Global Wind (グローバル・ウインド)
ベルギー ~ 欧州の中心

中央支部・国際部 長田 真由美

 グローバルウインドではアジアの話題が多いが、今回は私が10年滞在した欧州、ベルギーについて紹介したい。
 ベルギーは近年ようやく、ビール、チョコレート、ワッフルなど食文化の側面で日本でも有名になった。人口あたりのレストランの数は世界一と言われ、レストランのレベルはフランスよりも高いとも思われるが、パリやロンドンほど値が張らないグルメ天国である。世界最大のビール会社インベブはベルギーの会社である一方、小規模生産者による地ビールの数は数百に上る。
 が、ビール、チョコレート、ワッフル以外は知られていないようで、「ベルギーってどこにあるの?」「ベルギー語ってあるの?」とよく聞かれる。
 ベルギーはフランスの北、ドイツの西にあり、九州の4分の3の広さの国土に約1000万人が暮らしている。首都はブリュッセル、100万人の都市であり、仙台市・広島市程度の規模である。
              01_ベルギーとブリュッセルの位置.jpg
                ベルギーとブリュッセルの位置
1.多言語の国: ベルギー
 日本では中部地方に関西弁と関東弁の境界があるように、ベルギーの真ん中にフランス語とオランダ語とドイツ語の境界線があり、1000万人がフランス語とオランダ語、ドイツ語の人口に分かれている。ベルギーとしては、この3つが公用語である。
 首都のブリュッセルでは日常はフランス語であるが、フランス語・オランダ語両方が公式言語のため、標識・駅名などは2ヶ国語表示が義務付けられている。どの通りにもフランス語・オランダ語の名前が付いており、通りの名前も2ヶ国語表記である。車を運転する時には一瞬で2行を見分けねばならず、カーナビのない時代は通りの看板表記だけが頼りだっただけに、大変だった。
              02_2行で2ヶ国語併記の通りの看板表記.jpg
      2行で2ヶ国語併記の通りの看板表記-上段が仏語・下段が蘭語
              03_2ヶ国語併記の高速道路の行き先表記.jpg
  2ヶ国語併記の高速道路の行き先表記-Mons(仏語)とBergen(蘭語)は同じ都市
 南部のフランス語地域ではフランス語表記だけになり、北部のオランダ語地域ではオランダ語のみになる。写真にあるように、「Namur – Namen」などは似ているのでまだしも、Monsに行きたいと思っているのにオランダ語地域での表記はBergenの記載のみだったりするため、最初の頃はよく道に迷ったものである。ドイツ国境地帯ではドイツ語表記になり、そのままドイツにつながっていく。
 企業のホームページ、スーパーで売られている商品のパッケージなど、みなフランス語・オランダ語併記である。
 ブリュッセル近郊の人々は小さい頃からテレビでオランダ語、フランス語、ドイツ語、英語の映画や番組を見ており、学校でも小学校から外国語教育が始まるため、高学歴の人々はマルチリンガルの人が多い。日本企業が進出する時も英語・フランス語・オランダ語を話し、ドイツ語も分かるという人材を雇うのには困らない。
2.連邦国家: ベルギー
 ベルギーは、国王を擁する王国であるが、一方、オランダ語系住民の住む北部フランダース地域とフランス語系住民の南部ワロン地域、ブリュッセル首都圏の3つの地域からなる連邦国家である。
 比較的少ない人口の国でありながら、連邦政府・議会の他に、フランダース地方、ワロン地方、ブリュッセル首都地域のそれぞれに政府と議会があるため、人口に対する公務員の割合が高い。連邦政府やブリュッセル地域政府では多言語の翻訳も必要なため、言語コストという側面もある。
             04_3つの地方政府.jpg
                     3つの地方政府
 1970年代以降、南部の石炭・鉄鋼業が衰退し、北部の工業が発達したため、南北格差が大きくなったが、南部住民はフランス語しか話せない人々が多いため、北部での就職が叶わず、失業率格差が縮小しない。北部住民の払う税金で貧しい南部住民を養っているという不満から、北部側に独立願望が高まっている。
 南北ともに、右派・左派・極右・緑の党などが乱立し、連邦政府の総選挙では絶対多数を獲得する党が出現せず、毎回ぎりぎりの連立協議を迫られる。2010年の総選挙時は連立交渉がひどく難航し、政府が1年半以上も存在しない状態が続いた。
 一方、投票は国民の義務となっており、投票しないと罰金が科せられるため、投票率は常に90%を超えている。
3.欧州の中心: ベルギー
 ブリュッセルにはEU (欧州連合)およびNATO (北大西洋条約機構)の本部が置かれているため、外国人の駐在が多い。EUの加盟国が拡大するたび、新加盟国からの駐在者がブリュッセルに流入する上、全世界からもEU大使が派遣されているため、外交官が2500人以上いる政治の一大中心地である。
  05_EU加盟国.jpg
                       EU加盟国
 日本企業もEU政府との結び付きが必要な業界などを含め250社が進出し、5000人以上の日本人が居住している。
 国土面積・人口ともに小国であり、第1次・第2次大戦ともに大国に蹂躙されて戦場となった歴史があるが、その後小国であることを生かして、EUやNATO本部等の国際機関の本部を誘致したり、近年新たに置かれたEU大統領の初代にはベルギー首相だったファンロンパイ氏が選ばれて就任するなど、欧州において独自の存在感を発揮することに成功している。
 経済面においても、フランス・イギリス・ドイツのどの大国からも近く、欧州の中心に位置する地理的条件から、国際高速鉄道や高速道路、運河網が張り巡らされているため、物流拠点として魅力的であり、また言語能力・異文化対応能力の高さから欧州事業の中核機能を置く企業も多い。
 以前からのオランダ語系・フランス語系住民に加え、1960年代の石炭・鉄鋼業の労働力として移民したイタリア系・スペイン系住民、2000年代のEU新規加盟国からの移民、近年のアフリカ系移民の急増が混じり合い、ブリュッセルは一段と国際都市の様相を増している。
 EUはすべての加盟国言語の通訳・翻訳者が必要なため、EU本部には1万人の通訳者がいると言われており、街中のレストランやバーでも各種言語が飛び交っている。サッカーの国際試合があると、スポーツバーでは様々な国の出身者が自国の応援に気勢を上げている。
 私が勤務したオフィスも200人弱の従業員の国籍が30カ国にも上り、社内で行われる会議も基本は英語だが、メンバーによってはフランス語、オランダ語、ドイツ語、日本語、中国語などの会議も日常茶飯事であり、多国籍の文化が心地よく溶け合っていた。
 皆さんも欧州を訪れる機会があれば、ぜひベルギーの多言語・多国籍文化と、そのハイレベルな食文化を堪能して頂ければ幸甚である。
■長田 真由美(ながた まゆみ)
2014年中小企業診断士登録。エレクトロニクス関連企業に勤務、E-commerceビジネスの立ち上げ及びオペレーション全般担当としてベルギーに10年駐在。帰国後、サプライチェーン関連改革プロジェクトを担当。
(連絡先)nagachan1000@gmail.com