亜塩素酸水を使って殺菌処理する。加工製品のラインナップは、ホール(皮剥き、皮付き)、カット(輪切り、半月、銀杏)、パウダーの3種6品目である。食用として出荷するレンコンは3~4節の範囲で、前後は処分するのが一般的である。通常廃棄している部分や皮、漢方では薬膳効果が高いとされる節の部分も全て使い乾燥用の機械で24時間乾燥させた後、小麦粉の粒子と同等に細かく粉砕してパウダーにする。パウダー状なので料理やパン作りに取り入れやすい。ちなみに、レンコンは、健康に良く、免疫力を高める食材として注目されている。最近では抗アレルギー性もあるという研究結果が発表されている。生産したパウダーを、例えば10g毎にパック詰めにしてBOP層のみならず、中間層や富裕層など全ての世帯の乳幼児の離乳食のサプリメントや子どや老人の栄養改善のための補助食材として販売する。摂取しやすい粉末にし、かつ、安価で摂取量が分かるように小分けにしてパック詰めすることで付加価値がさらに向上する。報道によると外務省、農林水産省、JICA、食品メーカーなど官民一体の協議体「栄養改善事業支援プラットフォーム」(仮称)を年内に発足させ、現地の料理に添加する栄養補助食品(サプリメント)や調味料を低価格で販売する「栄養改善事業」を協力して進めるとのことである。この流れにも乗じてベトナムで生産したレンコンパウダーを途上国の貧困層の栄養改善を目的として南アジアやアフリカに輸出する。
レンコン商品はベトナム国内で販売、周辺国への輸出、塩蔵して日本への輸出も行う。生産管理システム、次亜塩素酸水製造装置、加工機材などは日本から現地へ輸送し、生産・加工の実証や加工商品を用いて試食やテスト販売などプロモーション活動を行う。
ベトナムでの流通先はベトナム生協とイオンを想定している。イオングループがベトナムで展開中の小売・ディベロッパー事業の店舗数は、現時点で、◇イオンベトナム:3店舗、◇イオン・シティマート(AEON Citimart):30店舗、◇イオン・フィビマート(AEON Fivimart):23店舗、◇ミニストップ:31店舗、◇イオンモール:3店舗の計90店舗ある。
■ 青津 暢(あおつ みつる)
青年海外協力隊(10年度1次隊、ラオス)、経営コンサルティング会社、人材サービス会社などを経て、現在、開発コンサルティング会社に勤務。外務省、JICA、JETRO、中小企業基盤整備機構などの企業進出支援スキームなどを活用して中小企業の海外進出支援に従事。
(連絡先)m.aotsu@kfy.biglobe.ne.jp